アメリカ 型破りな俳優の自伝、ロングセラーに=冷泉彰彦
マシュー・マコノヒーといえば、1996年の「評決のとき」、97年の「コンタクト」などで知的な二枚目俳優としてハリウッドの寵児(ちょうじ)となり、その後は演技派として、役柄を広げていった。2013年には「ダラス・バイヤーズクラブ」でHIVに感染した主人公を演じてアカデミー賞主演男優賞を受賞。更に翌14年の「インターステラー」では、哲学的SFの主役を演じて高い評価を得た。
そのマコノヒーの自伝『青信号(“Greenlights”)』は、20年10月に発売以来、1年半以上ベストセラーのリストにとどまっていたが、ここへ来て一段と人気化してアマゾンの「最も売れた本」のノンフィクション部門で1位に躍り出た。
人気の秘密は、何とも型破りなスタイルにある。まず内容としては自分の生い立ち、家族の紹介からキャリア形成に至る紆余(うよ)曲折が描かれており、ジャンルとしては自伝に他ならない。だが、本の体裁としては、自分の若い時代などの古い白黒のイメージ写真が挿入されていたり、人生訓のような警句が手書きでちりばめられていたり、極めて個性的である。その警句も、決して説教調ではなく、比喩性が強く詩的な表現のユニークなものだ。
例えば「常識は金や健康と同じように大切だ。獲得したらしっかり守っていこう」というような処世訓の一方で、「真実を知ること、真実を見ること、真実を語ることの三つは体験としては異質のものだ」などというハッとさせられるフレーズもある。このような機知に富んだ読み物が受けるという背景には、アメリカが分裂し、懐疑主義が横行する世相が関係していると言えそうだ。
ちなみにタイトルの「青信号」というのは、人生を前へ進めるための知恵や能力のことを指す。青信号をうまく見つけて生きていこう、というのが本書の核にあるメッセージと言える。政治的にはリベラルに属するマコノヒーだが、本書では政治色は薄められており、テキサス州の出身者として、土地や家族などルーツを大切にする姿勢も読者に歓迎されている。ところで、本書が、この5月末から6月にかけて売れ行きを伸ばした理由だが、どうやら「父の日」のギフトとして人気化したという要因が指摘できるようだ。
(冷泉彰彦・在米作家)
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