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白川前日銀総裁ロングインタビュー「中央銀行は、長い目で見て経済のインフラを作る“黒衣”」

    白川方明 前日銀総裁
    白川方明 前日銀総裁
    『中央銀行セントラルバンカーの経験した39年』(東洋経済新報社、本体価格4500円)
    『中央銀行セントラルバンカーの経験した39年』(東洋経済新報社、本体価格4500円)

     758ページもの分厚い本である。白川方明前日本銀行総裁が著した『中央銀行 セントラルバンカーの経験した39年』(東洋経済新報社)。2018年10月の発売以来、刊行部数は1万1000部に達した。08年のリーマン・ショックから安倍政権発足直後の13年3月までの激動の5年間、日銀総裁として下した決断の背景と心境をつづった。1980年代後半のバブル生成期にさかのぼる職業人生をたどりつつ、民主主義下の中央銀行の役割、金融システムの安定、国際通貨制度と幅広いテーマを論じている。この本に込めた思いを白川氏に聞いた。

    (聞き手=浜條元保/黒崎亜弓・編集部)

    ── 本書を英訳でも刊行するという。その理由は何か。

    白川 「失われた20年」や「デフレに沈む日本」という言葉に象徴されるが、日本の経済や金融政策についての海外の議論が不正確と感じるからだ。中央銀行で仕事をしてきた一人の職業人として、このような状況には耐えられない。

     日本の政策論議は海外、特に、米国の主流派マクロ経済学者が日本についてどう分析するかに大きく左右されてきた。これが変わらない限り、日本の学者、マスコミ、ひいては政治家の議論や認識も変わらない。日本の中だけで議論してもあまり大きな成果は期待できない。

     しばしば引用される「日本の教訓」は海外の金融政策運営にも悪い影響を与えた。

    ── 誤った「教訓」とは。

    白川 典型はバブル崩壊後の日本の低成長は「金融緩和を大胆に実行展開しなかったからだ」という議論だ。

     00年代半ばに、米国は住宅バブルではないかという批判が起きた際も、「経済がバブルかどうかは分からない。仮にバブルだったとしても、崩壊後に大胆な金融緩和を行えば、低成長は避けられる」という楽観的な見解だった。

     住宅バブルが崩壊した07年以降の米国のGDP(国内総生産)と日本のバブル崩壊後のGDPの動きを比較すると、意外なことにあまり大きな違いはない。さらに欧州との比較では、日本はまだましだった。グローバル金融危機後、各国が大胆な金融緩和を行ったことの効果をどう評価すべきなのか。

     私は、日本の金融政策が正しかったと言っているわけではない。バブルの発生を許すと、どの国でも「過剰」の調整は必然的で、その間の低成長という後遺症は非常に大きいということだ。

    インフレ目標政策の限界

    ── 現在の金融政策の理論的バックボーンとなっている主流派マクロ経済学はどこが問題か。

    白川 例えば、現実の検証に堪えられる物価上昇率に関する理論がないことだ。主流派マクロ経済学の論理構造は「人々は中央銀行が設定する目標インフレ率に従って予想し、行動する。従って目標インフレ率は実現する」というものだ。各国中央銀行が目標インフレ率を掲げて過去10年、20年とこれだけ中央銀行通貨を供給しているにもかかわらず、低インフレが続いている現象をどう解釈すべきだろうか。理論が現実に合っていないと考えるのが自然ではないか。

     より根本的な問題は、経済の持続性をおびやかす不均衡は物価に表れるという経済観だ。主流派の政策思想の基には、80年代以降のインフレ抑制の努力が物価安定をもたらし、それがマクロ経済の安定をもたらしたという成功体験がある。

     その結果として、インフレーション・ターゲティング(インフレ目標政策)の考えが生まれた。物価安定を実現するために、中央銀行に独立性を与えるとともに、アカウンタビリティー(説明責任)を求める仕組みだ。経済の不均衡がすべて物価に表れるなら、実に便利な枠組みであり、ある時期まではうまく機能した。

