国際・政治東奔政走

「日中関係をうまく管理しようという意欲が感じられない」日米で評価される安倍外交に 習近平訪日延期を受けた中国が注ぐ冷ややかな目線

トランプ氏の懐に飛び込んで得たものは……(千葉県内のゴルフ場で2019年5月26日)(Bloomberg)
トランプ氏の懐に飛び込んで得たものは……(千葉県内のゴルフ場で2019年5月26日)(Bloomberg)

 <緊急特集 「安倍から菅へ」>

 安倍晋三首相の辞任表明は国際政治にも波紋を広げている。とりわけ、対立が激化する米国と中国への影響は大きい。日本外交は戦略見直しを迫られそうだ。

「国をとても愛していただけに、残念でならない。辞任は本当につらいに違いない。どんな思いだったか想像もできない。偉大な紳士であり、最大限の敬意を表したい」

 トランプ米大統領は現地時間の8月28日夜、遊説先の北東部ニューハンプシャー州からの帰途、大統領専用機内で記者団に短くコメントした。ホワイトハウス高官によると、首相の体調不調はトランプ氏の耳にも入っており、首相在任期間が史上最長になったお祝いと併せて励ましの電話をかけるつもりでいたという。

米国には痛手

 主要国の指導者で最も親交を結んでいたのが安倍首相だ。ゴルフを通じた親交は国内外で知られ、主要国の会議で孤立すると首相に援護を求めた。蜜月時代の終焉(しゅうえん)は米国に痛手だろう。トランプ政権で国家安全保障担当大統領補佐官を務めたボルトン氏はツイッターで「安倍首相の辞任は、日米にとって大きな損失だ」と指摘した。

 中国外務省の趙立堅報道官は辞任表明を受けた8月28日の記者会見で「近年、日中関係は正常な軌道に戻り、新たな発展を遂げた。新時代の要求に応える日中関係を樹立するという重要な合意に取り組んだ安倍首相を積極的に評価している」との談話を発表した。最悪だった日中関係の再構築に努力した首相をねぎらう内容だ。

 当初は笑顔すら首相に見せなかった習近平国家主席だが、北朝鮮問題を巡って初めて首相と電話協議し、今春には日本を国賓訪問する予定だった。

 しかし、香港問題や新型コロナウイルス対策で高まる自民党内の反発を抑えようとしない安倍政権に不満もあったという。日中外交筋によると、中国側は最近、「日中関係をうまく管理しようという意欲が感じられない」と日本側に伝えたという。趙報道官は「関係の改善と発展を継続させたい」と次期政権への期待を込めた。

対中関係の再構築を図ったが……(大阪府で2019年6月28日)(Bloomberg)
対中関係の再構築を図ったが……(大阪府で2019年6月28日)(Bloomberg)

 米国の「不安」と、中国の「期待」。首相退場への反応は対照的だが、振り返れば、安倍外交は米中の狭間(はざま)で揺れ続けたのが実態だ。

 経済規模で日本を抜き、大国にのしあがった中国とどう向き合うか。「積極的平和主義」で「世界の真ん中で輝く」外交の核心は、つまるところ対中政策だった。米国との同盟関係を強固にし、台頭する中国との均衡を保つ。特定秘密保護法や安全保障法制、インド太平洋構想、ロシアとの平和条約交渉は、いずれもこの文脈にある。

 ところが、米国は腰が定まらなかった。オバマ前大統領は民主党政権らしく中国との接近を図った。習主席との初会談の重点は、米中2国間の利害調整にあった。2013年当時、日中は尖閣諸島問題が先鋭化し、「日中戦争もありうる」との観測まで流れたが、米国は同盟国の日本の利害よりも中国との関係強化を優先しているようにみえた。日本重視を鮮明にするのは、「日本を取るのか、中国を取るのか」と日本が米国に迫り、中国が尖閣諸島上空を含む空域に防空識別圏を設定してからだ。

「仲介ばかりの日本」

 トランプ氏は、米中対立を巡って、同盟国には矛盾した対応を取り続けている。国内向けには貿易赤字解消のために欧州や日本にも制裁を課して産業を守ると言い、対外的には中国に対抗すると言ってIT分野の供給網からの中国締め出しで連携するよう求める。こうした態度が米欧関係をきしませている。トランプ氏がドイツのメルケル首相やフランスのマクロン大統領との電話協議を一方的に打ち切ることもあり、「日本は仲間同士の仲介ばかりするのに辟易(へきえき)している」と外務省関係者は明かす。

 一方、中国は日本を「米国におもねり過ぎる」と見ているようだ。中国政府関係者によると、香港問題で日本にできるだけ情報提供してきたが、6月の香港問題のG7外相声明で日本が強硬な米英に同調したことに不満を募らせているという。日本は民主派弾圧に抗議するのは人権上、当然という立場だが、中国側は「独仏のように米国追随ではなく、是々非々の対応をとってほしい」という思いが強い。しかし、自民党内の対中強硬派の反発から、習氏の年内訪問はほぼ絶望的だ。

 この7年8カ月、米中関係は「接近」から「対立」へと転換した。日本は、中国への対抗戦略から米国に歩調を合わせたが、米国が同盟国を突き放した。そのバランスをとるために今度は対中関係の再構築を図ったが、協調路線は暗礁に乗り上げた。トランプ氏の懐に飛び込んで首相が得たものは何だったのだろう。

 次期政権の外交のかじとりは容易ではない。11月の大統領選でトランプ氏が勝利しても、選挙対策的な強硬路線がそがれて現実的になる可能性がある。民主党のバイデン前副大統領が勝利すれば、経済や人権の面では対立が一段と強まるおそれがある。

 米中対立は長期化するだろう。双方から信頼される根気強い外交が求められる。米国には自国の利害を超えた国際主義の重要性を説き、中国には大国というならそれだけの国際的な責任が伴うと忠告すべきだ。そのバランス感覚を持つリーダーが日本外交には必要だ。

(及川正也・毎日新聞論説委員)

(本誌初出 米中の狭間で揺れた安倍外交 トランプ氏と「蜜月」の果実とは=及川正也 20200915)

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