湯崎英彦・広島県知事×南壮一郎・ビジョナル社長「地域経済のデジタル変革で行政と企業ができること」
モノづくりで強い基盤を持つ広島県だが、実はデジタル技術を駆使し、組織やビジネスのあり方を変革するDX(デジタルトランスフォーメーション)に力を入れてきた。伝統ある農林水産業や製造業でDXをどう活用していくのか。広島県の湯崎英彦知事と転職サイト「ビズリーチ」などで急成長を遂げるビジョナルの南壮一郎社長にコロナ時代の働き方について語ってもらった。
--地方経済は少子高齢化、産業構造の転換に伴う工場の閉鎖、中小企業の事業継承の問題など多くの課題を抱えています。広島県がいま直面している課題は。
■湯崎知事 人口減少はコロナ以前からの課題ですが、コロナ禍で加速すると考えています。この変化に対応するにはスピードが大事です。広島県は製造業が強いですが、グローバルな競争が激しくなっています。さらにいまデジタル化の流れが鮮明になり、モノづくり産業自体が大きく変化しないと生き残れないと考えています。
--どう対応をしますか。
■湯崎知事 産業競争力をつけるという意味でデジタルを積極的に活用していきます。ただ,単にデジタル化していくことではなく、パラダイムを変えるくらいの変化を起こすために,デジタルをどう活用していくかが重要だと思っています。このため,広島県は、2019年にDX推進本部を設置し、「仕事とくらし」「地域社会」「行政」のそれぞれでDX推進に取り組んでいます。また,昨年11月には、県民,民間の企業や教育機関、行政がともにDXへの理解を深め,実践していただくことを促すため,「広島県DX推進コミュニティ」を作りました。
--転職サイトなどを運営してきたビジョナルは地域経済にどんな支援や解決策を提供していますか。
■南社長 創業以来12年、ビズリーチ(転職サイト)で採用面の支援をしてきましたが、最近とくに力を入れてきたのは副業という働き方です。
湯崎知事のご指摘通り、デジタル化とDXは違います。勝手に変革が起こるのではなく、人の後ろにある経験値が重要。地域にDXを実現する知識を持った人が転職することがベストですが、そうした力を持つ人がキャリアを移すのは難しい。しかし、副業、兼業という新しい働き方であれば可能性は広がる。
広島県で言えば、当社も協力して福山市の市役所が必要とする人材 を副業で採用しています。DX人材は争奪戦になるケースもありますが、自分のホームタウンとは関係なく「地域経済に貢献したい」、「パブリックサービスをしたい」という人もいる。地域にはそうした魅力がある。その可能性、働き方を可視化していきたい。
--広島県の具体的なDXの取り組みは。
■湯崎知事 2018年から,3年間で総額10億円規模の予算を投じて,広島県自体をDXの実験場とする「ひろしまサンドボックス」という事業を始めました。社会の課題をデジタルで解決するための実証試験を後押しするもので, 例えば,2018年当初にはじめたテーマを設定しない自由提案型の実証プロジェクトでは,ドローンやセンサーを使って広島名産のかきの養殖やレモンの栽培の効率化といった9つのプロジェクトを進めています。3年計画の最終年度も終盤となり,成果も見えはじめています。
他にも,県が抱える行政課題の解決として,県が管理している道路の法面を画像センサーや車両が収集したデータで解析し、法面崩落や道路陥没の事前察知、維持補修コストの低減に役立てるための実証実験なども行っています。
また,人材育成にも力を入れています。19年度には、AI人材を開発するプラットフォーム「ひろしまQuest」を始めました。AIの基礎をオンラインで学べるeラーニングを無償で提供し、ここで習得したスキルで,全国のプレーヤーと腕を競うオンラインのデータ分析コンペも行っています。
直近では「D-EGGS PROJECT」というニューノーマル時代の新たな日常を再定義するソリューションの実現に向けた実証プロジェクトもスタートしました。
--こうした広島県の取り組みを支援する具体策として,ビジョナルができることはありますか。
■南社長 DXで日本全体の生産性を向上しよう、という取り組みには採用支援事業を通じて協力します。正社員として転職するのが最もインパクトがあるので、各地域の皆様と協力しながら「こういう魅力ある仕事があります」と伝える。一方でDXの人材は東京に集中しているため、彼らが週1回、2回、月3回といった働き方でも地域に協力できる可能性を可視化していきます。
もう一点、生産性の向上は雇用の流動化だけでは実現しない。未上場企業の資本をどう流動化するか。地方の企業にとって事業承継は大きな課題です。当社の事業承継M&Aのプラットフォーム「ビズリーチ・サクシード」に登録してもらうことで事業承継先、パートナーを探すことができ、地域を超えてマッチングや連携が可能になります。
事業の価値を未来につなげるために資本の連携の可能性を可視化することで、事業承継にとどまらずM&A(合併・買収)のプラットフォームを目指しています。
広島県でも「事業引継ぎ支援センター」 という取り組みを3年前から 行っており、事業承継の相手を地域のみならず全国で探しています。その結果として、農水産物を全国展開している企業が広島の事業を支援する、といったこともあるでしょう。
コロナ禍でどう企業を誘致する
--いまコロナ禍で人の移動が制限されるなかで広島県では企業誘致も大きな課題ではないですか。
■湯崎知事 緊急事態宣言が全国的に発令された昨年3月以降、フィンランド発のフードデリバリーテック「Wolt」がアジア初の進出拠点に広島市を選び、ネット広告の審査業務で成長する「イー・ガーディアン」も中国地方初の中核拠点として広島市に進出を決めてくれました。
広島の持つ都市の魅力や、デジタル人材を輩出する風土があることを評価してくれました。また,県も積極的に誘致を行いました。
昨年10月からは本社機能を広島に移した企業には最大2億円、県外から移住してくる社員とその家族も対象とした助成制度を始めました。この結果、問い合わせだけで約600件、IT企業や経営コンサルなど15社以上が進出を決めました。
都市と自然が同居する広島は、いろいろなライフスタイルを追求でき、また大都市圏に比べて,オフィスコストも高くないという利点があります。こういったことから,コロナで働き方を見直す人や企業が増える中で,選択肢の一つに広島が選ばれる流れができるのではないでしょうか。
魅力的なデジタル系の企業が集積すれば、東京に行かなくても就職できる。優秀なデジタル人材がいるから,さらに魅力的な企業が集積する。そういう循環が生まれるよう頑張りたい。
--広島の企業誘致の実績をどう見ますか。
■南社長 補助金を出すことが本質ではなく地域で働くすばらしさを発信することが重要で、広島はそれができているのでしょう。これからは企業が採用する人を選ぶというより、従業員が企業を選ぶ時代。だから企業は優秀な人が働き続けてくれるか、トランスフォーメーション(変革)を続けていく必要がある。いまの大学生は最初に就職したところに永久にいるわけではない。すでに雇用は流動化して転職は当たり前の時代です。
--広島はその変化を感じていますか。
■湯崎知事 広島では,既存の産業がエスタブリッシュしていると言われるだけに,さらに発展していくためには,外部の新しい人が必要だと思います。イノベーション(企業革新)を起こすには異なる血が必要です。企業にせよ、人にせよ、これまでの広島のルール、考え方と違うバックグラウンドを持っている人たちが来ると、イノベーションが起きる確率は高いと思っています。ビジョナルには,広島県プロフェッショナル人材拠点の設立当時からお世話になっていますが,おかげさまで,首都圏にいる多くのプロフェッショナル人材を誘致できているので,これをもっと拡大して,トランスフォーメーション(変革)を起こしていきたいです。(構成・編集部)