    ── 物価だけを見ていては、金融政策を誤るということか。

    白川 日本のバブルは低インフレの下で生じた。最近、パウエルFRB(米連邦準備制度理事会)議長が「過去2回の景気後退に至る過程では、経済の不安定につながる過剰はインフレではなく、主に金融市場に表れた」と述べているが、まさにその通りだ。

     物価については、国内物価上昇率は国内の需給ギャップで決まるという伝統的な見方と、世界全体の需給ギャップで世界全体の物価が決まり、それが国内の物価に反映されるという二つの見方があるが、徐々に後者が当てはまる世界に近づいている。国内の需給ギャップに影響する「金融環境」も自国の中央銀行の金融政策だけでなく、各国の金融政策の集合的影響によって左右される度合いを強めている。

     それに何よりも、物価を計測すること自体、難しくなってきている。デジタル化の進展が著しい経済の中で、財やサービスの「質」を調整した上で、「価格」を測定することがますます難しくなっていく。このような変化は現在のような形でのインフレ目標政策の有用性を徐々に下げるものだ。

    ── 過去の現実を基に構築された理論が、今の現実にはそぐわなくなってきたということか。

    白川 いったん最適な政策の枠組みが出来上がると、人々はその中で最適な行動を考えて動き出す。その結果、経済も変化し、最適な政策の枠組みも徐々に変化する。

     供給増をもたらす出来事により物価が下がる一方で、金融政策が物価に過度に焦点を合わせていると低金利予想が広がる。それは、債務の過剰な積み上がりをもたらし、やがて危機を生む一因ともなる。経済は複雑な適合システムだ。

     実務家である私に代替的な理論を提示する能力はない。でも、主流派マクロ経済学の教科書に欠落している重要な章を提示することはできると思った。

    『中央銀行』の第1部で白川氏は、バブル生成と崩壊、さらに金融危機に接した経験と教訓をつづる。「一国の経済運営の失敗は、(中略)経済の直面する本質的問題の診断を誤ることによって生じる」。総裁在任時の数々の決断にも、これらの教訓が反映されていることがうかがえる。

    ── 総裁在任当時に意識していたのは、バブルを防ぐことなのか。

    白川 私自身は最近はバブルという言葉をあまり使わないようにしている。バブルという言葉は、地価や株価の上昇を想起させるが、この言葉を使うと、根源的な問題が債務の積み上がりであることが忘れられやすいからだ。それに、バブルという言葉には人々が熱狂するという要素があるが、熱狂がなくても他に選択肢がないと、債務の過剰やハイリスク商品への投資増加は起こり、金融の不均衡が蓄積する。

     金融的不均衡とは、経済が持続的に成長する経路を大きく踏み外すことにつながる金融面の現象だが、それがどう現実に表れるかは、毎回違う。古典的な不動産バブルに表れるとは限らない。ある時は持続不可能な財政運営かもしれないし、低金利による運用難に直面した金融機関かもしれない。新興国で言えば対外外貨建て債務の増加かもしれない。

    ── 中央銀行が“バブル”を防ぐことはできるのか。

    白川 安定した経済が続くとリスク認識が弱くなる。良好な経済と低インフレの下では低金利持続の予想が広がり、それは必ず債務の拡大につながる。そして、毎回「今回は違う」という議論が起こる。それが人間性なのだろう。

     中央銀行は“バブル”を必ず防げるかと問われると、答えはやや悲観的にならざるを得ない。ただ、不均衡が生じる可能性を小さくしたり、不均衡の規模を抑えたりする努力は重要であり、必要だと思っている。バブル崩壊後について言うと、これが金融システムの崩壊にまで行くかどうかは、中央銀行が“最後の貸手”として流動性を供給するかどうかにかかっている。もちろん、これだけでは問題は解決しないが、金融システムの安定を維持するうえで中央銀行の勇敢な行動は不可欠の要素だ。

