国際・政治

超富裕層の人数で「タイが日本越え」の衝撃……貧困化する日本人を尻目に我が世の春を謳歌するタイ富裕層の真実

    バンコクの高級ブランド店の前で並ぶ人々。コロナ禍でも富裕層の購買力は健在だ(筆者撮影)
    バンコクの高級ブランド店の前で並ぶ人々。コロナ禍でも富裕層の購買力は健在だ(筆者撮影)

    2020年2月。

    コロナによって大騒動が巻き起こっている最中、「韓国の1人あたり国内総生産(GDP)がついに日本を抜いた」というニュースが、専門家の間で議論を巻き起こしていた。

    経済協力開発機構(OECD)によると、2018年の数字で、日本は4万1,501米ドル(約433万円)。

    一方の韓国は4万2,135米ドルとなった。

    これは購買力平価ベースの数字ではあるが、米ドルベースでも2018年には日本が約3万9,290米ドル、韓国が約3万1,363米ドルと肉薄しているのだ(世界銀行調べ)。

    もちろん、対韓国の数字だけで日本経済の世界における位置がわかるわけではない。

    だが、一方で対東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国との関係を見ても、「経済大国日本」「お金持ちの日本」は、すでに幻想のごとく消え去っているのが現実だ。

    タイ経済に詳しい共同通信グループ株式会社NNA編集記者、安成志津香氏のリポートをおとどけする。

    「タイ人富裕層のほうが日本人より良い物を食べている」

    「日本に行けなくなった富裕層が押し寄せ、店は大盛況だ」

    「平均は1人2万円相当のおまかせコース。1人5万円相当のコースを注文する客も珍しくない」

    こう語るのは、タイの首都バンコクにある高級和食店の店主だ。

    日本から直送の新鮮な食材をふんだんに使い、日本人シェフが本場の和食を振る舞うこの店には、日本びいきの富裕層が連日訪れる。

    新型コロナウイルス感染症の影響でタイ経済が悪化する中でも、富裕層の購買力は衰えることを知らないという。

    この店のハッシュタグをつけていた客らのインスタグラムを見ると、高級料理店でのグルメ三昧の日々や、高級リゾートでの優雅な休日の様子が並んでいた。

    コロナによって一般市民の生活が困窮する一方で、富裕層をターゲットにした事業は活況を呈しているのだ。

    その暮らしぶりは、タイに駐在する日本人の生活と比較しても華やかに映る。

    前出の店主は、店の顧客の8割をタイ人が占めるとした上で、次のように打ち明ける。

    「日本人客からは『最安値のコースからさらに値引けないか』と聞かれることもある。もはやタイ人富裕層の方がよほど気前が良く、一般的な日本人よりも良い物を食べている」

    「上級国民」への不満が爆発?タイで続く「反体制デモ」の正体

    世界的に、コロナ禍でも「富裕層」は株取引などによって資産を増加させている一方、実体経済低迷の影響は貧困層により強く出ている、と言われている。

    タイでも事情は同じで、貧困層の経済状況は悪化の一途をたどっている。

    世界銀行は、タイで1日5.5米ドル(約570円)未満で生活する貧困層が、第2四半期(4~6月)に前期比2倍以上の970万人に増えたと試算。

    コロナはタイにはびこる貧富の差をますます浮き彫りにしている。

    高層ビルの前に密集するバンコクのスラム街(筆者撮影)
    高層ビルの前に密集するバンコクのスラム街(筆者撮影)

    タイで今年7月から連日続く反体制デモの発端は、こうした格差に対する市民の不満が高まったことも要因の一つとして挙がる。

    デモ隊は学生らを中心とし、プラユット首相の退陣やタイで絶対的権威を持つ王室の改革を要求。

    不敬罪が存在するタイで王室批判はタブーとされてきたが、王室に権限を集中させる現国王への不満は最高潮に達し、デモ隊は王室予算の縮小や不敬罪の廃止など10項目の改革を求めている。

    加えて富裕層への法的な措置が適切に取られない状況もデモに拍車を掛けた。

    危険運転致死の容疑で国際手配されていた清涼飲料「レッドブル」創始者の孫への訴追が取り下げられると、「大富豪には捜査が公正に行われない」として、国民からの批判が続出した。

    レッドブルを製造するTCPグループの創業家チャルーム・ユーウィタヤー氏は、米経済誌フォーブスの長者番付でタイ2位の富豪だ。

    世論の猛反発を受けた警察当局は一転、8月に同氏の孫への逮捕状を取っている。

    コロナの打撃が貧困層を直撃している

    既に数カ月も続いているデモの勢いはいまだ衰えを見せないが、一般市民を取り巻く経済環境もまた一向に改善の兆しが見えない。

    今年第3四半期(7~9月)のGDP(速報値)は、物価変動を除く実質で前年同期比6.4%減。

    輸出や民間消費の回復により前期の12.1%減(修正値)からは持ち直したが、3期連続のマイナス成長となった。

    バンコクのスラム街を歩く子ども(筆者撮影)
    バンコクのスラム街を歩く子ども(筆者撮影)

