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中東で「エンタメ振興策」急加速 2億人市場で映像ビジネス拓く=志村一隆
アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで今年3月、アニメーション・コンテンツのイベント「ミドル・イースト・フィルム・アンド・コミック・コン」(ドバイ・コミコン)が開催された。
現在、海外のコンテンツ流通業者やメディアと話をすると、決まって「日本の面白いアニメを教えてくれないか?」と聞かれる。
世界的に一世を風靡(ふうび)した「韓流(はんりゅう)」と呼ばれる韓国のドラマや、同じく韓国の「K─POP」と呼ばれるポップミュージックと並ぶアジアの有望コンテンツとして、「クールジャパン」の愛称で知られる日本のアニメは需要が旺盛な商材だ。
国策で進める市場開拓
アニメやマンガなど日本のコンテンツの輸出といえば、地理的な近さからも中国を含めたアジア市場がまず思い浮かぶが、今後の成長市場として中東やアフリカも有望である。今回のドバイ・コミコンでは、現地のメディアやエンターテインメント産業に従事する人々と中東のメディア事情とコンテンツ産業のビジネスチャンスについて情報交換する機会を得ることができた。実感したのは中東諸国で高まるエンターテインメントへの熱気である。
自国経済の「脱石油」を掲げるサウジアラビアは、さまざまな分野にわたる長期の国家戦略「ビジョン2030」で、産業振興のためのファンドとして「パブリック・インベストメント・ファンド」(PIF)を設立した。
このファンドでは、投資予算40兆円のうち1・4兆円をアニメや映画、ゲームなどコンテンツ産業に振り分ける、としている。新たに2万件の職種を創出し、5・2兆円の価値を生み出すことを目標としている。
サウジのエンタメ市場規模は4000億円。前述のPIFがエンタメ産業に積極的に投資し、その規模は増えるだろう。一例が映画館の拡大である。サウジでは、1980年代以来、宗教上の理由で映画館が禁止されていたが、2018年から米国の大手映画館チェーンAMCと提携、30年以上ぶりに映画館がオープンした。
サウジが宗教上の制約を取り払い、価値観の多様化に対して寛容な姿勢に方向転換したのは、実力者ムハンマド・ビン・サルマン皇太子の改革が大きい。例えばサウジは世界で唯一女性のクルマの運転が禁じられていたが、18年に解禁したのも皇太子である。
一方、UAEのドバイには映画館も多い。ドバイとはアラビア海を挟んで対岸にある、インド西部のムンバイ市では映画産業が盛んで、同市で製作された映画は、ムンバイの旧称ボンベイと米国の世界的映画産業の中心地ハリウッドを合わせて「ボリウッド」と呼ばれる。ボリウッド映画はドバイで人気を博している。ドバイに住む外国人の半数はインド人であることも理由の一つだろう。
中東市場に日本の映像コンテンツを流通させる際の課題は、やはり言語だ。欧米化の進んだUAE、特にドバイなら英語字幕で足りるが、サウジではアラビア語の吹き替えが望ましい。
巨大なアラビア語圏
中東地域の通信やテクノロジーの普及状況を見ると、急速に先進国に追いつきつつある。ドバイのショッピングモールでは、幼児たちがスマートフォンで動画を見ている姿をよく見かける。また、ライドシェアの米ウーバーが進出し、人々の「足」として一般化している。半面、タクシーはキャッシュレス決済を導入しておらず現金払いしかできないなど未発達な部分もあるが、ネットやスマホの普及でエンタメについては浸透する土壌ができている。
ドバイのある財閥関係者は、「ミドルイースト(中東)は抽象的な言葉であって実際には存在しない。我々は“アジアの西端”だと思っている」と話していたのが印象的だった。そこには、アラビア半島の国々も、日本や韓国などテクノロジーや文化で成長するアジア諸国と同じ進化を遂げたいという希望が込められている。
アラビア語を話す人は2億人を超える。中東だけでなく、エジプトやモロッコなど北アフリカもアラビア語圏である。中東だけでなく、アラビア語圏全体をポテンシャル市場と考えると、よりビジネスチャンスが広がる。
特にサウジアラビアは、現在エンターテインメントに門戸開放している時期であり、日本のコンテンツ事業者が市場参入するのにとてもいいタイミングである。
(志村一隆・吉本興業取締役)
人口7000万人の購買力 欧米化のドバイ、若者の国サウジ
アラビア半島南部には、イエメン、オマーン、カタールなどがあり、半島の北部はイラクである。アラビア半島の広さは320万平方キロ。イラクを除き、アラビア半島各国の人口を合わせると約7000万人。日本の面積は38万平方キロであるから、その約10倍の土地に日本の55%程度の人口が住んでいる。
一口に中東と言っても、国ごとに特色が違う。サウジアラビアは、アラビア半島の大部分を占め、面積は日本の5.7倍。一方、ペルシャ湾(対岸はイラン)に面したドバイは徳島県ほどの大きさしかない。
アラブ首長国連邦(UAE)は人口963万人で、そのうちアラブ人は約100万人、残りの900万人は外国人である。アラビア半島の国々のなかでも、頻繁に旅行番組などで紹介されるドバイは極めて特殊な市場環境にある。1人当たり国民総所得(GNI)は4万ドル(約430万円)と、ほぼ日本と同じレベル。しかも、アラブ人、外国人含めて国民のほとんどが英語を話せる。コンビニでもタクシーでも英語が日常会話である。
ドバイの中心部にある巨大なショッピング街「ドバイモール」には、ルイ・ヴィトンやティファニーといった欧米の高級ブランドのほか、「ファイブ・ガイズ」といった米国で人気のハンバーガーチェーンの店舗まで入っており、ニューヨークや東京などの巨大都市と変わらないレベルの買い物ができる。街中ではラスベガスのような噴水ショーや、巨大な水槽を見ながら食事を楽しめるレストランがある七つ星ホテル「ブルジュ・アル・アラブ」など、欧米カルチャーが入り込んでいる。
一方、「中東の盟主」と呼ばれるサウジは人口3370万人。人口構成はUAEと逆で、アラブ人の比率が70%である。サウジの1人当たりGNIは2万ドル(約215万円)。国土も広く、ドバイに比べると格差が激しい。サウジアラビアは、2019年に脱石油依存型経済を目指す国家長期戦略である「ビジョン2030」を策定している。
実力者のムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、「最終的にサウジをアジアや欧州の多様な面でのハブ(結合点)として機能させたいと」語っている。ドバイ・コミコンで出会ったサウジのメディア関係者は、「若い皇太子は現在の若い世代の気持ちを理解し、社会を変革していこうと考えている」と話す。
実際サウジは、人口の半分が「ミレニアル世代」と呼ばれる1980年代初めから2000年代半ばまでに生まれた若者層で、これから旺盛な購買力を発揮する人々である。
(志村一隆)