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国際・政治 さらばEU

国際金融と研究開発に暗雲 英国を待つ「いばらの道」=太田瑞希子

海図なき船出か(ジョンソン英首相〈写真左〉とフォンデアライエン欧州委員長 1月8日、英首相官邸)(Bloomberg)
海図なき船出か(ジョンソン英首相〈写真左〉とフォンデアライエン欧州委員長 1月8日、英首相官邸)(Bloomberg)

 英国の欧州連合(EU)離脱は、EU随一の国際金融センター、そして有数の研究開発センターである同国に大きな変革を迫っている。

 国際金融市場としてのロンドン・シティーの地位への影響は、短期的には限定されるが、長期的にはEU単一金融サービス市場からの分離によりユーロ取引における優位性を喪失する可能性がある。後者においては、負の影響はより早く表れる可能性がある。2021年から開始するEUの次期7カ年の研究開発プログラムで英国に対する助成金が大きく減らされるからである。

「GDP11%」に打撃

(出所)国際決済銀行
(出所)国際決済銀行

 英国の国内総生産(GDP)の約11%を占める金融サービスは、業界団体「The City UK」がうたうように「英国で最も国際競争力を持つ産業」である。外国為替取引、国際債券の発行、通貨スワップから、取引関連の清算・決済(クリアリング)業務まで、シティーの総取引の約25%がユーロ関連取引とされ、取引額も圧倒的だ(図1)。その基盤がEUの「単一パスポート」と呼ばれる免許制度である。欧州経済地域(EEA)内のどこか1カ国で営業免許を取得すれば他の全加盟国で支店設置と本国からの金融サービス提供が認められる制度だが、離脱後はこれを維持できず英国は「第三国」扱いとなる見込みが強い。

 その場合、英国からEU金融サービス市場へのアクセスは「同等性評価」に依存する。これは、EUがEU域外の第三国の金融規制がEU規制と同等であり、金融サービス業者がこれに準ずると認証する制度で、第三国の金融サービス業者による域内サービス提供には取得義務がある。過去には一つの認証項目の取得に2年以上を要したケースもあった。認証範囲が規則や指令の一部に限定される場合も多く無条件で全てのサービス提供が可能になるわけではない。また欧州委員会による一方的取り消しが可能である。

(注)検討中を含む。上記3都市以外への移転は割愛。多数派ではないがUSBやBNPパリバのように英国内の雇用を増加させたケースもある (出所)国際決済銀行
(注)検討中を含む。上記3都市以外への移転は割愛。多数派ではないがUSBやBNPパリバのように英国内の雇用を増加させたケースもある (出所)国際決済銀行

 現行通りのユーロ取引継続には、移行期間の終了前に他の加盟国内に子会社を設立しEU内での営業に必要な「単一パスポート」を取得する必要がある。パリやフランクフルト、ダブリンなど各都市はロンドンの代替を狙う。在英金融機関もこれら大陸側での新拠点の準備を進める(図2)。

 子会社は法的には別個の会社となるが、大陸側の子会社と英国拠点の間の資金移動はEUの金融監督の対象である。英国が導入を拒否するEU金融取引税(21年10カ国で導入予定)の対象となる。

 EUにとってもロンドンに代わる市場とサービスの質の維持は挑戦である。市場の分散化は効率性や規模の経済の喪失による取引コスト上昇から、ユーロの国際的地位や利便性の低下を招きうる。

 しかしEUが大きく譲歩する可能性は低い。世界金融危機以降、金融機関に対する規制・監督の不備が危機を深刻化させた反省から、監督・破綻処理・預金保険までをEUレベルで共通化する銀行同盟を創設した。域内経済に甚大なシステミックリスクを及ぼしうる存在をEU域外に存続させることは銀行同盟の原則を脅かす。

 在英金融機関にとっては、EU域内の拠点で扱うユーロ取引関連と英国の拠点で扱うビジネスを分離した戦略と優秀な人材の確保継続が課題となる。

 研究開発センターとしての英国もEUから多大な恩恵を得てきた。EUは基礎研究助成、学生・研究者助成、産官学連携での教育・研究助成などの世界最大規模の公募型の研究開発助成プログラムを実施している。14〜20年の7カ年の枠組み「Horizon2020」では、総予算770億ユーロが研究開発やイノベーション投資に配分されている。その15・2%を英国が獲得しており、ドイツに次ぐ第2位の純受け取り国である。学生・研究者助成に限れば、英国だけで25・5%を占める。

研究開発も第三国扱い

 英国大学協会によれば、14〜15の1年間でEUの研究助成は英国内に1万9000人以上のフルタイム相当の雇用創出と6億ポンド弱のGDP寄与をもたらした。

 しかし、21〜27年のプログラムである「Horizon Europe」(総予算976億ユーロ)では英国は第三国扱いだ。研究・科学・イノベーション担当のモエダス欧州委員は英国の重要性を認めつつ「第三国としてどうプログラムに参加するかは今後の状況次第」と語る。Horizon Europe全助成プログラムに応募できる協定が締結されても、英国の拠出額が英国への配分上限となり従来より大幅な減額となる。

 補填(ほてん)のため英国リサーチ・イノベーション機構(英国内の研究助成制度を運用する機関)は政府予算で従来の助成規模を維持する方針だが、EU域内の重要なプロジェクトにおける研究パートナーを考慮する際やEUの研究者・留学生の研究先・留学先としての魅力の低下とそれに伴う大学の収入低下は、授業料の引き上げを導き地域経済へも打撃である。企業の研究開発資金の減額による開発能力の低下なども予測される。

 英国が第三国となることで金融や研究開発など英国が強みとしてきた産業に大きな影響力を持つEUの政策の立案過程から排除される。これをいかに補完していくのか英政府の対応が注目される。

(太田瑞希子・日本大学経済学部専任講師)

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