    さらには失業率も高止まりしている。

    タイ国家統計局(NSO)によると、10月の全国の失業者は前年同月比2.3倍の81万200人。

    失業率は2.1%だった。

    米国の6.9%(10月)や日本の3.1%(10月)と比較すると低く見えるが、コロナ感染拡大前のタイの失業率が1%前後を推移していたことを考慮すると高い水準で、先行きが見通せない若者の間には失望感が広がっている。

    国立チュラロンコン大学の政治アナリスト、ティティナン氏は米ブルームバーグ通信の取材に対し、次のように分析している。

    「デモに多くの若者が参加しているのは、将来的な経済発展の見通しが立たない中で、国が長い間、選挙で選ばれた政治家ではなく、軍や王室に力を与えてきたことに対する『正直な不満』が募った結果だ」

    貧困層を中心に「自殺者22%増」が与えたショック

    とりわけ貧困層が多いとされる東北部出身の出稼ぎ労働者からは悲鳴が聞こえる。

    バンコクの性風俗店で働くエイミーさん(25)は、シングルマザーで子ども2人を含む家族6人を養う。

    経済苦から職を求めてバンコクにやってきたが、聞こえるのは嘆き節ばかりだ。

    「客が来ず、4~5日間無収入なこともある。工場作業員など他の職を探してみたが、どこもリストラを進めている中で選択肢がない」

    新型コロナで3月から厳格な入国制限を敷くタイでは外国人旅行者が激減し、GDPの2割を占める観光業は壊滅的な状況だ。

    旅行者を相手にする労働者の生活は、エイミーさんのように困窮を極めている。

    政府は経済支援策として、タイ版「GoToトラベル」のような国内旅行振興策を推進している。

    だが、中国人を中心とする外国人旅行者に大きく頼ってきた観光業への効果は限定的だ。

    景気回復が見通せない中で経済苦に絶えられず、自ら命を絶つ人々も増えている。

    1~6月の自殺者数は2,551人で、前年同期から22%も増加した。

    「日本を抜いた」タイ富裕層の驚くべき実態

    そうした中でも富裕層の暮らしぶりはコロナ感染拡大前とは変わらず、市民らの既得権益に対する反発心は高まる一方だ。

    人々はやり場のない思いを吐き出すように、連日のデモで声高にシュプレヒコールを上げる。

    ただ富裕層が彼ら貧困層を見る目は冷ややかともいえる。

    農業や製造業などを営むタイ人実業家(72)は次のように力なく語る。

    「富める者がますます富み、貧しい者は貧しいままなのがタイの社会。この構造が簡単に変わることはないだろう」

    中国の富裕層向け雑誌などを発行している「胡潤百富(Hurun Report)」が2月に発表した報告書によると、タイ人の資産10億米ドル以上の富豪の数は57人で、世界で9番目に多かった。

    アジアでは中国(1位、799人)、インド(3位、137人)に次ぐ規模で、日本の44人(11位)を上回ったほどだ。

    スイスの金融大手クレディ・スイスの2019年の推計によれば、タイでは上位1%の富裕層が持つ富が全体の約50%を占めた。

    この1%には世界一とされる王室資産を保持するワチラロンコン国王を筆頭に、タイの経済界を牛耳る財閥グループが該当する。

    中でも数ある財閥のうち、タイで富豪を最も多く生み出している企業がCPグループだ。

    CPグループは1921年に種子販売店として創業し、現在は農業、食品、通信、不動産などの幅広い領域に進出。

    2014年には伊藤忠商事と資本・業務提携を締結し、相互に株式を持ち合って事業を展開するなど、日本企業との関わりも深い。

    CPグループを創業したジラワノン一族は、米経済誌フォーブスの「アジアの富豪一族番付2017年」で4位に入るほどで、その資産額は366億米ドルに上った。

    ちなみに日本の最上位はサントリーを運営する佐治一族の18位で、資産額は142億米ドルだった。

    一方で、CPグループの独占的な事業経営に不満を募らせる市民も多い。

    2015年には「CPグループがタイの富を独占をしている」との反発が強まり、同グループが運営する「セブン―イレブン」への不買運動が巻き起こった。

    今回のデモを巡っては、前述のレッドブルに対する不買運動が起きているほか、現国王が筆頭株主であるサイアム商業銀行の口座閉鎖を呼び掛ける動きも活発化している。

    既得権益に対する市民の反乱は、まだ始まったばかりだ。

    (共同通信グループ株式会社NNA編集記者 安成志津香)

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