需要爆発の前夜 日本に好機到来=南川明
<半導体 空前の特需 第1部>
まずは、2021年初から車載半導体を中心に不足が続く理由を整理してみたい。(半導体)
17~18年の半導体好景気から一転、19年はスマートフォンやパソコンの需要停滞により半導体不況に見舞われた。20年は新型コロナ感染拡大により世界的に需要回復にブレーキがかかり、さらに半導体減速が予想されていた。
ところが、20年秋ごろから状況は一変した。自動車販売の急回復に加え、5G(第5世代移動通信システム)スマホの販売好調、ゲーム機新製品投入や巣ごもり需要による大型テレビ販売拡大。そして、ITを駆使した在宅勤務の活用がコロナ禍で一気に立ち上がったため、ノートパソコンやデータセンター需要も堅調に推移した。
とはいえ、不思議なのは自動車販売台数、スマホ出荷台数、ノートパソコン、テレビなどは過去のピークを下回っている状況なのに、半導体不足になっている。これには理由がある。
不足する三つの理由
(1)対中制裁
第一の理由は、米国による中国の中芯国際集成電路製造(SMIC)に対する制裁が本格化した20年9月以降、SMICを使っていた多くの欧米半導体メーカーは委託先を台湾積体電路製造(TSMC)、聯華電子(UMC)の台湾2社と米グローバルファウンドリーズなどへ変更した。SMICは車載半導体で多く使う28ナノメートル、40ナノメートル、65ナノメートルの半導体製造を得意としているため、自動車販売が急減していた穴を埋めてしまったのである。
自動車メーカーが昨秋以降の新車販売急回復を受け、昨年末から半導体調達を増加してきたが、すでにこれらファウンドリー(半導体受託製造事業者)の生産能力に余力は残されていなかった。
(2)増産投資の不足
半導体工場の稼働率の推移を見てみよう。図1に示したのは、世界の主要半導体メーカーの平均稼働率の推移である。稼働率が90%を超えていると、半導体不足、80%を下回ると過剰感が出始める。19~20年に注目してみると、半導体市況は停滞していたにもかかわらず、稼働率は高止まりしていた。これは主要半導体メーカーの設備投資が、増産投資をしていなかったことが背景にある。つまり、需要は過去最高ではないが、生産能力が増加していなかったために、需給が逼迫(ひっぱく)しやすい環境が整っていたのだ。
(3)新たな需要
もう一つ本質的な理由として、半導体需要構造が転換期を迎えていることがある。半導体需要が構造変化しつつあり、品目別に供給力不足が表面化している。足元では産業用、自動車用などに使われるレガシー(旧来世代)半導体が不足している。
これまで半導体需要の主力であったスマホ、パソコン、テレビなどの電子機器は販売が頭打ちとなっている。これに代わり、新たな成長分野として台頭しているものが産業用、自動車、エネルギー開発、インフラ関連である。
自動車用の半導体不足は、6月ごろまでに解消に向かうだろう。ファウンドリー各社は自動車メーカーに値上げ交渉を行っており、受け入れられれば、他の製品を押しのけて自動車向けの優先順位を上げようとしている。
しかし、これは根本的な解決にはなっていない。半導体メーカーは、自動車向けで使われている微細化レベルの生産能力(28ナノ~65ナノメートル)の増強に積極的ではないからだ。直径300ミリメートルのシリコンウエハーを使う製造ラインで28ナノ~65ナノメートルは、すでにレガシーで投資効率が悪いと考えられている。
自動車用は激戦に
また、23年以降の自動車はマイコンを減らして先端SoC(システム・オン・チップ)を複数搭載する方向に転換する。独アウディや独BMWなどの高級車メーカーほどその傾向が強い。マイコンの数は半分くらいになり、需要は減ると考えられる。今後、自動車向けの先端SoCは、ルネサスエレクトロニクス、オランダのNXPセミコンダクターズ、独インフィニオン・テクノロジーズ、米エヌビディアなど激戦になるだろう。
脱炭素需要が加速
今後、半導体需要を一段と押し上げる要素が、気候変動対策による「脱炭素化」に関連した需要が世界中で高まることだ。それは、世界各国の動きを見ると、はっきりする。
米国のバイデン政権は1・9兆ドル(約200兆円)のコロナ対策、2兆ドル(約220兆円)の環境・インフラ投資の大型政策を打ち出している。中国では新型社会インフラへの投資が170兆円、欧州では約98兆円の洋上風力発電事業が動き出した。今後は、B2B(ビジネス向け)を中心としたインフラ投資が、半導体市場をけん引すると予想される。これは過去例を見ないほどの大型投資である。
