トランプ・バブル、終わりの始まり 日本に耐性はあるか?=寺島実郎
「待ち構える経済の変調の中でのグローバルな政治リスクの高まり」──。英誌『エコノミスト』恒例の2019年展望を要約すると、こうなる。 すなわち、世界同時好況と言われた17~18年の局面が終わり、18年の中間選挙を終えたトランプ米大統領、全国人民代表大会(中国の国会に相当)を経て権力基盤を確立したかに見える習近平・中国国家主席が共に危うさを内包しながら対立を深めていく構図、そして、ブレグジット(英国の欧州連合〈EU〉離脱)後の英国および欧州が抱える構造不安、さらにデジタルエコノミーが進化する中で、人工知能(AI)が新たな局面を迎えているなどに力点を置いた展望だ。
金融資本主義の行き詰まり
「経済の変調」は、株価の乱高下に表れている。株価は「経済の体温計」とも言われるが、今は「金融資本主議の体温計」というべきだろう。これまでは経済実体と乖離(かいり)して上昇する株価が、景況感を増幅させていただけだ。
トランプ政権発足直前の17年初のニューヨークダウ工業30種平均は、1万9881ドルから18年初には2万4824ドルと約25%も上昇した。これは強欲な米ウォール街のしたたかさがなせる業だった(図)。
16年の大統領選ではヒラリー・クリントン氏を支援しておきながらも、トランプ氏当選となると豹変(ひょうへん)。オバマ前政権が08年のリーマン・ショックの反省と教訓から強化した「金融規制」の緩和と大型の「企業減税」、巨額の「インフラ投資」へとトランプ大統領を駆り立て、「トランプ相場」を盛り上げた結果だ。
しかし、18年に入り米国の長期金利が節目の3%に迫ったのをきっかけに、トルコやアルゼンチンなど新興国から資金が流出する新興国リスクや米中貿易戦争リスク、さらに年末のケリー大統領首席補佐官の辞任、トランプ大統領による米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長解任観測などの混乱から株価が大きく動揺し始めた。
ただ、そもそも「トランプ相場」が異常だった。経済の変調とは金融資本主義のあくなき肥大化の行き詰まりと理解すべきだ。実体経済から乖離した金融経済の肥大化がもたらす危険性について、私は本誌18年10月23号で指摘した。これが18年末に顕在化したと言えよう。株価主導の景況感が株価の下落で下方に増幅されるのである。
米国との過剰同調の危うさ
一方で米国では、19年はトランプ・リスクが顕在化しようとしている。12月中旬に米ワシントンほか東海岸を訪れ、政府関係者らと面談を繰り返す中で、そう実感した。
12月7日に米検察当局から出されたトランプ陣営の顧問弁護士コーエン氏への訴追報告は、ロシアのトランプ陣営への関与を明示しており、「ロシアゲート疑惑」について訴追の現実味が高まっている。ロシアの不動産取引などトランプ一族とロシアのただならぬ関係が浮き彫りになってきたのだ。
こうした事態に「トランプ氏による既存秩序の創造的破壊」を期待した人たちまでもが、政権の卑しさが国益を損なうと気づき始めた。「血の気が引いた」と表現した者までいた。ワシントンの空気が変わった。
中間選挙で上院は多数を維持したものの、与党・共和党は下院で過半数を失った。下院で過半数をとった民主党は、公聴会に娘のイバンカ補佐官やその娘婿のクシュナー上級顧問を呼び出し、ロシア疑惑について追及する可能性が高い。身内が厳しい追及を受ける姿にトランプ大統領は果たして耐えられるだろうか。情動の人だけに、嫌気がさして、政権を投げ出さないとも限らない。
また、米国の上院はトランプ政権で国益が損なわれると思えば、共和党からも大統領を罷免する弾劾に賛成し、成立する可能性もある。上院の3分の2以上の同意が必要でハードルが高いが、「既存秩序の破壊」を期待したトランプ支持者が離反すれば、上院の壁も揺らぐ可能性はある。米上院議員は党議に拘束される日本の参院とは違う。
こうした状況下で、トランプ政権に過剰同調している日本は危うい。今回の訪米で痛烈に感じたのは、日本を「トランプの都合のいい追随者」というイメージの定着だった。「米朝首脳会談」に象徴されるように、東アジアが世界の焦点だった18年にもかかわらず、日本への関心と敬意の希薄化には愕然(がくぜん)とした。
「市場主義と民主主義」という米国の基本的価値を自ら否定してはばからないトランプ政権との過剰同調を重ねる日本は「守るべき価値」を混乱させてしまった。「日米で連携して中国の脅威を封じ込める」と思い込むのは短慮過ぎる。米国自身がアジア秩序の中心を中国と認識していることを忘れてはいけない。
常温社会に埋没する日本人
世界的に政治の不安定さが増し、世界経済がここ数年続いた同時好況から変調を迎えている。根拠なき熱狂がつり上げてきた株価は、さまざまなリスク要素の顕在化に対して敏感になっている。仮に、19年に株価下落が触発する金融不安が発生すれば、日本は厳しい試練にさらされるだろう。
世界経済を牽引(けんいん)してきた米国景気は2%台の実質成長を維持できるかもしれないが、ブレグジット問題を抱える欧州や貿易戦争の影響が出始めた中国、不安定な中東情勢……多くの下振れリスク要因が顕在化し、世界経済が総崩れとなれば、外需依存の日本経済はひとたまりもない。
異次元緩和やマイナス金利を続ける日銀に、金融政策の余力はない。財政政策も限界に達しつつあるのは周知の通りだ。10月の消費増税対策という名目で、軽減税率やポイント還元など選挙対策のバラマキだらけ。戦後最長の景気拡大にもかかわらず、財政再建に向けた歳出削減や税制改革は遅々として進んでいない。
その結果、次の不況の備えとして金融・財政政策がまるで使えない状態で、景気後退を迎えかねないのだ。
つまり、日本は世界の景気後退、不況に対する耐久力が極めて脆弱(ぜいじゃく)だ。迫り来る世界経済の変調とリスクの高まりは、現状をよしとし、将来を諦観する「常温社会化への埋没」を許さないだろう。
世界経済の変調で、さらに懸念されるのは、この国の指導者に時代を見据え、イノベーション(革新)を進める構想力が決定的に欠けていることだ。中国はよくも悪くも「一帯一路」といった大きな構想をぶち上げ、東アジアでの影響力を持とうとする。
21世紀が「アジアの世紀」になることは間違いない。現在、世界GDP(国内総生産)に占めるアジアの比重は約3分の1だが、2050年までには5割を超し、今世紀末には3分の2を超えると予想される。この潮流に技術を持った先進国として協力・支援すること、とりわけアジア相互のメリットになる連携を実現することこそ、日本に対する期待だろう。
不思議なまでの諦観と無関心の蔓延(まんえん)、うつむき加減にスマホを見つめ、小さな幸福(常温社会)を享受する日本人のライフスタイルでは、この期待には応えられないだろう。
(寺島実郎・日本総合研究所会長)