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新型コロナ 打ち手不足のワクチン現場=鈴木隆祐〈サンデー毎日〉

「サンデー毎日7月18日号」表紙
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 北海道・釧路は日給17万円で確保

 ワクチンの接種を担当する医療従事者が足りない――。そう嘆く地方自治体や職域接種を予定する企業が多い。一方、大都市圏では「接種に携わりたい」と望む医療従事者が多くいる。ミスマッチが生じているのはなぜか。依然、混乱が続く現場に迫った。

 福岡市では多くの歯科医が新型コロナウイルス用ワクチンの接種に携わっている。同市新型コロナワクチン接種課の森山浩一担当課長によると、「接種会場1カ所当たり10レーンあり、会場によっては歯科医レーンが半数に及ぶ」。〝レーン〟は打ち手の前に並ぶ人の列を示す。

「6月に入ってから歯科医に加わってもらい、接種回数は何万回にもなるでしょうか。問題は何も起きていません」(森山氏)

 厚生労働省は4月26日、ワクチン接種のための注射を打てるのは〈現行法上、医師又は医師の指示の下で保健師、助産師、看護師若(も)しくは准看護師〉だが、人手が足りなくなる恐れを理由に、〈時限的・特例的な取り扱いとして〉歯科医にも認めると都道府県などに通知した。5月には救急救命士や臨床検査技師も打ち手に加え、薬剤師が「接種前の予診のサポート」や接種後の経過観察に従事できるようにした。

 接種を受けに会場に来た人は、記入しておいた予診票を医師に提出する。会場によっては、その前に薬剤師に予診票を見せ、服用する薬について相談できるようにした。それが予診のサポートだ。医師の予診にかかる時間を短縮し、接種のスピードを上げられる。

 予診は医師にしかできないことになっている。横浜市の病院に勤める50代の内科医が言う。

「血小板などの機能が低下している人や抗凝固剤などを服用している人にワクチンを接種すると、血が止まらなくなる恐れがあります。そのような人でないかどうか、予診票に記入漏れがないかどうかといったことを確認するために予診をします。問題がなければ、主に看護師がワクチンを注射します。医師が注射することは一般的ではありません」

 医師が確保できなければ予診はできない。そうなれば、ワクチンは確保できても接種ができない。そして今、医師が足りず、高額の報酬を提示して募集する自治体や医療機関が出現している。北海道釧路市は「日給17万5000円」と医療従事者向けの求人サイトに明記して医師を募集した。市健康推進課の小西芳丈課長補佐は事情をこう話す。

「かつて市内にあった炭鉱が閉山し、基幹産業の水産業の不振が続いたせいで人口の流出が止まらず、開業医が少なくなっています。地元医師会の協力を得て医師の確保に努めましたが、6月20日に開設した大規模接種会場の平日分を担ってくれる医師を確保できそうになかったのです」

 そこで6月21日?7月2日の10日間、先の条件で募集したという。

 そもそも国が予算計上した接種費用の単価は接種1回当たり2070円。時間外や休日に加算もあるほか、接種回数が多い医療機関には1回当たり2000~3000円を追加で支払う。さらに医師や看護師を時間外や休日に集団接種会場に派遣する医療機関には、1時間当たり医師1人に7550円、看護師など1人に2760円を支払う。いずれも医療従事者が直接手にする金額とは異なるが、接種には多額の人件費がかかることがうかがえる。

 再び小西氏に聞こう。

「帯広から医師を呼び寄せれば、高速道路を走っても2時間かかります。朝から接種に加わってもらうには、前夜から釧路に泊まらないとならない。交通費や宿泊費には国費を充当できず、市の支出。そのような事情から、それなりの金額を医師に提示しないと応募してもらえないと考えたのです」

 接種医師の日給は平均10万円超

 医療人材紹介大手「エムスリーキャリア」(東京都港区)に相談したところ、接種に関わる医師の日給は平均10万円を超すと知った。その金額を基に日給を17万5000円と決め、同社を通じて募集した。

「全国から多数の応募がありました。採用した医師73人の半数は、首都圏など道外からお越しいただきました」(小西氏)

 早稲田大などの職域接種に関わる元厚労省医系技官の宮田俊男医師が言う。

「自治体、それに職域接種を予定する企業や大学の多くは、人材紹介業者に頼んで医療従事者を集めています。看護師に特化した業者もあり、フルタイムで働ける〝潜在看護師〟の掘り起こしに貢献しています」

 潜在看護師とは資格を持ちながら看護師として就業していない人。田村憲久厚労相は5月21日の記者会見で、「70万人以上」と推計値を口にした。潜在看護師が続々と「世に貢献したい」と応募しているという。高い報酬が得られる点に魅力を感じる人もいるようだ。

 大阪市北区の太融寺町谷口医院を営む谷口恭(やすし)院長はこんな話をする。

「私は6~7月中、医院を休診にしている木曜日、日曜日、祝日のほとんどをワクチンの接種に使う予定にしていました。医師会から届いた調査表にもその旨を記して提出し、集団接種会場に出向くつもりでいました。しかし、6月にお呼びがかかったのは1日だけ。7月も6日間です」

 打ち手が不足する現場もある中、なぜ谷口氏の出番は少ないのか。

「集団接種会場で接種に携わる現役の医師や看護師は、通常業務がない日を選びます。となれば、医療機関が休診することが多い土日に手を挙げる人が多く、平日は少なくなりがち。その結果、医療従事者が多い大都市圏では、接種に協力したいのに希望がかなわないミスマッチが起きているのです」(谷口氏)

 千葉市は7月2日、「国からのワクチン供給量が不透明」として、接種の新規予約を一時停止した。職域接種を始められない企業も多い。医療従事者の配置についても改善が必要のようだ。

すずき・りゅうすけ

 ジャーナリスト。1966年、長野県生まれ。法政大文学部在学中より出版社で雑誌編集を始め、月刊誌、週刊誌、ムックなどの取材・執筆を手がける。著書に『コピーライターほぼ全史』(日本経済新聞出版社)などがある

 7月6日発売の「サンデー毎日7月18日号」は、他にも「菅・小池も止められぬバッハ 〝戒厳令〟下の『五輪やれ』」「前川喜平180分インタビュー『赤木ファイル』を解読する」などの記事も掲載しています。

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