    政府・日銀の共同声明を公表した後、首相官邸で記者団の質問に答える。左から白川方明氏(当時・日本銀行総裁)、麻生太郎氏(当時・財務大臣)、甘利明氏(当時・経済財政担当大臣)(2013年1月22日)
    政府・日銀の共同声明を公表した後、首相官邸で記者団の質問に答える。左から白川方明氏(当時・日本銀行総裁)、麻生太郎氏(当時・財務大臣)、甘利明氏(当時・経済財政担当大臣)(2013年1月22日)

    ── 総裁時代、「デフレ脱却のための金融緩和」を求められ続けた。

    白川 デフレを物価の下落と定義すれば、日本は緩やかなデフレを経験した。日本の消費者物価は98年から12年までの15年間で累計4%弱下落した。年率にして0・3%の下落だ。しかし、これが原因で日本経済の低成長がもたらされたとは思わない。

     1930年代の米国で、なぜデフレが起きたかといえば、金融システムが崩壊したからだ。その結果、数年間で物価が3割近く下がり経済活動も収縮した。これが我々が経済学の教科書で知っているデフレの恐怖だ。私にとってデフレを防ぐとは、金融システムを守り抜くこととほぼ同義だ。その意味では、デフレを防ぐうえで中央銀行の役割は非常に大きい。

    ── 総裁任期の最後に、大胆な金融緩和を掲げた自民党が選挙で大勝し、安倍政権が誕生した。国民が大胆な金融緩和を試してもいいという気分に傾いたと言える。どのように国民と対話していればよかったと振り返るか。

    白川 「デフレ脱却が日本経済の最大の課題」「デフレは貨幣的現象」という認識が学者、エコノミスト、マスコミ、政治家の間で広がっていった。デフレという言葉が物価下落ではなく不満足な経済状態を表す言葉として使われたことや、日本経済に対する誤解に基づく海外学者の議論が大きな影響力を持ったことなど、複雑な要因が絡んでいる。

     日銀としても最大限の説明の努力はしたが、説明は金融緩和に対する消極姿勢として批判されることもあった。中央銀行の対話で解決できるという認識は軽過ぎる。

    ── 日銀への圧力をかわす手もあったのではないか。

    白川 日本経済が直面している最大の問題は、高齢化、人口減という事態に対する対応の遅れであり、それが財政、社会保障、地域経済の持続可能性の問題として表れている。決して一時的なものではない。当時、日銀が最も求められたのはマネタリーベース(通貨供給量)の大幅な拡大であったが、たとえそれを行って一時的に圧力をかわしても、問題の解決につながらないだけでなく、金融政策が財政の状況によって規定されてしまう財政支配という新たな問題を抱え込むことを懸念した。

     中央銀行にとって、よって立つロジックがいかに重要かは何度も見てきている。

    ── 実例としては?

    白川 一例として、80年代後半のバブル期に広がった「内需拡大を通じた経常収支の黒字圧縮」というロジックだろう。内需主導型経済という基本思想は正しいし、規制緩和が必要であるという考え方にも同意する。問題は、内需拡大と経常黒字の圧縮という考え方をリンクしたことだ。日本の経常黒字は人口動態や技術革新による貯蓄投資バランスの傾向を反映したものであったにもかかわらず、このロジックを受け入れると、金融緩和が過度に長期化する。

    ── ロジックとは文章や字句表現のことを指すのか。

    白川 ロジックは必ず文章や字句に落とし込まれるから、これを軽視すると、必ずしっぺ返しをくらう。

     経済主体は、将来の金融政策を中央銀行の行動ルールから予想する。言葉はそれを表したものだ。そして、それを前提として借金をしたり、為替のポジションをとったりする。状況が変化したからといって中央銀行が金融政策を変えようとしても、混乱が予想されることから動かすことが難しくなる。

    ── だから、安倍政権発足後の13年1月に発表した「政府・日銀の共同声明」の文言にこだわったのか。

    白川 将来の日本銀行の政策委員会が適切だと思う政策を実行しようとする時、共同声明がネックとなって適切な金融政策運営が困難となる事態だけは絶対に避けなければならないと考えた。

