コロナ制圧の「切り札」 ワクチンパスポートの世界標準に 「中銀デジタル通貨」の技術
新型コロナウイルス対策の「切り札」として、「ワクチンパスポート」の導入が世界で始まりつつある。ワクチンパスポートとは、ワクチンの接種履歴やPCR検査履歴の記録で、例えば海外渡航の際にワクチンパスポートの確認を課し、条件を満たせば移動できる仕組みだ。
しかし、今のところワクチンパスポートは、発行国内か互いにパスポートを有効とするなどの取り決めを交わした国同士でしか使えない。また、英国のようにワクチンパスポートが紙製のカードで、ワクチンの種類や接種日を手書きで記入するタイプの場合、容易に偽造できてしまう問題もある。
ワクチンパスポートに求められているのは、国際標準規格と、接種履歴から虚偽記載を排除する「真正性」だ。それには医療機関と連携して接種記録を本人確認とともにデジタルデータとして残すことが不可欠だ。
デジタル化されたワクチンパスポートを使う人が多いほど、どの種類のワクチンが、どれくらい有効期間があるかといったデータが取れる。そうなれば、従来時間がかかった治験も一気に進む。これは医学界からの要請でもある。ワクチンパスポートはコロナ禍の新たな「インフラ」になる可能性がある。
いま、ワクチンパスポートの国際規格化に乗り出しているのが、情報通信システムの分野における国際的な標準化団体「Ecma(エクマ)インターナショナル」(本部ジュネーブ)だ。Ecmaでまず規格にし、その後、国際標準化機構(ISO)に持ち込み、全世界で通用する規格にすべく動いている。
Ecmaにデジタルパスポートの規格化を提案した日本人がいる。日本のフィンテックベンチャーGVE(東京都中央区)共同代表の房広治氏だ。
漏えい・改ざんを完璧に防ぐ
GVEはアジアや中東の新興国や東欧など数カ国の政府・中央銀行に協力し、デジタル化した法定通貨すなわち「中銀デジタル通貨(CBDC)」の技術基盤を提供しようとしている。
スイス最大の銀行UBSグループの金融マンだった房氏が、独立してGVEを設立した時に迎えたのが、いまスマートフォンに広く搭載される「近距離無線通信(NFC)」の開発者、元ソニーの日下部進氏だった。同氏がEcmaの関係者だった縁で、房氏も昨年、Ecmaのメンバーになり、今年から経営会議メンバーに就いた。
英王立協会を中心に今年2月、ワクチンパスポートの「12のクライテリア(判断基準)」が発表された際、「課題の一つであった国際標準規格に誰も着手していない」と気付いた。房氏の提案を受けたEcmaは、今秋にもワクチンパスポートの独自規格を発表する方向という。
もう一つ、房氏は、GVEが中銀デジタル通貨の基盤として開発したプラットフォーム「EXC(イー・エックス・シー)」が、そのままワクチンパスポートの優れた基盤になり得ると直感した。
中銀デジタル通貨には、情報漏えいやデータ改ざんを完璧に防ぐ強固なセキュリティーが必要だ。EXCは、特許を取得した「3ウェイ・データベース方式」によって安全性を担保する。文字通り三つのデータベースに取引情報を分けて管理することで、ハッカーの攻撃によるデータ改ざんを事実上不可能にする。新興国がEXCで取引できる中銀デジタル通貨を発行することこそ、GVEの目標だ。
一方、ワクチンパスポートもスマホアプリ化した場合、本人確認と接種履歴の確認が不可欠だが、それには個人情報と接種情報のデータベースを分けて管理した方が安全だ。この点でEXCの仕組みが効果を発揮するという。
英国政府は昨年末、ワクチンパスポートの導入に向け、システム構築を委託する企業を8社選定した模様だ。今後、国際規格化すれば、英国を含め各国がGVEの技術を認め、導入する可能性がある。
GVEは既に、ワクチンパスポートや電子カルテ、決済サービスなど複数の機能をセットにしたアプリも開発した。EUのデジタル・グリーン・パスを含め、世界標準のワクチンパスポートを日本の技術で支える日が来るかもしれない。
(大堀達也・編集部)