発行「秒読み」の中銀デジタル通貨 最速3年で実用化へ 世界人口の20%カバー=中島真志
日本銀行など六つの中央銀行と国際決済銀行(BIS)は1月21日、共同で中央銀行デジタル通貨(CBDC)の研究会を立ち上げた。先進国中銀が足並みをそろえるのは異例。研究会に参加するのは日銀のほか欧州中央銀行(ECB)、英イングランド銀行(BOE)、スウェーデン中銀、カナダ中銀、スイス中銀とBISである。
研究会はイレギュラーな形で設立されている。まず、通常は事務局に徹するBISが今回はメンバーの一員として参加しており、しかも共同議長を務めている。もう一つは総裁レベル、理事レベル、局長レベルという三つの会合を同時に立ち上げ、3階層での検討を同時並行的に進めようとしている点である。ここには、結論を急ぎたい意向(ある種の焦り)が見え隠れしている。「デジタル通貨にいかに対応していくべきか」という問題は、今の主要中銀にとって重要かつ切迫したものなのだ。
8割の中銀が研究
中銀デジタル通貨の発行に向けて動いているいくつかの中銀の動向をみると、2020〜21年にかけて、本格的な導入が進んでいく見込みである。まず、中国人民銀行が「デジタル人民元」の発行に向けた準備を着々と進めており、すでに80以上の特許を出願済みであり、「暗号法」も制定している。まず20年中に一部地域(深圳市、蘇州市など)で試験運用を行ったうえで、21年には本格的に全国展開をするものとみられている。
カンボジア中銀では、「バコン」というデジタル通貨を開発し、19年7月からすでにテスト運用を始めている。11の銀行と数千人のアクティブユーザーの参加により、パイロット・テストを行っており、20年前半にも全国ベースでの本格導入の構えをみせている。このままいくと、世界初のデジタル通貨発行国の栄誉を得るのは、カンボジアになるかもしれない。バコンは、日本のソラミツがサポートして開発したものであり、後述する間接発行型、トークン型での発行となっている。
スウェーデン中銀は「eクローナ」の発行を目指して、昨年12月にコンサルティング大手アクセンチュアを技術パートナーに選び今年2月からテスト運用を始めた。さらに、バハマ中銀、東カリブ中銀といった島嶼(とうしょ)国でも、今年にテスト運用を進め、21年には本格導入の予定としている。
順調にいけば、世界で少なくとも五つの中銀が、21年中には中銀デジタル通貨を本格的に導入する計画だ。
BISが今年1月に発表した「中銀デジタル通貨サーベイ」によると、調査対象の中銀(66行:うち先進国21行、新興国45行)のうち、実に80%が調査や実験など何らかの形で中銀デジタル通貨への取り組みを行っている。
BISの調査で、中銀デジタル通貨(後述の小口決済用)の実用化計画についてみると、BIS調査対象の中銀のうち、10%が中期的(3年以内)に発行する可能性が高いものと答えている(図)。BISによると、短期的に発行可能性が高いとする10%の中銀(6〜7行)の国(具体的な国名は非公表)の人口を合わせると、世界人口の20%を占めるものとされる。つまり、世界の5人に1人が3年以内に、中銀の発行するデジタル通貨を使うことになる。中銀デジタル通貨の発行は、秒読み段階入ってきているのである。
時代遅れの現金に代替
中銀がデジタル通貨を発行する意義は何か。
まずは、現金が世の中のさまざまなIT化と不整合になっているという不都合な事実がある。インターネットの発達やスマートフォンの普及などによって、さまざまな取引がデジタル化(IT化)されてきている中で、物理的な受け渡しが必要な「紙幣」は、他のデジタル化された取引手法とは不整合になり、「時代遅れ」の支払い手段となってきているのだ。
このほかに、現金の流通コストを削減できることがある。現金を印刷し、それを安全に保管し、中銀の支店などを通じて国の隅々にまで流通させるためには、相当なコストが発生している。特に、数百以上の多数の島からなる島嶼国では膨大な手間とコストがかかっている。
さらに、「金融包摂」(ファイナンシャル・インクルージョン)にも一定の役割を果たす。金融サービスの普及が遅れており、多数の「アンバンクト」(銀行口座を持たない人)がいる国で金融サービスの普及を進めることができる。