     共同声明には、インフレ率2%という物価目標の実現について「2年」という期間は記されていない。金融緩和にあたって、日銀が「金融面での不均衡の蓄積を含めたリスク要因を点検」という文言が盛り込まれている。

     黒田東彦総裁の下で異次元緩和が始まってから5年半がたち、日銀はレポートなどで金融の不均衡への警戒感を強めている。

    白川氏の日銀総裁時代の主な出来事
    白川氏の日銀総裁時代の主な出来事

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    第一の想定読者は市民

    ── 現在の金融政策については著書でもインタビューでも発言を避けている。それはなぜか。

    白川 中央銀行は経済・金融の安定を実現していくうえで重要な社会の装置だ。私が尊敬する海外の中央銀行総裁も自国の現在の金融政策運営について論評していない。総裁経験者が果たすべきことがあるとすれば、社会の中でこの装置がうまく機能するようにするためにはどうすればよいかという一歩下がった、しかし重要な議論をすることだと思う。

    ── 中央銀行が「社会の装置」であるとはどういう意味か。

    白川 社会は目先の景気拡大を優先しやすいが、その結果、長期的な安定性が損なわれることになりやすい。人間は自らの弱さを知っているがゆえに、独立した中央銀行という社会的装置を工夫した。中央銀行とは、民主主義社会において、短期的利害ではなく長期的な持続性の観点から通貨を管理するために設計された組織だ。

     この本の冒頭で、想定読者として四つ掲げたが、第一に一般市民を挙げた。一般市民に、込み入った金融政策の議論への理解を求めているわけではない。「中央銀行は頑固なことも言うけれど、長い目で見て、経済の安定のために存在している組織なのだろう」という信頼感を人々が持っていることが、民主主義社会の中で中央銀行が存立することができるベースだと思うからだ。

    ── 中央銀行が経済に果たす役割とは。

    白川 経済の持続的な成長は、人々がどれだけ一生懸命働くか、どれだけ知恵を出しイノベーションが起こるかで決まってくる。中央銀行の役割は、持続的な成長が最も起こりやすい安定的な金融環境、つまり物価の安定と金融システムの安定を実現することだ。その意味では中央銀行は「黒衣」だが、その役割を果たすことに失敗すると、経済の潜在能力は発揮されなくなる。

     最近は、金融政策によって景気や物価上昇率を最適値にファインチューニングすることに議論が集まりがちだが、通貨や金融環境というインフラを作るという中央銀行の仕事の重要性が過小評価されているように感じる。

    ── 目先の効果を求める人々から時に嫌われながら、インフラを作るという地道な仕事に、中央銀行の人たちは耐えられるのか。

    白川 ブラインダー元FRB副議長が言うように、中央銀行員も人の子だから、意識しないと、金融政策に対するマーケットの反応を通信簿のように受け取ることになりかねない。そうした傾向に染まると、中央銀行は政府・政治からは独立しても、マーケットの短期的な動きに引きずられ、独立性で意図したことが実現しなくなってしまう。

    ── 中央銀行が短期の視点に流されないためには、公共的な役割を志向する人を集める必要があるのか。

    白川 中央銀行で働く多くの人は、決済をはじめ銀行業務を担っている。この仕事に短期志向が入り込む余地はあまりない。金融政策について言えば、公共的な志向をもつ人を集めることも大事だが、それ以上に、中央銀行の組織文化が大事だと思う。組織文化が人を育てる。

     私自身も入行した時から中央銀行の役割を深く考えていたわけではない。良き先輩を通じて学んでいった面が大きい。この本の第四の想定読者には、公共政策の一翼を担おうと思う学生を挙げた。意欲に満ちた多くの学生に、中央銀行の仕事に興味を持ってほしい。


     ■人物略歴

    しらかわ・まさあき

     1949年生まれ。福岡県立小倉高校卒。72年東京大学経済学部を卒業し、日本銀行入行。2002~06年理事、京都大学公共政策大学院教授を経て、08年4月~13年3月、日本銀行総裁。13年9月から青山学院大学国際政治経済学部特任教授。18年9月から特別招聘教授。

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