デジタル成長企業とフィンランド発のフードデリバリーが広島を進出先に選んだワケ
少子高齢化、デジタル化の遅れ、脱化石という急激な産業構造の変化にあえぐ日本経済。これにコロナ禍が加わり、首都圏以上に厳しい局面に置かれているのが地方経済だ。しかし、この時機にありながら企業誘致に成功している自治体がある。平和都市として知られる広島県だ。
緊急事態宣言が全国的に発令された昨年3月以降、フィンランド発のフードデリバリー「Wolt」はアジア初の進出拠点に広島市を選び、ネット広告の審査業務で成長する「イー・ガーディアン」は中国地方初の中核拠点として広島市への進出を決めた。2社はなぜ広島を選んだのか。
世界で3番目に大きい日本の出前市場
「米国、中国に次いで日本の出前市場は世界3位の180億ドルの規模があります。しかしオンラインで注文する比率はまだ6%。日本はこれから伸びるポテンシャルがあります」。こう語るのはWoltジャパンの新宅暁氏。
Woltは欧州を中心に人口規模が100万~150万の都市に進出し、成功してきた。「欧州で展開してきた都市と人口規模の近い都市での成功を目指しました」。
その結果が119万の人口を擁する広島市となったわけだが、「食のサービスを提供しているため食文化や食への熱意が高いことが一つの条件でした」という。広島県は名物のお好み焼きの出前が多いというのも「一つのポイントでした」と新宅氏。
昨年3月に広島市に進出して以来、県内500の飲食店の出前に対応し、配達員は全国で2000人に達した。
広島市を皮切りに昨年は6月に札幌、7月に仙台、10月に同じ広島県の呉市と東京、11月に盛岡、旭川、岡山、12月に福岡と、すでに9都市に進出。「この2年以内に日本で100都市を目指しています」。
広島では、うどん、つけ麺、広島県の人ならだれでも知っているパンの「アンデルセン」なども人気という。
新宅氏は「お客様からの質問には1分で返答するチャットサポートを用意し、ホテルのコンシェルジュのように迅速になんでもお答えできるように努力しています。レストランの質、配達パートナーの質、顧客体験。これらすべて“おもてなし”と捉えてサービスを提供しています」という。
広島に全くコネはなかったが、「県庁の手厚いサポートがあり、県の商工センターの方々から卸業者やレストランをご紹介いただきました。その後、卸業者が主催する展示会に出展したことでコネクションづくりが進みました」という。
スマホ一つで出前を注文できるフードデリバリーではウーバー・イーツが日本に根付きはじめているが、実はサービス提供開始は、ほぼウーバーと同時期の2015年。Woltは現在、世界23カ国110都市で展開しており「東のウーバー、西のWolt」とも言われている。
混雑する時間帯、地域では配達の有無にかかわらず配達員の時給を保証し、「当社の理念を理解していただける人に配達パートナーになってもらっています」(新宅氏)。
欧州の新しいフードデリバリーが広島の成功体験を端緒に日本全国に広がり始めている。
ネット広告の審査で広島のデジタル人材に期待
「デジタルに強い人材が多いとは聞いていましたが実際に優秀な人が多い。従業員の7割が女性で他の地域に比べ高いことも驚きでした」。こう語るのは、イー・ガーディアンの佐々木雄一氏。
同社がいま主力業務としているのがネット広告の審査業務。「この広告の表現は誤解を生まないか」「契約の説明がわかりにくい表記になっていないか」といった点を事前にチェックするのだ。他にも新商品や新サービスに対し、「ツイッターでどんなことがつぶやかれているかをマーケティングに活用してもらっています」。このネット広告審査サービスを24時間3交代体制で提供している。
同社が中国地方初の拠点として広島センターを開設したのは昨年4月。災害など緊急事態でも企業活動を継続できるBCP(Business Continuity Planning)の観点から、「中国電力の管内の拠点が必要」だった。
そこで白羽の矢が立ったのが都市と住宅が近接し、交通の便が良く、デジタル分野の人材が集まりやすい広島市だった。「企業誘致に対する県の助成制度が充実しているのも一つの要因でした」(佐々木氏)
広島市の拠点は最大200~300人が働ける100席のワークスペースを確保しており、開設から半年で半分以上が稼働しているという。
イー・ガーディアンの設立は1998年。ブログやSNS(交流サイト)が普及しはじめた時代に設立された。
SNS(交流サイト)の投稿、EC(電子商取引)サイトにおける商品のレビューや口コミで誹謗(ひぼう)中傷がないか、ECサイトで違法な薬物や模造品が売買県されていないかなどを監視してきたが、近年はネット広告の審査業務が伸びている。
同社はネット上のテキストや画像を解析できるAI(人工知能)を東京大学と共同で開発し、業界で初めて導入したデジタル企業の先駆けだが、「人間の目視確認も重要」。そこでデジタルに強い人材の拡充を進めてきた。
20年9月の営業利益は13億3900万円。この5年で4倍強に利益は拡大した。「広島市は優秀な人が多い。いまネット広告が伸びているので、(AIなどでは対応できない)難易度の高いネット広告の審査業務を中心に伸ばしていきたい」と佐々木氏。
広島県は、人口減少や労働者不足、事業継承などの課題を抱える地場産業に対し、デジタル技術を駆使して解決していく「広島サンドボックス」という実証プロジェクトの助成も手掛けており、この取り組みにも「興味を持っている」という。
デジタル企業の誘致に力を入れてきた広島県
広島は中国・四国地方では最大の都市だが、都市と自然が近接し、オフィスで働きながらアウトドアの趣味を満喫できる側面もある。国立広島大学の情報系の学部や、高等専門校、広島市立大学などもデジタル分野の人材輩出に力を入れてきた。
マツダをはじめとしてモノづくりには強い基盤を持つが、「イノベーション立県の実現」(広島県)を目指し、デジタル分野での企業誘致に広島県は力を入れてきた。
特にコロナ禍が進んだ10月以降、広島に本社機能を移す企業に従来の1億円から最大2億円に助成することを決め、引っ越しする本人と家族の補助金も増額した。この結果、興味を持つ企業からの問い合わせは600件以上に達し、Wolt、イー・ガーディアンに続き8社が広島への進出を決めた。
「企業や人材の流動化が始まっているいま、デジタルのメリットを活用し、さらなる企業誘致を進め、進出後のフォローもしっかり取り組みたい」(広島県・県内投資促進課)という。(週刊エコノミストOnline編集部)