“鉱物女子”=さとうかよこ・きらら舎オーナー/832
さまざまな色を織りなす鉱物など、自然が生み出す美しさに魅了され、その楽しみ方を伝えるさとうかよこさん。幼少期に受けた感動がそのまま、“こだわり続けるもの”へとつながった。
(聞き手=冨安京子・ジャーナリスト)
「地球46億年の重みを手のひらで受け止めてほしい」
「扱うのはカラフルな蛍石、マスカットそっくりな葡萄石など。部屋に飾るアドバイスもします」
── 昨年8月に『鉱物きらら手帖』(廣済堂出版)を刊行しました。鉱物愛好家が増えている女性向けのかわいい装丁で、緑や青などさまざまな色が楽しめる蛍石をはじめ、55種類の鉱物をオールカラーで紹介しています。
さとう これから新たに鉱物標本を集めてみようという人に向け、鉱物それぞれの軽い雑学や産地、流通事情などを写真と合わせて取り上げました。二つの結晶が交わって十字になっている十字石や、美しい藍色の岩塩の結晶なども紹介しています。鉱物の標本は、どれひとつとして同じ物が存在しない地球のかけら。地球46億年の歴史を詰め込んだその重みを、手のひらで受け止める楽しみを味わってほしいですね。 (ワイドインタビュー問答有用)
── 鉱物などを販売するサイト「きらら舎」や、不定期に営業するカフェ「SAYA」(東京都北区)も開いています。
さとう カフェでは鉱物を使ったおしゃれなインテリア雑貨を作ったりするワークショップも開いていましたが、新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言発令を受け、現在は営業を休止しています。その代わり、インテリア雑貨の材料をお客さんに発送し、ウェブ会議サービスを通じて一緒に作ってみる取り組みも始めました。遠方の人も参加できるので、とても好評ですよ。
── 扱っている鉱物の種類はどれぐらいあり、どんな人が購入しますか。
さとう カラフルでキャンディーみたいな蛍石、「鉱物収集は水晶に始まり水晶に終わる」といわれる水晶、マスカットそっくりな葡萄(ぶどう)石など約100種類を扱っています。お客さんは圧倒的に若い女性が多いですが、親と一緒に子どもたちも来てくれます。それから小中学校や高校の理科の先生も。鉱物によってはきれいな標本びんに入れたり、箱に入れてオブジェとして飾ったりできるよう、アドバイスもしています。
── 値段はどれぐらい?
さとう 標本の大きさや重さによっても違いますが、大きさは小指の爪からキャビネットサイズぐらいまで。値段は「お小遣いをためれば買えるもの」というのが販売の基本コンセプトなので、200円ぐらいから高いものでも1万円程度です。今はコロナ禍ですが、それでもネットでの購入が伸びていて、鉱物愛好が世に広まっているのを実感しているところです。
“昔の理科室”
地球上に約5500種類あるとされる鉱物。車2台分ほどのスペースのSAYA店内には、アンティークな棚にさとうさんえりすぐりの鉱物が所狭しと並ぶ。さとうさんが扱うのは鉱物だけにとどまらず、優雅に泳ぐクラゲやボルボックス(緑藻の一種)、ミジンコ、ゾエア(エビの幼生)、プルテウス(ウニの幼生)などの生物も飼育・販売。まさに、ちょっと不思議でちょっと懐かしい、“昔の理科室”のような空間だ。
── ワークショップでは鉱物実験もするそうですね。
さとう 蛍石の「劈開(へきかい)割り」は好評ですよ。劈開とは鉱物が持つある方向に割れやすい性質のことで、蛍石の劈開は八面体なので、ニッパーで石を割って八面体を作ります。また、紫水晶には電気炉で1000度くらいまで加熱すると白や黄色に変わるものがあり、その様子を楽しんでもらったこともありました。みなさん、わ~っと歓声を上げますね。
── 発光の実験も人気があると聞きます。
