クラシック 庄司紗矢香&ヴィキングル・オラフソン デュオ・リサイタル=梅津時比古
人々を思考させ、世界を動かす 導きに満ちあふれた表現の境地
現代の世界は、新型コロナウイルスの感染症、貧富の格差、政治思想の分断化などさまざまに危機的な状況を抱えている。これに対して何も言わなければ、時の権力者、すなわち体制の都合の良いように大波にのみこまれてしまう。しかし、積極的に意見を表明さえすれば、多くの人に通じて問題解決に寄与するという単純なことでもない。かえって表面的な空騒ぎとなり、取り組みを浅いものにしてしまうこともある。
一方、直接の意見表明でなくとも、深く考えられた表現は、人々に思考することを投げかけ、根本から大きく世界を動かすことがある。
バイオリニスト、庄司紗矢香の芸術はまさにその境地に達している。彼女の表現は、常に世界についての思考を聞き手に促すという意味で、導きに満ちている。
欧州を拠点に活動する庄司は、ここ数回の来日公演はコンチェルト(協奏曲)が続いたが、2017年12月にワレリー・ゲルギエフ指揮、マリインスキー歌劇場管弦楽団と共演したショスタコーヴィチのバイオリン協奏曲は圧巻だった。ショスタコーヴィチにとって生命の存否に直結したソ連共産党独裁社会との闘いを、庄司は自らも引き受けているような表現を聴かせた。
とりわけ、終楽章前のバイオリンによる長大なカデンツァでは、世界の前にただ一人で立ち尽くし、何ものにも素手で立ち向かう孤独な闘いの音を渾身(こんしん)で体現する。聴きながら、本質を追求するということが、それ自体、いかに社会的であるかと思わざるを得なかった。
それは協奏曲においてもデュオにおいても基本的に変わりないが、デュオのほうがさらに混じり気がなくなるだろう。庄司はこれまで、若いジャンルカ・カシオーリや90歳代のメナヘム・プレスラーといったピアニストを相手に、共演者の音楽と1+1が3にも4にもなる本質的なアンサンブルを構築してきた。
庄司にとって5年半ぶりのデュオ・リサイタルになる今回の来日全国ツアーでは、ピアノパートナーに欧州で注目されている若手のヴィキングル・オラフソン。プログラムはバッハのバイオリンソナタ第5番ヘ短調、バルトークのバイオリンソナタ第1番、プロコフィエフ「5つのメロディ」、ブラームスのバイオリンソナタ第2番イ長調。
庄司がオラフソンと深く対話できる曲目を選んだことが分かる。必ずや現代に対する思考の深みを投げかけてくれるだろう。
12月12日の山形を皮切りに、13日=横浜、14日=名古屋、15日=浜松、17日=大阪、18日=水戸、21日・23日=東京と各都市を回る。
(梅津時比古・毎日新聞学芸部特別編集委員)
日時 12月13日(日)13時開場(16時終演予定)
場所 横浜みなとみらいホール(神奈川県横浜市西区みなとみらい2-3-6)
問い合わせ先 ジャパン・アーツぴあコールセンター(0570-00-1212)
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