経済・企業

カリフォルニア州ではEVが圧勝し、水素の未来が見えないワケ

テスラが提供する住宅用ソーラールーフとモデルS(同社提供)
テスラが提供する住宅用ソーラールーフとモデルS(同社提供)

 日本ではトヨタ自動車の燃料電池車(FCV)新型MIRAIの発表が話題だ。ホンダは2008年にクラリティを発売、日産自動車もSUV(スポーツ多目的車)モデルのエクストレイルのFCVを発表するなど、日本のメーカーはこの分野で世界をリードする動きを見せている。しかし、脱炭素に最も積極的なカルフォルニア州を見る限り、水素がガソリンに変わる燃料として普及する未来は見えない。

米国で買えるFCVは3車種のみ

 米エネルギー省(DOE)の代替燃料自動車サイトを見ると現時点で利用可能なFCV乗用車はわずか3モデルしかない。韓国の現代自動車のNEXO、MIRAI、クラリティだ。

 欧州では独ダイムラー、独BMWなどがFCVに着手しているが、米国内での販売はこれからとなる。

 一方のEVはほぼすべてのメーカーがEVモデルを持ち、今後多くのモデルをEV化する、と発表している。

 さらに米中両国では多くの新興メーカーが誕生し、2021年以降も発売を予定している。小型車からピックアップトラックまで、ラインナップも充実しつつある。

いち早く市場に投入されたトヨタのミライ (Bloomberg)
いち早く市場に投入されたトヨタのミライ (Bloomberg)

トヨタMIRAIvsテスラモデル3

 FCVとEVを比較するのは車両タイプにもよるので単純ではないが、ここでは価格が近いものとしてMIRAIとテスラのモデルSを例に挙げる。(米国内での価格比較)

 MIRAIはベース価格が4万9500ドルだが、オプション込みの実売価格は6万ドル前後。航続走行距離は公称850キロ。モデルSはベース価格6万9420ドル、航続走行距離約650キロ(米国環境保護庁=EPAによる試験)。

 MIRAIには衝突防止ブレーキ、レーンはみ出し防止、スマートクルーズコントロールなどが付き、モデルSにはオートパイロット機能が付く。

 デザインの好みを別にすれば、この2つのモデルはスペック的にはほぼ互角と言える。車体のサイズもそれほど変わらない。

 ただし大きな違いはインフラだ。

テスラのモデル3
テスラのモデル3

EVの充電5万基vs水素チャージ42カ所

 米カリフォルニア州では新規に建設されるホテル駐車場にEV用充電ステーション建設を義務付けていることもあり、充電インフラには不自由しない。

 一方水素ステーションは州全体でわずか42カ所。同州では昨年9月、新たな水素ステーション建設のために3900万ドルを補助する、と発表した。しかしこれで建設されるステーションは36カ所にすぎない。EV充電ステーションがすでに州内に5万基以上あることと比較するとその差は明白だ。

ガソリン車の墓標のように見えるテスラの充電ステーション(カリフォルニア、Bloomberg)
ガソリン車の墓標のように見えるテスラの充電ステーション(カリフォルニア、Bloomberg)

建物の消費電力はすべて再エネで賄え

 もう一つ、EVにとって有利に働きそうなのがカリフォルニア州が推進している「ゼロ・ネット・エネルギー(ZNE)」政策だ。ZNEとは「最新の断熱技術と省エネ技術を適用した上で、再生可能エネルギーで発電した電気が建物の年間消費電力と同じになるか上回ること」を義務付ける野心的な政策だ。

 上述したように新規建設のホテルなどにEVの充電ステーション建設が義務付けられているが、これが今後アパートなどの集合住宅、オフィスビル、大学にも拡大される。

 カリフォルニア州のガイドラインを見ると、

・2020年から新規建設の住宅をZNEとする。

・2030年から新規建設の商業ビルをZNEとする。

・2030年までに既存の商業ビルの50%をZNEに改装する。

・2025年から州政府関連の建物の50%をZNEとするよう改築を行う--となっている。

 つまり新規建設物件には太陽光発電パネルなどの発電機能が求められ、そこで作られる電力で建物内の消費電力をすべて賄うことがゴールとなる。

シリコンバレーはオール電化に切り替え

 この目標達成のため、同州では新規建築物件に対しガスインフラを供給しないことも視野に入っている。シリコンバレーの中心地であるサンノゼ市では一足早く新規物件へのガスインフラの供給を停止、オール電化への切り替えが始まっている。

 つまり今後カリフォルニアの住宅にはソーラー発電が付き、家庭内で消費される電力を自力で賄う電化住宅となることが原則となる。

余剰電力を蓄えることができるEV

自宅の屋根に付けた太陽光パネルの蓄電状況をスマホで管理できるテスラのアプリ(同社提供)
自宅の屋根に付けた太陽光パネルの蓄電状況をスマホで管理できるテスラのアプリ(同社提供)

 この電力を有効に活かすためにEVを保有することは合理的だ。EVは蓄電池の役目も果たし、年間を通じて変動のある太陽光の余剰電力の保存や、非常時には家庭内に電力を供給する蓄電池にもなる。こうした動きはカリフォルニア州だけではなく、今後脱炭素化を本気で目指す国に確実に導入されるだろう。

 再生可能エネルギーで作られた電力を水素の形で保存する、という方法ももちろん存在する。しかしその場合、高密度で貯蔵するために冷却して液体にしたり、車に充填するために高圧で圧縮する必要があり、装置が大掛かりなものとなりコストもかさむ。

テスラはソーラー屋根も販売

 太陽光は天候や気候に左右される面はあるが、パネルの価格が大幅に下落していることから、家庭やオフィスビルなどの再生可能エネルギー装置としてはやはり最有力だ。

 テスラのように太陽光パネルと住宅の屋根を合体させたソーラールーフを販売する企業もある。家庭での発電、外での充電インフラという両面から、現時点ではEVはFCVを大きくリードする存在になっている。

テスラが販売する住宅用ソーラールーフ(同社提供)
テスラが販売する住宅用ソーラールーフ(同社提供)

ギガテキサスで生産するテスラの秘密兵器

 テスラはテキサス州に建設中の「ギガテキサス」で大型の4680バッテリー製造に着手する、と言われている。

 ギガテキサスとはテスラのバッテリー工場であるギガファクトリーをテキサス州オースチン近郊に建設するもので、その敷地面積は6平方キロという巨大なもの。2021年後半にも稼働開始が期待されている。

 そこで生産される4680バッテリーは、直径48ミリ、高さ80ミリの円筒形のもので、従来のバッテリーの5倍のエネルギー、航続走行距離を16%伸ばすことが可能になる、という。さらにkWh(毎時の出力)あたりのコストも14%削減できるという。

アマゾンが10万台を注文したリビアンのEVデリバリーバンのプロトタイプ(リビアン提供)
アマゾンが10万台を注文したリビアンのEVデリバリーバンのプロトタイプ(リビアン提供)

アマゾンは10万台のEVを発注

 実現すればEVの航続走行距離はさらに伸び、通常の乗用車から中型商用車ではEVがかなり優位になる、と予想できる。

 米国ではデリバリー車両を中心に中型バンのEV化が進んでおり、アマゾンが10万台のEVバンを新興EVメーカー、リビアンに発注したことも話題だ。この分野でもEVがFCVの一歩先を行っている。

 FCVが現時点からEVに追いつき追い越すのはかなり難しいと考えられる。

(土方細秩子・ロサンゼルス在住ジャーナリスト)

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