この新規成長分野の主要半導体は、これまでの先端デジタル半導体であるメモリー、マイクロプロセッサー(頭脳)、ロジック(理論回路) ではなく、パワー、センサー、アナログなどのレガシー半導体である。
今不足している車載用半導体は、こちらのレガシーのほうだ。自動車は電気自動車(EV)になると、半導体需要が大きく増える。1台当たりの半導体搭載金額はガソリン車220ドル、EV450ドル、ハイブリッド車(HV)500ドル、「レベル3(条件付き自動運転)」対応自動車が800ドルと推計している。二酸化炭素排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」で加速するEV、HVは数倍の半導体を搭載するため、半導体需要が急拡大しているのだ。
2年目に入ったコロナ禍だが、ワクチン接種による世界景気回復・消費回復はほぼ確実だと言える。これまで蓄積された消費と貯蓄が一気に解き放たれる。鉄鉱石、石油、海運運賃などの商品市場の急騰がそれを裏付けている。
また、コロナ禍はデジタル・トランスフォーメーション(DX=デジタル技術を活用した変革)を一気に推し進める起爆剤になった。在宅勤務、在宅医療、在宅教育、リモート製造、バーチャル(仮想現実)を活用したエンターテインメント、デジタル政府など例を挙げればきりがない。これらを支えるのが通信インフラ、データセンター、新エネルギーインフラへの投資だ。コロナ禍でDXのトレンドが可視化され、カーボンニュートラルでEV、新エネルギーが加速されている。
アップルが開発
以上のような半導体需要や技術潮流の変化は、日本にとっては有利に働くチャンスに見える。過去20年間の日本ハイテク産業は“連戦連敗”であった。その間、半導体産業のリーダーに台頭してきたのは多額の資本投下を継続し、先端デバイスでコストを下げ市場シェアを一気に獲得してきた韓国サムスン電子、米インテル、TSMCらである。日本企業は太刀打ちできなかったが、その状況が変わってきた。
まずレガシー半導体はパワー半導体、センサー、オプティカル(集光)半導体など、依然日本が競争力を持っている分野が多く、復活の機会を与えている。次に、日本はハイテク産業におけるニッチ(隙間(すきま))でのオンリーワン分野、具体的には部品・材料・装置などの供給に特化している。
例えば、半導体製造装置は世界シェア35%以上、材料は約60%のシェアを占めている。カスタマイズされた多種多様な半導体分野での最適ソリューションを確立するには、日本のニッチな高度技術の重要性が高まる。
レガシー半導体の工程技術では、キヤノンやニコンなどの露光装置需要が増加するかもしれない。最先端の極端紫外線(EUV)露光装置はオランダのASMLの独壇場であり、日本メーカーは埒(らち)外であったが、チャンスが来る。これから先、従来の半導体メーカーは微細化競争に後れを取ったインテルのように、さまざまな困難に遭遇するだろう。
高額投資を必要とする微細化競争は、いずれ利益を生みにくくなっていくかもしれない。半導体の価値は設計思想にますます偏るようになる。すると、ファブレス企業が中心になり、米アップル、米アマゾンなども自前の半導体開発を始めている。
対日依存の台湾、韓国
そのような時代になってもTSMCのような最優良の受託製造企業と、そこに多様な部材を供給するハイテク・ハード・ニッチに特化した高技術企業は、ますます必要とされるようになる。高機能半導体を作るには高機能の材料部品が必要であり、その技術の宝庫が日本である。
韓国と台湾は今や半導体の2大強国である。両国で世界の半導体生産の42%を占めているが(図2)、中国での両国企業の生産を含めれば、世界の半導体生産の半分を2カ国で支配しているといって過言ではない。
この2大半導体強国は、共通の貿易構造を持つ。韓国と台湾の相手国別に見た貿易収支をみると、両国ともに資源、エネルギーと材料・部品・装置を輸入し、半導体などハイテク製品を中国、米国に輸出するという構造により、巨額の黒字を計上していることがわかる。中国は台湾・韓国から半導体を輸入し、ハイテク完成品を米国・欧州に輸出している。
韓国・台湾、及び中国に、ハイテクサプライ(高機能な部材・装置)を一手に供給しているのが、日本である。韓国、台湾における対日依存は、ここ10年来全く変わっていない。19年の対日貿易赤字は韓国192億ドル、台湾208億ドルであり、両国とも日本がほぼ最大の赤字相手国になっている。
日本は世界最強のハイテクサプライの地位を築き上げているのだ。この強さは、新たな半導体需要構造の下で一段と強まるだろう。
(南川明・OMDIA シニアコンサルティング ディレクター)