教養・歴史まだまだ上がる金&貴金属

「黄金の国ジパング」になぜ今は金が蓄えられていないのか 金銀鉱山開発と金銀比価の差を利用した国富流出の歴史

江戸時代の三貨制で使われた金貨。左は1両の小判、右は1分金(4分で一両)(日本銀行貨幣博物館所蔵)
江戸時代の三貨制で使われた金貨。左は1両の小判、右は1分金(4分で一両)(日本銀行貨幣博物館所蔵)

 日本史上、金の本格的な登場は奈良時代の749年である。陸奥国、現在の宮城県遠田郡涌谷町にて金産出の報が朝廷に届いた。聖武天皇の御代、国家の威信をかけて建立中の東大寺大仏を黄金色に荘厳(しょうごん)する金の調達に憂慮していた朝廷は歓喜し、直ちに「天平感宝」と祥瑞(しょうずい)改元(慶事で元号を変えること)した。古代日本では金銀は主に朝鮮半島からの輸入に頼っていたが、ここで日本は金の産出を誇る国となった。

 金の最大の魅力はさびないことである。銀や銅はさびると色が変わるが、金は輝きを失わない。不老不死の象徴として金が重用される理由だ。火山国日本の地表近くに生成した金鉱脈中の金は比較的小粒である。風化によって山が崩れると、小さな金粒が砂金として川底にたまる。比重の重い砂金を川砂から淘汰(とうた)すると簡単に金が手に入る。陸奥国の金も砂金である。

 金鉱石から金を取り出すのは後世のこと、古代人の砂金との出合いが、その後の日本人の金に対する潜在意識の源泉ではないかと私は思っている。「金は水のごとく、くめども尽きず川から湧いてくるもの」と。その後、16世紀の半ばまでの約800年間の産金の総量は100トン前後と推定される。長期間にこれだけの砂金を産出した国はない。「黄金の国ジパング」と呼ばれたとしても不思議はなかろう。

低すぎた金銀比価

 日本人が海外からの輸入文物、舶来品を好むのは今に始まったことではない。古代は中国が主な相手国なので、総じて「唐物」と呼ぶ。陸奥国での金産出以降、日本からの輸出品の代表が金になった。盛唐(唐代第2期)の法制度や仏教経典などを求めて派遣された遣唐使の持参品にも砂金が加わった。平安時代に入った804年の渡航では、大使に金200両、副使に150両の金が支給されたと記録にある。この使節団に最澄や空海らの僧侶も同行しており、最澄は渡航に際し金銀数百両を授かったという。

 680年代には富本銭(ふほんせん)、708年の和同開珎(わどうかいちん)と中国にならって貨幣を発行、10世紀半ばまで「皇朝十二銭」(古代日本で鋳造された銭貨の総称)が続くが、その流通は限定的であった。ところが、12世紀に宋との交易で宋銭が流入し、日本市場を席巻することになる。質の悪い大量の銭を金で買うという事態は、その後は明銭に代わるも16世紀まで続いた。

 ちなみに、12~13世紀の中国での金銀比価は1対7、これに対し日本では1対4であった。その間、銭だけではなくさまざまな「唐物」が到来し日本文化の底上げに大いに貢献した。見返りとして漆器などの高級工芸品も歓迎されたが、その代償として多くの金が流出したことも間違いない。

江戸幕府の大きな誤算

 戦国の世、16世紀には鉱石から金や銀を得る技術が確立し、群雄割拠の中、各地で金銀鉱山が開発された。石見銀山では、当時の世界の3分の1の銀を出したと言われる。最終的に、江戸幕府が佐渡金山など主要鉱山を天領として直轄し、大量の金銀を蓄え、金貨、銀貨、銭貨による「三貨制」という世界的にも特異な貨幣制度を設ける。しかし、幕府は鉱山の金銀は無尽蔵と思っていた節があり、これが大きな誤算となった。やがて、技術的な限界もあり金銀鉱山は枯渇する。

 その後、財政難を金貨改鋳などで何とかしのぐが、幕末のペリーの黒船来航後、1858年締結の日米修好通商条約によって大量の金の流出をみた。この要因も当時の金銀比価の格差にあった。海外では1対13~15に対して日本では1対5と、金が格安だったことが流出の原因だった。今では信じられない話ではなかろうか。江戸幕府を引き継いだ明治政府はこの是正にたいへん苦労することになる。

 2020年8月時点の日本の金保有量は世界8位、金の外貨準備比は3.2%。金保有量世界1位の米国の79%とは雲泥の差である。これが、かつて「黄金の国ジパング」と呼ばれた日本の現在の姿である。

(村上隆・高岡市美術館館長、光産業創成大学院大学客員教授)

(本誌初出 金の日本史 大量の砂金が海外流出 「黄金の国ジパング」は今=村上隆 

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