さとう 青い光を発する体長3ミリ程度の甲殻類ウミホタルは、海中に放出した2種類の酵素が化学反応して発光するんです。その様がユニークなので、ちょっと高価ですが、特別な方法で乾燥させたウミホタルを仕入れて実験で使います。乳鉢でウミホタルをすりつぶして酵素を取り出し、水をかけて発光反応を再現するんです。乳鉢とお土産用の乾燥ウミホタルを持ち帰ってもらい、自宅でも再現してもらうことにしています。
── いろんなものが用意されているんですね。
さとう 他にも、SAYAの入っている建物の屋上では、きらら舎の屋上実験室、と言っても単なる小屋ですが、鉱物と同じぐらい好きなクラゲやウニも育てています。それから、幼いころから身近だった植物も。オジギソウやワイルドストロベリーは種子から、スノードロップやサフランなどは球根から育てています。イワシャジンやレンゲショウマなどの山野草も販売していますよ。
── 鉱物に興味を持ったきっかけは何ですか。
さとう 幼稚園のころはビー玉に夢中でした。ある日、祖父に連れられて行った浅草の縁日で、紫水晶や水晶の玉を持った龍などを売っている露天商を見かけました。私の目は、そのテーブルの隅のお皿の中にあった小さな八面体の蛍石に釘づけ。確か50円ぐらいだったと思いますが、それを買ってもらい、自然の石なのにビー玉みたいにきれいだなあと、すごく感動したことを覚えています。
メノウ収集に夢中
── 幼少期の原体験が大きく影響したんですね。
さとう けれど、その時はただ単に、鉱物というものがこの世に存在することを知っただけでした。鉱物収集の面白さに最初に触れたのは、小学生のころに父の出身地の北海道瀬棚町(現せたな町)へ家族旅行をした時、近くの海岸でメノウをたくさん拾ったことですね。色とりどりのメノウが落ちていることがとてもうれしく、持っていたポーチにいっぱい詰めて帰ったことを覚えています。
── 工作も得意だったとか。
さとう はい。家の中で弟とかくれんぼをしていた時、隠れた押し入れの中で、明るい外の景色がふすまの隙間(すきま)から反対側の壁に逆さに映っているのを見て、それがカメラに使われる「カメラ・オブスキュラ」の原理だと知りました。それでピンホールカメラ(針穴写真)の製作にも凝り、段ボールなんかでよく作っていましたよ。
他にも、佐藤さとるさんの童話で、体重1グラムの男の子が主人公のコロボックルシリーズが好きで、絶対に私の周りにもコロボックルがいると信じるような空想癖が強い子どもでしたね。また、小学校の図書室にあった理科系の本が好きで、中でも『シートン動物記』は愛読書でした。獣医になろうと思ったこともあったのですが、助けられない命に接した時、仕事と割り切ることはできないと思って諦めました。
── 学生時代は当初、教員を目指したそうですね。
さとう 器用貧乏なところもある私は、何でも自分で手作りしたり、どの学科も教える小学校の教員が合っているのではないかと思い、小学校の教員免許などを取りました。しかし、実際に学校に赴任してみると、学習指導要領や決められた教科書で授業を行うより、もっと少人数を対象にして、その子にあった勉強の仕方や興味を持てる対象を伝えたいと思ってしまったのです。
塾講師の“副業”から
独立して自宅の一角に学習塾を立ち上げたのは1990年、27歳の時だった。その翌年、母が自宅の駐車場をつぶして喫茶店を開店。その喫茶店の雑貨販売コーナーで、塾講師のかたわら好きな鉱物を仕入れ、マッチ箱に入れて販売し始めた。内外の業者から手探りで仕入れたものだったが、「結構、売れました。世の中には同じ趣味の人が少なからずいると実感しました」と、さとうさんは振り返る。
── 学習塾をたたんで、鉱物のネット販売に専念したのは?
