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都知事選対策? 新型コロナの感染者数は「隠蔽」されていたのか=松本健太郎

記者会見で啓発パネル2枚を掲げて新型コロナウイルス感染拡大の警戒を呼びかける小池百合子東京都知事=東京都庁で2020年7月30日午後5時32分、滝川大貴撮影
記者会見で啓発パネル2枚を掲げて新型コロナウイルス感染拡大の警戒を呼びかける小池百合子東京都知事=東京都庁で2020年7月30日午後5時32分、滝川大貴撮影

感染拡大の震源地「東京」でささやかれる「ある陰謀」・・・

 いったん落ち着きを見せたと思ったのに、新型コロナウイルスの感染が再び拡大傾向にあります。4月11日に記録した日次の新規感染者数720人という記録は7月22日に塗り替えられ、9日後の7月31日には倍の1581人を記録しました。

 過去を振り返ってみましょう。最初に感染の「震源地」として注目を集めたのが、北海道でした。都道府県別に見ると2月26日に新規感染者数累計が1位となり、以降は道内で感染拡大が続きます。遅れて各都府県でも感染が拡大していき、やがて4月7日の非常事態宣言につながります。

図1 都道府県別の新規感染者数累計(1月〜3月)
図1 都道府県別の新規感染者数累計(1月〜3月)

 GW以降は新規の感染者数が減少していきましたが、6月に入って、新たに感染の「震源地」となったのが東京都です。6月から約1ヶ月かけて新規感染者数が1000人を記録したと思ったら、次の1ヶ月で約6500人に増えました。図1とはグラフの目盛りの単位が違う点に注意してください。

図2 都道府県別の新規感染者数累計(6月〜7月)
図2 都道府県別の新規感染者数累計(6月〜7月)

 東京の新規感染者数が指数関数的に上昇しており、その後を追うように、数週間のタイムラグののちに、各道府県の新規感染者数も上昇傾向にあります。

実際、上記のグラフを対数グラフに変えると、東京の後を大阪と愛知が追っていて、大阪と愛知も今後東京と似た状況に陥るのではないか、という仮説を立てられそうです。

図3 都道府県別の新規感染者数累計(6月〜7月)【対数表現】
図3 都道府県別の新規感染者数累計(6月〜7月)【対数表現】

 実際には、大阪府も愛知県も1日あたりのPCR検査件数の上限が東京都よりも少ないため、どこかのタイミングで新規感染者数が天井に達し、傾きが緩やかになりそうではありますが……。

私たちはどうやら今後も新型コロナウイルスに感染しないための努力を続けなければならないようです。

 そんな中、少し気になる「噂」を耳にしました。

「東京都は感染者数を隠蔽している」

「東京都の数字を操作して、国民をコントロールしている」

こういう「噂」が広まっているそうです。

はたして事実なのでしょうか。それともトンデモな陰謀論に過ぎないのでしょうか。

データを分析してみたいと思います。

「東京都は感染者数をごまかしている」という都市伝説

「東京都は感染者数をごまかしている」節には次の2つの根拠があるようです。

1つ目は東京オリンピックの延期が決まった3月24日以降に、東京の新規感染者数が増加したこと。オリンピックを中止・延期したくないがためそれまで数字をごまかしていたけど、延期が決まったので正直に報告し始めたように見えるそうです。

図4 3月17日〜31日の東京都の新規感染者数(NewsDigestより)
図4 3月17日〜31日の東京都の新規感染者数(NewsDigestより)

2つ目の根拠は東京都知事選挙が終わった7月6日以降に東京の新規感染者数が増加したことだそうです。

選挙期間中に新規感染者数が増加すると小池百合子さんの再選が危うくなるので、数字を過少報告していた、と疑われているようです。

この2点について事実かどうかファクトチェックしてみたいと思います。

図5 6月28日〜7月12日の東京都の新規感染者数(NewsDigestより)
図5 6月28日〜7月12日の東京都の新規感染者数(NewsDigestより)

新規感染者数は「その日に感染した数」ではなく、あくまで「その日に報告があった数」に過ぎません。

実際、東京都の場合、医療機関、保健所、東京都と情報の連携が行われ、検査によって陽性と判明してから東京都が発表するまで約3日かかっています。

もし、オリンピック延期が決定する3月24日まで感染者数をごまかしていたなら、3月21日より以前に医療機関から送られていた感染者報告を東京都が隠していた、ということになります。

もし東京都がそんなことをしていれば犯罪です。

いずれは入院者数など他の数字とつきあわされて、実態と違うことがマスコミにバレるでしょうし、その場合に東京都の担当者は厳罰に処されることになるでしょう。

実際、5月には感染者111人が抜け落ち、35人を重複して集計していたことが外部の指摘で明らかになっています。

もし3月24日以前の感染者数を東京都が隠蔽していたなら、これまでにバレている可能性が高いと思います。

もちろん「PCR検査数を抑制していたのは感染者数を抑える意図があった」という推測はできるかもしれません。ただ、それを明確に証明する根拠は、少なくともデータ上は見つけられません。

また、「都知事選挙が終わった7月6日まで感染者数が低く抑えられていた」は事実でしょうか。

次のグラフ(図6)を見れば一目瞭然です。

感染者数は7月2日(木)に100人を突破しています。この日、全国が騒然としたのでご記憶の方も多いでしょう。

そこから投票日の5日(日)まで、4日連続で100人を超えています。これは明らかに小池百合子さんにとって不利な情報ですので、この数字が隠蔽されていない以上、「隠蔽説」は成り立たなさそうに思います。

図6 6月1日〜7月5日の東京都の新規感染者数(NewsDigestより)
図6 6月1日〜7月5日の東京都の新規感染者数(NewsDigestより)