このような中銀デジタル通貨には、大きく銀行間の決済に使う「大口決済用」と現在私たちが使っている現金(銀行券)をデジタル化しようとする「小口決済用」がある。各国の中銀も、大口を検討している先と小口を検討しているところで二分されている(表1)。
このうち、より国民の身近な存在になるとみられるのが、小口決済用の中銀デジタル通貨である。実現すれば、国民生活への影響は格段に大きいものとみられる。
使い方のイメージとしては、スマートフォンの中に、中銀デジタル通貨用のウォレットを設定し、その中で自分の中銀デジタル通貨の残高を管理するものとなる。そして、その残高を使って、店舗への支払いや個人間の支払いを行うものになる。
一見すると、すでに使われている「電子マネー」や「QRコード決済」などによく似た仕組みのようにみえる。しかし、小口決済用中銀デジタル通貨は、中銀が発行した「中央銀行マネー」である点が大きな違いとなる。
銀行券と同様に強制通用力を持つものとなるため、店舗によって使えたり使えなかったりということがない。また、個人間の支払いにも使うことができる。
さらに、中銀には経営破綻のリスクがないことから、中央銀行マネーは、商業銀行マネー(民間銀行の預金)に比べて安全性が高く、その受け渡しによって、「決済完了性」(ファイナリティー)が得られるというメリットがある。この小口決済用の設計については、いくつかの選択肢が考えられる(表2)。
課題も山積
中銀デジタル通貨はメリットが多い半面、検討すべき課題も残されている。
一つ目は、民間銀行の「金融仲介機能」の低下を招く可能性がある点だ。民間銀行では、個人などから預金を受け入れて、それを企業などに貸し付けることによって、金融仲介の機能を果たしている。
しかし、もし中銀デジタル通貨の発行によって、大量の資金が銀行預金から中銀デジタル通貨にシフトしたとすると、銀行が融資を行うための原資が減少し、結果的に金融仲介機能が低下する恐れがある。
二つ目は、「取り付け」のリスクである。金融機関の経営が全般に悪化する中で、民間銀行に信用不安が発生したときには、人々は、銀行預金を引き出して、中銀デジタル通貨に資金をシフトさせる可能性がある。こうしたパニック的な預金流出は、いわゆる「取り付け騒ぎ」と呼ばれるものであるが、中銀デジタル通貨への資金シフトは電子的に行われるため、銀行の窓口やATM(現金自動受払機)を通じて行われ、物理的な制約がある取り付けよりも、急速にかつ大規模に行われ、問題を悪化させる可能性がある。
三つ目に、国民のプライバシーや取引の匿名性をどこまで確保するのかという問題がある。中銀デジタル通貨では、全体の仕組みを中銀が管理するため、理論的には、すべての口座残高や資金の移動を中銀がモニタリングすることが可能となる。中銀がすべての取引情報をみることができるようにすることを目指している国(中国、ロシアなど)もあるが、一定の場合にのみ(犯罪の捜査など)、取引情報をみられるようにするタイプ、技術的な仕組みによって、一定額の小口取引には匿名性を認めるタイプなども開発されている。
四つ目は、技術的・コスト的な問題として、直接発行型の小口決済用において、そもそも中銀が何億人という国民の口座を直接維持・管理できるのかといった問題である。
最後に、法定通貨の発行者として中銀には「失敗が許されない」ことだ。民間のサービスであれば、うまくいかなければサービスを中止するという選択肢もあるが、中銀の場合は発行後に問題が起きても、法定通貨ゆえに「すぐに使用を中止する」ことははばかられるだろう。
通貨は進化する
こうした課題は残るにせよ、通貨という存在は、歴史的にみると、商品貨幣(穀物、家畜など)、金属貨幣(金銀を重さを量って利用)、鋳造貨幣(コインの形)、紙幣などの形で発展を遂げてきた。その時々における最先端の技術──つまり、精錬技術、鋳造技術、製紙技術、印刷技術など──を使って作られてきたのである。
デジタル技術が発達し、ブロックチェーン技術も開発された。このため、こうした最先端のデジタル化の技術を使って、中央銀行がデジタル通貨を発行していくというのは、極めて自然なことであると考えられる。
(中島真志・麗澤大学教授)