マーケット・金融マーケット総予想2019

米景気後退の条件は整った=重見吉徳

    自社株買いとM&Aがブームの支え(Bloomberg)
    自社株買いとM&Aがブームの支え(Bloomberg)

     ボブ・ファレルという米国のアナリストが示した「マーケットの10のルール」をご存じだろうか。その8番目が「弱気相場には、三つの局面がある。すなわち急落、短期的な反発、ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)に沿った長期の下落局面──の三つである」。 筆者は現在の金融市場は、急落後の短期的な反発局面にあり、したがって、この後には長期の弱気相場が訪れると考えている。そう考える理由は、統計的に見て、米国が遠くない将来に景気後退に向かうことを示唆しているためだ。また、景気後退の必要条件も完璧と言ってもいいほどに整いつつある。

    リーマン前超える企業債務

     重要なのは、米国の景気循環を示すデータである。これらには二つの種類がある。一つは、2~3年おきに上下のサイクルを繰り返すもの。もう一つは、約10年に1回、より大きなサイクルを描くものである。

     前者の典型は、ISM製造業景況感指数や実質GDP(国内総生産)成長率(前年同期比)だ。一方、後者の典型は、失業率や長短金利差(10年金利-2年金利)、消費者信頼感指数の将来・現在格差(先行き見通し指数-現状判断指数)である。米国の景気後退は、おおむね10年に1度生じていることを踏まえれば、後者がカギを握る。

    図1 長期で循環する指標は米国の景気後退を示唆
    図1 長期で循環する指標は米国の景気後退を示唆

     図1を見てほしい。10年に1回転する3指標はいずれも、「現在のような水準まで低下した先には、景気後退しか待っていない」ことを示唆している。

     他方で「米国の景気後退はない」という強気派は、こう反論するかもしれない。「きっかけは何か」「バブルは起きていない」。

     極めてシンプルに反論するなら、きっかけは「金融引き締め」と「景気のスローダウン」である。バブル、すなわち過剰は「企業の債務」だ。

     どうなれば、景気後退に陥るかを考えてみよう。それは、借り入れによるブーム(資産の拡大や資産価格の上昇、合わせれば『資産の高値づかみ』)が持続不可能になるときである。「債務が膨らんでいるときに金利が上がり、資産価格が下落したり、キャッシュフロー(現金収支)がスローダウンしたりする」状況は、景気後退の必要条件であり、前述した「きっかけ」と「過剰」の三つの要素だ。

    図2 米国企業の債務残高はリーマン・ショック前を大きく上回る
    図2 米国企業の債務残高はリーマン・ショック前を大きく上回る

     図2に示すように米国の企業債務をGDP比で取ると、2008年のリーマン・ショック前は30%程度だったが、直近では50%まで拡大している。ちなみに同じ期間に、米連邦債務残高のGDP比率は39%から78%に拡大している。米国経済のトレンド成長率(経済の実力)は低下しているが、その低成長はそれを大きく上回る債務の膨張によって、ようやく達成されている。それだけに景気後退となれば、資金需要が長期的に減って経済活動が低迷し、資産価格の回復も緩慢となり、過剰債務の調整が長引く恐れがある。

    自社株買いが景気循環増幅

     企業の債務拡大の中でも金融市場が特に注目するのが、投資適格社債の半分超を占めるトリプルB格(投資適格最低水準)と、低格付けローンの貸し出し条件の緩和だ。

     トリプルB格企業の増加は金利が上がり、経済がスローダウンすると、投機的格付けに落ちる企業が増えるリスクを抱える。また、低格付けローンは、同じく低格付け債務であるハイイールド債券に比べると、デフォルト(債務不履行)に陥ったときの回収率が大幅に低くなると懸念されており、国際通貨基金(IMF)の「国際金融安定性報告書」などで指摘されている。

     これらの債務は、(1)企業の設備投資(実物資産の増加)というよりも、(2)自社株買いや、(3)M&A(企業の合併・買収と寡占化)の二つのブームを支えている。この点は重要なので、会計処理として言い換えれば、(1)実物資産の拡大というよりも、(2)資本の減少とレバレッジ(財務リスク)の拡大や、(3)無形固定資産(のれん)の増加が生じている。