 新型コロナウィルスに感染してから、潜伏期間を経て発症するまで平均して5〜6日、病院を受診しPCR検査を受け陽性と判明するまで平均8日かかると言われています。

東京都が発表するまで3日かかることを考えると、「新規感染者数」といいながら、その数字は16日〜17日前のものだということになります。

 東京都はとくに日〜水は低く、木〜土は高く出る傾向にあるため、7日間移動平均線を作成し、その結果を16日分だけ前方にズラしてみました。その結果が以下の通りです。

新規感染者数=PCR検査陽性者数なのですが、実際には「感染した人全て」を検査できてはいませんので、あくまで傾向値になります。

図7 東京都の新規感染者数と7日間移動平均の推移
図7 東京都の新規感染者数と7日間移動平均の推移

 この「16日前にずらしたグラフ」が、実際の感染状況に近いと思われます。

 ちなみに6月10日〜12日あたりから黒点線の傾きが高まっていますが、時期的に「東京アラート」を解除した時期と合致します。

これをもって「東京アラートの解除は早過ぎた」=「失政である」と指摘されてもおかしくない数字ではあります。

また、その点は東京都知事選の選挙期間中である7月2日〜3日の時点で判明していたはずです。

 マスコミや対立候補にこの点を批判されれば小池都知事の再選にはマイナス材料となったでしょう。

しかし、感染者は公表されており、報告を遅らせたようにも見えません。

少なくともグラフでみる限り、「東京都知事選のために感染者数を隠蔽した」というのは都市伝説の類ではないかと筆者は考えます。

なぜ人々は「陰謀論」「都市伝説」を信じてしまうのか?

世の中が白か黒、0か100でスパッと割り切れることはまずありません。

筆者は今回の記事で「グラフ・公表データを見る限り、東京都の隠蔽の証拠はない」という立場をとりました。

ですが記事中でも触れましたように、PCR検査数自体を低く誘導していた可能性もあるでしょうし、そのあたりについては証拠がないので筆者には分かりません。

したがって、今回の筆者の記事についても「一つの見方として、そういう見方もあるんだな」という風に読んでいただけたらと思います。

しかし、世の中には根拠の疑わしい「陰謀論」や「噂」を鵜呑みにしてしまう人が残念ながら多く存在します。

ただ、それもそのはずで、もともと人間とはそうした噂を信じこみやすい傾向があるのです。

立ち止まって少し考えれば分かることであっても、陰謀論や都市伝説を「そうかもしれない」と人が簡単に信じてしまうのは、以下のような要因があるからです。

 1つ目は「敵対的メディア認知」と呼ばれるバイアスです。

メディアが自分とは反対陣営に有利な方向に歪んでいる、と錯覚する傾向のことです。

ネット上ではいつも「メディアは偏っている」とする意見であふれかえっていますが、よく見ると右よりの人は「左に偏っている」としがちですし、左よりの人は「右に偏っている」としがちです。

 そもそも新聞の場合は文字数の制限、テレビの場合は尺の制限もあり、あらゆる情報を「切り取って」載せざるを得ないという事情もあります。

不確かな情報を報道するわけにもいかないので、裏取りを行っている間にネットが先行するという場合もあるでしょう。

断片だけ取り上げて見ると「メディアはおかしい」と見えると思いますが、全体を俯瞰して見ると必ずしもそうでなかったりもします。

 2つ目は「確証バイアス」と呼ばれるバイアスです。

仮説を検証する際、それを支持する情報(都合のいい情報)ばかりを集め、反対の情報を無視、または集めようとしない傾向を指します。

自分にとって心地良いオピニオンばかり収集し「□□さんも言っているから間違いない」と判断する人は結構おおいのです。

 そういう人たちに「○○さんは違う意見を言っている」「△△さんも違う意見を述べている」と事実を指摘しても、信じ込んだあまり「ゆるぎない信念」を持ってしまっている人は、考えを変えようとはしません。

 陰謀論や都市伝説を簡単に信じてしまう人は「マスコミは信じられない」「陰謀論のほうが私にとっては心地良い」と考えがちだと筆者は考えています。

「世の中には”本当”の情報が流れていない」という不信感を人は抱きがちなのです。

 そういう方にとっては、筆者の今回の記事はちょっと居心地が悪いものかもしれません。少なくとも、陰謀論を信じていた人にとっては「余計なお世話」だったろうと思います。

その反応自体が、「敵対的メディア認知」「確証バイアス」と関係があると思われますので、これをきっかけにぜひ「行動経済学」について興味をもっていただけたら幸いです。

松本健太郎(まつもと・けんたろう)

1984年生まれ。データサイエンティスト。

龍谷大学法学部卒業後、データサイエンスの重要性を痛感し、多摩大学大学院で統計学・データサイエンスを〝学び直し〟。デジタルマーケティングや消費者インサイトの分析業務を中心にさまざまなデータ分析を担当するほか、日経ビジネスオンライン、ITmedia、週刊東洋経済など各種媒体にAI・データサイエンス・マーケティングに関する記事を執筆、テレビ番組の企画出演も多数。SNSを通じた情報発信には定評があり、noteで活躍しているオピニオンリーダーの知見をシェアする「日経COMEMO」メンバーとしても活躍中。

2020年7月に新刊『人は悪魔に熱狂する 悪と欲望の行動経済学』(毎日新聞出版)を刊行。

著書に『データサイエンス「超」入門』(毎日新聞出版)『誤解だらけの人工知能』『なぜ「つい買ってしまう」のか』(光文社新書) 『グラフをつくる前に読む本』(技術評論社)など多数。

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