さとう 母が98年、脳梗塞(こうそく)で倒れ、学習塾の生徒になる子どもの数が減っていった時期とも重なりました。そのころ、たまたま購入したパソコンでウェブサイトの仕組みを知り、ホームページを自作したのが現在の「きらら舎」につながっています。「きらら」は雲母の訓読みで、2008年から「きらら舎」の名前で活動を始めました。
── 鉱物を扱うにはさまざまな専門知識も必要です。
さとう 鉱物はもともと好きだったので、自然に知識が増えていきましたね。仕入れ先の国内外の鉱物業者に産地や採掘状況、いい鉱物の見分け方などを教えてもらったり、秋田大学理工学部の通信教育講座を受講したりもしました。商売として軌道に乗っているかと問われれば、何とか生活できているレベルかな。それでも、好きなことを続けられているので、とても充実しています。
── 改めて、好きな鉱物ベスト3を教えてください。
さとう やはり最初に買ってもらった蛍石ですね。ホタルのように光ることから蛍石と名づけられたのですが、オレンジ色以外の色はみんな存在するといわれるほど色のバリエーションが豊富。色は微量に含まれる希土類元素によるものです。部屋の照明を消して耐熱の試験管に入れ、鍋つかみで口をふさいでガスコンロの炎などで熱します。ピシッと石が砕ける音がした後、ガスの火を止めると、破片がぼうっと青や紫に光ります。
それから、オーケン石。鉱物というより、白いふわふわの毛に包まれた小動物みたいな形です。結晶がすごく細かいため、触るとふわりとした手触りで、初めて触った人はみんな驚きますよ。
一番欲しい燐葉石
── 三つ目は?
さとう 今一番欲しい鉱物でもある燐葉石(りんようせき)(フォスフォフィライト)ですね。16世紀から採掘が始まった南米ボリビアのセロ・リコ銀山で初めて発掘された鉱物で、淡い青色や鮮やかな青緑色のものがあり、希少で極め付きの美しさです。それゆえ世界のコレクター垂涎(すいぜん)の的なのですが、同銀山での採掘は1950年代に終わってしまいました。
今はオーストラリアやドイツ、ザンビアの燐葉石が流通していますが、ボリビアのものに比べると発色などが劣ります。私も海外の業者に探してもらったところ、なんと36カラット(7・2グラム)で18万円以上で、あまりきれいでもありませんでした。そのため購入は諦め、新刊(『鉱物きらら手帖』)に載せる際の写真は、燐葉石を所有しているカフェの常連さんに借りて撮影しました。
── 誰もが憧れる鉱物といえば、やはりダイヤモンドなのではと思いますが……。
さとう ダイヤモンドは最も硬い鉱物としても知られますが、実は劈開があったり加熱すると消滅したりします。それよりは、ロンズデーライトという鉱物に興味が向きますね。ダイヤモンドと同じ炭素原子の結晶で、その結晶構造から「六方晶ダイヤモンド」とも呼ばれています。天然のロンズデーライトには不純物も混じっていますが、純粋なものなら理論上、ダイヤモンドよりも硬いとされるんですよ。
── これからの夢は?
さとう 夢というか、今年やろうとしていることの一つですが、採集を生業にしている知人とタッグを組んで、クラゲを始めペットショップでは売っていない生物の魅力を知ってもらい、観察して報告し合えるネットワークづくりを進めたいですね。それから、一年草のシラタマホシクサが繁茂していた鉢を整理して種を採取したい。ホタルも飼育しているのですが、昨年は飼育容器の中での羽化だったので、今年はこの鉢を囲む小さなビオトープでホタルを羽化させられたらと思います。
●プロフィール●
佐藤佳代子
1963年3月、東京生まれ。86年3月国学院大学文学部卒業後、小学校教諭に。学習塾経営を経て99年、鉱物のネット通販を開始。2008年3月にオリジナル理科系雑貨ネットショップ「きらら舎」を設立。理科実験などのワークショップやライブイベントも開催する。きらら舎のミニチュア家具コーナーなどを担当する夫とともに、犬、猫、カエルなどと暮らす。著書に『鉱物レシピ結晶づくりと遊び方』(グラフィック社)、『鉱物きらら手帖』(廣済堂出版)など。