     その理由は、実体経済の低成長トレンドが明らかなのにもかかわらず、資本家や企業経営者(CEO〈最高経営責任者〉)自身が、労働者を含む企業という組織に対し、1株利益の拡大と利益配分の増加を求めているためだ。資本家たちの圧力が格差拡大を通じて、実体経済の低成長トレンドにフィードバックしたり、ポピュリズム(大衆迎合主義)の台頭を生んだりしていると考えられる。他に代替のない資本主義だが、その隆盛には限界が見える。

     話がそれたが、自社株買い(公表ベース)は、18年は1兆ドル(約110兆円)を超え、過去最高となった。企業が自社株買いを行うタイミングは往々にして景気がよく、利益が伸びるときである。投資家のさらなる期待によってバリュエーション(企業の価値評価)が高く本来ならば、新規の資本調達が有利になる局面だ。そして、これこそが前述した景気拡大局面での債務拡大と資産の高値づかみのセットである。

     反対に、景気後退に陥って、自社の株価が割安に放置されているときには、自社株買いの力を失っている。それどころか、資本が枯渇する企業は不利な局面で資本調達を迫られる。このように企業の資本政策は景気循環増幅的であり、株式市場のブームに加担してしまう。

     また、M&Aブームも構図は同じである。景気拡大時に実施される多くのM&Aは、負債によって無形固定資産を積み上げる財務活動である。S&P500種構成企業のうち、データが取れる431企業を見ると、このうち104もの企業が総資産から「のれん」を差し引いた資産ベースで、資産が債務を下回る債務超過となっている。

    危ういM&Aブーム

     のれんは、被買収企業がその簿価を上回る価値を出すことで正当化される。そして、特に、景気拡大期のM&Aは、プレミアムが大幅に乗せられた価格で買収が成立し、多額の債務拡大を伴う。重要な点を思い出すと、買収する側の企業にとっては、新規の設備投資(実物資産の購入)を行うことに比べて、より高い価格で被買収企業(の保有資産)を買い入れている。

     すなわち、前述の景気拡大局面での債務拡大と資産の高値づかみのセットである。実体経済がスローダウンすれば、その価値を発揮することは困難となる。企業にとっては負債はあるが、資産はない(無形固定資産であるのれんが価値を発揮しない)状態に陥り、返済が容易ではなくなる。

    図3 金利が上がれば、景気後退に陥る
    図3 金利が上がれば、景気後退に陥る

     次に、図3では米連邦準備制度理事会(FRB)の政策金利と米国のマネタリーベース(流通貨幣+準備預金)を景気後退と共に眺めている。「金利が上がれば、景気後退に陥る」ことは火を見るよりも明らかだ。「今回は利上げ幅が小さい」という向きもあるが、FRBのバランスシート拡大の影響によって生じたイールドカーブ(利回り曲線)のフラット化を考慮した「影の政策金利」を考えれば、利上げ幅は5%にも達する。

     そして、実体経済も18年がピークであり、今後は鈍化が避けられない。その背景は、財政出動(トランプ大統領による減税や財政出動)の剥落、最近の株価下落による家計の逆資産効果、企業のマインド悪化と原油価格の大幅下落による設備投資(特に鉱業関連)の鈍化である。

     しかも、住宅市況は既にクールダウンしており、ドル高も通常は3~4四半期のラグを持って、純輸出を下押しする。つまり、需要項目のすべてが鈍化することが予見される。

     さらに言えば、時間当たり賃金の伸びと、時間当たり産出量の伸び(5年トレンド)は、16年から逆転している。言い換えれば、企業の利益率は長期の趨勢(すうせい)では資本分配率が拡大(資本家の取り分増、労働者の取り分減)の方向であるものの、循環的には低下局面に入りつつある。

     以上見てきたように債務の拡大、金利の上昇、実体経済のスローダウン、企業利益率の悪化は、景気後退の必要条件と言え、企業の債務返済や債務拡大に伴う成長を困難にするだろう。

    FRB批判はお門違い

     今回も景気後退となれば、ブームの責任をFRBの低金利政策に負わすことになりそうだ。しかし、それはお門違いというものだろう。確かにFRBは、実体経済を刺激しようと低金利政策を続ける。結果起こるのはバブルであり、実体経済はなかなか刺激できない。低金利でも実体経済を刺激できない状況は、低成長が格差拡大によって生み出されているためだ。

     今回も責めを受けるであろう中央銀行は、資本主義や強欲な資本家のスケープゴート(身代わり)にされているだけだ。

    (重見吉徳、JPモルガン・アセット・マネジメント グローバル・マーケット・ストラテジスト)

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