国際・政治

多極的な世界観を持つ欧州はバイデン米政権を見限る=渡邊啓貴

欧州の自立を目指す(メルケル独首相(左)とマクロン仏大統領)
欧州の自立を目指す(メルケル独首相(左)とマクロン仏大統領)

 2月初め、バイデン米新大統領はその初めての外交演説で、「アメリカ第一主義」を掲げ、米欧関係を大きく傷つけたトランプ前政権の大西洋政策からの転換を明らかにし、「外交」を強調して対話による米欧同盟協力への回帰の姿勢を示した。同月中旬、北大西洋条約機構(NATO)の国防相会議では、2030年を目標とするNATO改革構想も提唱されたが、下旬の「ミュンヘン安全保障会議」のオンライン特別会合では、同大統領自身が中露を念頭に「民主主義(欧米)は勝利しなければならない」と演説した。米国は、トランプ前政権時代に紛糾した米欧同盟の協力回復に躍起となっている。

 ミュンヘン会議は、米国の欧州に向けた外交方針を明らかにする米欧同盟の注目の場だ。12年前にイラク戦争で独仏と対立したブッシュ大統領を引き継いだオバマ大統領が就任直後、この会議で米欧関係修復の意気込みを語ったのは、ほかならぬ当時のバイデン副大統領だった。しかし、そのときの高揚感は欧州にはない。

先手を打つ欧州

 確かにバイデン大統領就任が決定して、欧州諸国は安堵(あんど)の気持ちを表明した。早速、バイデン大統領もトランプ時代に離脱したパリ協定合意・イラン核合意・中距離核戦力(INF)全廃条約への復帰やトランプ前大統領が決定した在独米軍の配置換えの撤回を発表していた。しかし、欧州のバイデン大統領に対する期待は大きくはない。それほどトランプ前政権時代が、欧州に与えた打撃は大きかった。

 欧州外交評議会(ECFR)やドイツ国際安全保障研究所(SWP)、フランス国際関係研究所(IFRI)などから分析ペーパーが出されているが、一様に米国に対する信頼感が大きく揺らいでいることを明らかにしている。米国内そのものの混乱と疲弊、そして感染対策への巨額支援策のために米国が今後、厳しい財政運営を迫られることは必定だ。格差を増幅するだけの米国流の市場経済とデモクラシーに対する限界論である。加えて、バイデン大統領の指導力に対する不安だ。米国の「世界の中のリーダーシップ」への疑問だ。

 こうした中で、昨年12月バイデン大統領確定後、時を置かずに欧州委員会は「グローバルチェンジに向けた欧州連合(EU)米国新アジェンダ」を発表した。米国に対する信頼性が揺らぐ中で、欧州の方から先手を打つ姿勢を示した。「新型コロナウイルス感染、地球温暖化対策・グリーンディール、デジタル・ハイテク分野での安全・貿易面の協力、デモクラシー的共通の価値観に立ったグローバルな平和と安定のための協力」などを提唱し、今年前半に、EU米国首脳会議を開催することを提唱した。

 中でもSWPの報告書は、バイデン政権下の大西洋経済を取り上げている。トランプ前大統領は、欧州に対して高関税戦争を仕掛け、経済と防衛をリンクさせる形で、NATO欧州加盟国の防衛費の増加を望み、それが実現しなければ、NATOから米軍を撤退させると示唆していたからだ。バイデン政権になってもこれらの経済摩擦と防衛費負担問題が大きく改善するとはみられていない。トランプ前政権時代の米国の保護主義とナショナリズムが簡単に変わるとは思われていない。

トランプ前政権時代の修正を急ぐバイデン大統領だが(Bloomberg)
トランプ前政権時代の修正を急ぐバイデン大統領だが(Bloomberg)

欧州の自立

 世界貿易機関(WTO)の近代化への再編、欧州へのロシアからのガスパイプライン「ノルド・ストリーム2」建設のための米露関係の改善、5G(第5世代移動通信システム)をめぐる中国の「ファーウェイ」締め出しをめぐる米欧間の摩擦を改善するためのデジタル・エコノミーでの米欧協調の必要性、中国の侵略的な経済拡張に対する共同アプローチの提案などをSWPは提唱する。英国が離脱した後の欧州におけるドイツの存在感は、ますます大きくなるだろうから、注目に値しよう。

 頼りない米国の存在への欧州の対応は、欧州の自立の模索だ。自立というと、フランスに特有な政策のように思われがちだが、今それに力点を置くスタンスを示しているのはメルケル独首相だ。トランプ前大統領が16年11月に当選を決めた時に、最初に欧州の自立を強調したのはメルケル氏であった。

 欧州はすでに16年に戦略ペーパー『グローバル戦略』で「戦略的自立」を打ち出し、翌年には欧州防衛常設枠組み(PESCO)を出発させた。トランプ前政権下の米欧摩擦の中で、そうした機運は独仏を中心に一層高まっていた。

 日本ではあまり議論されないが、実はこうした欧州の姿勢の背景には、米国とは異なった世界観がある。それは多極的世界観だ。この点を十分に理解しないと、欧州の動きは正しくとらえられないであろう。米中対立、ロシアの脅威、中国の経済軍事的プレゼンスの拡大などによって世界はあきらかに多極化している。

 欧州はこの現実を受け入れ、勢力均衡的な調和を目指している。これに対して、米国は中国を意識して「G2(米中2大国)」の世界観を想定する。米国の影響力が相対化される多極世界ではなく、冷戦時代のような善悪二極対立的な世界観の方が、米国の求心力を強めるからである。筆者は20年来そうした世界観の違いを指摘してきたが、それは両者の外交のすれ違いの背景にある。

存在感増すドイツ

 英独仏が航行の自由を支持してインド・太平洋に空母やフリゲート艦を派遣することは、日本にとって欧州の協力が得られる歓迎すべきことだ。しかし、過剰な期待や対中包囲網と安易に結び付けない方がいいだろう。多極世界の中での「戦略的自立」についての正しい認識が必要であろう。欧州の自立とは、あくまでも字義通りの意味で「他国の強制によるものではなく、自分の意思による判断」という意味である。

 アジアでの英独仏の安全保障上の協力姿勢も世界的なプレゼンス争いの渦の中での欧州の存在感を示すバランス感覚からきている。欧州のリアリズムをわきまえておくべきだろう。

 当然、自立を模索する欧州は米中対立には巻き込まれたくない。欧州では、中国が米国を凌駕(りょうが)するのも時間の問題と真剣にとらえる向きも強く、米中関係では「中立」を主張してきたが、ECFRの最近の世論調査でも同様の意向が強く、中国に対抗するための米欧同盟を当然と米国が考えるとしたら、それは誤っているという見方を示している。

 欧州外交の核となるのは独仏であるが、それは英国のEU離脱で拍車がかかるだろう。こうした中でドイツの存在感が大きくなる。防衛面で歴史的に控えめであったドイツの姿勢の再定義も俎上(そじょう)に上ってきている。

(渡邊啓貴・帝京大学法学部教授)

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