経済・企業バブル前夜 金利上昇の恐怖

高まるバブル懸念 パウエル流の金融緩和継続に FRBは一枚岩ではない=鈴木敏之

強い金融緩和の継続維持を主張するパウエル議長だが…… (Bloomberg)
強い金融緩和の継続維持を主張するパウエル議長だが…… (Bloomberg)

 米国の長期金利は昨年8月4日、指標となる10年物国債利回りが0・507%まで低下したが、その後ゆるやかに上昇。バイデン大統領の就任後、上昇が強まり4月2日に1・722%をつけた。米国では、大型の財政発動とワクチン接種の進展で経済の先行きへの楽観が強まっており、長期金利はさらに上昇するという見通しが持たれている。(バブル前夜)

 しかし、米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は、現行の金融緩和政策を維持する方針を持っている。

雇用はまだ不十分

 パウエル議長は雇用最大化と物価安定の任務について、そのゴール達成までの距離はあまりに遠いとして、強い金融緩和を維持する方針に繰り返して言及している。

 雇用については、コロナ禍で職を失った約2236万人のうち、840万人がその後も復職できていない状態であることを強く問題視。失業率についても、コロナ禍で就職を断念している人々がおり、人種間での経済的格差の是正を進めるには、これまでみられてきた自然失業率までの低下では、不十分だとしている。

 パウエル議長が「ようやく格差の是正が進んだ」と評価したのが、2020年1月と2月の3・5%の失業率だが、今年3月の失業率は6・0%であり、目標には遠く及ばない。また、雇用情勢については、最も労働市場が良好だったときの新規失業保険申請件数(20万件)を基準に何倍であるかという点で雇用情勢について判定すると発言したこともある。この判断基準を「パウエル比率」と呼ぶとして、3月27日までの週で新規失業保険申請件数は71・9万件で、同比率は3・6倍である。パウエル議長にとっての完全雇用のパウエル比率は1倍であるため、ゴールまではやはり遠い(図1)。

2%超のインフレ率必要

 物価安定の任務については、昨年8月にインフレ目標を言い換えた。目標インフレ率の2%を達成する期待を維持するために、しばらくは2%をある程度上振れて推移することが必要だという認識を示している。ここへきて、インフレ率が高まる動きがあるが、パウエル議長は、低インフレ率が続くことを心配している。パウエル議長のインフレに関する認識は大きく分けて、以下の三つで説明できる。

(1)昨年3月に、コロナ禍の下でインフレ指数が低下したため、今年の3月、4月の前年同月比のインフレ率は跳ね上がる。もとより、これは一過性であり、インフレが高進しているわけではない。

(2)コロナによる行動制限などで、一時的に抑えられていた消費者の需要が、今後一気に高まっていくことが見込まれる。1・9兆ドル(約200兆円)の大型の財政発動がなされ、これも需要になる。こうした動きで、需給が引き締まり、インフレ率の上昇になるという見方もあるが、米国経済の供給力は強く、需給の逼迫(ひっぱく)も心配するほどにはならないだろう。需要の引き締まりについても、一過性である。

(3)中長期的なインフレ率の基調は、なかなか変わらない。心配すべきは低インフレ率の持続、要するに「日本化」である。低インフレ率の罠(わな)にはまると、財政金融政策でそれを抜けられない。

 このようなパウエル議長の認識のもとでは、今の金融緩和の解除、毎月最低で1200億ドルの資産購入の削減(テーパリング)、先行きまでゼロ金利を続けることを公約するフォワードガイダンスの調整、まして利上げによる正常化は視野に入らない。

 FRBは、市場が無秩序な動きをすることは、雇用最大化と物価安定の任務達成を妨げるとして警戒するというが、上昇した長期金利を押し下げることへの実力行使は控えている。現在の長期金利の上昇を容認するスタンスだ。しかし、これはもちろん際限なく上昇を容認することを意味するわけではない。

 では、どのレベルまでの長期金利の上昇を容認するか、という点だが、筆者の見立てでは名目金利から予想物価上昇率を引いた実質長期金利がプラスになる2%を超えてくる時、FRBは容認からスタンスを変えてくるとみている。パウエル議長が、こうした低インフレ率構造を問題視しており、金融緩和を続けると言っている以上、実質長期金利はマイナスでなければならない。

利上げに向かう日

 長期金利2%は歴史的には、かなり低い水準である。これは、資産価格バブル膨張を助長することの懸念になる。いつまでそれが続けられるかが、問われることになろう。FRBが低い長期金利維持を修正する可能性は二つある。

 第一は、パウエル議長の交代である。パウエル議長の任期は来年2月までで、次期FRB議長の指名は今年の秋、決定される。バイデン大統領が次期議長にパウエル議長を指名し、上院の承認が得られれば、再任となる。

 しかし、仮に議長交代となると、今の強い金融緩和政策、低インフレ率経済の罠に陥ることを警戒する姿勢が、次期議長に引き継がれるかは不透明になる。現在、パウエル議長のもとでの強い金融緩和の継続で資産価格が上がる形になっているが、この組み合わせが崩れる可能性から目を背けることはできない。交代となれば、女性や白人以外のマイノリティー(少数派)の可能性も高い。

 第二は、連邦公開市場委員会(FOMC)参加者が、バブル警戒を強め、パウエル議長に政策変更を迫る事態である。

 3月17日のFOMCで示された参加者のみる適切なフェデラルファンド金利(FF金利、銀行間の短期金利)の行方、FOMCメンバーの短期金利の見通しを示すドットチャートを見ると、22年利上げの見方が4人いる(図2)。23年は利上げが7人、ゼロ金利継続が11人である。

 FRB理事6人とFOMC副議長であるニューヨーク連銀総裁の7人は一致して行動するとみられるので、ゼロ金利継続を言っている地区連銀総裁は4人しかいないことになる。利上げが適切という地区連銀総裁が7人として、利上げを適切だと考えるメンバーの方が多い。いくらパウエル議長が金融緩和の継続を叫んでも、地区連銀総裁の圧倒的多数と異なる政策を進められるものではなくなる。

 FRBは決して一枚岩ではなく、バブルを懸念する声が大きくなる中、パウエル議長はますます難しいかじ取りを迫られているといえよう。

(鈴木敏之・三菱UFJ銀行シニアマーケットエコノミスト)

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