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週刊エコノミスト Online 釣人割烹の 晴漁雨漁

第1回 東京湾のアジの味が素晴らしい件=釣人割烹

釣りも料理も「半可通」ですが……

 釣った魚は、小売店で買う魚より明らかにうまい。

 それを実感するにはアジフライがよいでしょう。遊漁船に乗っても、岸からでも、アジを釣るのはそう難しくありません。クーラーボックスで持ち帰ってフライにして、市販の中濃ソースをかけます。

 あなたが釣魚を初めて食べるのなら、そのうまさに驚くはず。フワッフワのサックサク。揚げたてアツアツの身が、口の中でホロホロとほどける。喉を通ると、うまみがブワッと胸いっぱいに広がります。

 釣ってさばいて揚げたアジフライを、友人にごちそうしたことがありました。友人はうめくように言いました。

「長く生きてきて、今まで食べてきたのは何だったのか」

釣った魚と、店で売られる漁どりの魚の味の差は、わずかなものではありません。世界観が揺らぐほどの違いがあるのです。

 釣魚のうまさの秘密はあとで種明かしするとして、それにしても、なんという非対称か。釣りたてのアジのフライがうまいことは、釣り人なら誰でも知っています。一方、釣りをしない人はほとんど知らないでしょう。

釣ったばかりのアジをフライにする。釣り人なら誰もがそのうまさを知っている
釣ったばかりのアジをフライにする。釣り人なら誰もがそのうまさを知っている

 筆者は会社勤めのかたわら主に週末に釣りを楽しみ、魚を家で料理するサラリーマン・アングラーです。釣りが特別に上手いわけではないし、持ち帰った魚をさばくのも独学で覚えた全くの素人。ありていに言えば中途半端な「半可通」です。

しかし、半可通なりに釣りの魅力を考え、感じるところもある。新型コロナウイルスの影響で釣り人口が増えているようです。本欄が釣りを始めたばかりの人、始めようと思っている人の参考になれば幸いです。ちなみに、筆名は「釣った魚をさばいて、おいしくいただくまでが釣り」という筆者のスタイルを表現しています。

アジは大衆釣魚のチャンピオン

 アジフライの話で始まったので、アジの話を続けましょう。

 新型コロナが影を落とす東京五輪が始まりましたが、筆者は前回1964年東京五輪の翌年の生まれです。今は亡き父は昭和ひとケタで、田舎から上京して東京都内で町工場を興し、平日も休日もなく働きづめ。五輪後に本格化した高度経済成長を粉骨砕身支えました。亡き母も父を手伝い、筆者は千葉の大規模団地の2DKで「カギっ子」として育ちました。

釣りたてのアジ。大衆釣魚のチャンピオンだ
釣りたてのアジ。大衆釣魚のチャンピオンだ

 子供のころ食べものに困ることはありませんでしたが、経済的に余裕があるわけではなく、高級魚のマダイやヒラメが食卓に上ったことはありません。よく食べたのは安価なアジの干物でした。アジは成長期を支えてくれた筆者のソウルフードです。

 このアジ、日本一の釣り人口を擁する東京湾でほぼ一年じゅう、比較的簡単に釣れます。しかもおいしいため、沖釣り魚種で人気ナンバーワン。アジの名前は「味がよい」から来ているとも。筆者も数え切れないほど船に乗りました。

ちなみにアジは世界の海に50種類ほどいて、日本近海にはマアジやムロアジ、マルアジなどがいますが、釣りの対象としての「アジ」といえばマアジを指します。

 東京湾のアジはとてもうまい。味覚は好みですが、例えば太平洋の千葉外房で釣れるアジより段違いにおいしいと筆者は感じます。

 外洋と違って東京湾は「巨大な池」であり、江戸川や荒川など大小の河川が流れ込み、栄養分に富んでいます。外洋を回遊するアジは身が痩せて引き締まった「アスリート」。これに対し、湾内に居着くアジは丸々太ったメタボ体質で、さばく包丁に脂がべったりと付き、すぐに切れなくなるほどの脂のりです。

東京湾のアジと釣り人の不思議な関係

 それだけではありません。

 東京湾ではアジ釣りにコマセ(寄せ餌)を使います。オモリと一体化した「アンドンビシ」と呼ばれるかごにイワシのミンチを詰め、これを天秤で道糸にぶら下げる。天秤の腕から2~3本の針がついた長さ1・5㍍ほどの仕掛けを垂らし、針に餌をつけてコマセの煙幕の中を漂わせて釣ります。

アジは比較的釣るのが簡単だ
アジは比較的釣るのが簡単だ

 1人が1回の釣行で撒くコマセはおよそ1㌔。釣り船は平均10人前後を乗せます。東京湾のアジを狙う遊漁船の数は定かではありませんが、仮に毎日100隻出るとすれば、1年間に撒かれるコマセの総量は、

1㌔×10人×100隻×365日=365㌧

となります。

 東京湾の大きさからすると微々たるものですが、アジの群れている狭い海域に集中投下されます。事実上、東京湾のアジは「養殖されている」と言ってよいのではなかろうか。釣り人たちは身銭を切って大挙して海に繰り出し、自ら餌を撒いて蓄養しながら、何匹か持ち帰って舌鼓を打つ――という奇妙な共生関係が成立しています。

船の下で乱舞するアジの群れ

 乗合船の朝は早い。明け方に集合して船宿で乗船名簿に記入し、荷物を持って乗り込みます。

アジが群れるポイントは横浜沖が有名で、横浜界隈の港からだと5~10分ほど、湾奥の浦安や葛西あたりからだと1時間弱かかります。

船は桟橋を離れ、けたたましいエンジン音で一路、ポイントへ。朝焼けの海を疾走する爽快感、非日常感は一度味わうと病みつきになります。

アジの塩焼き。塩を振って焼くだけだが、釣りアジをおいしくいただく定番
アジの塩焼き。塩を振って焼くだけだが、釣りアジをおいしくいただく定番

 目指す海域に到着すると船は減速し、エンジン音が変わる。これで「よし、やるぞ」と釣り人たちは戦闘モードに入ります。タックル(竿やリールなど釣り道具一式)を準備し、アンドンビシにコマセを詰め、針にはイカ短(食紅で赤く染めた小さなイカの短冊)か、短く切ったイソメをつけて、準備完了。

 「どうぞ~」という船長のアナウンスを合図に、仕掛けを投入します。

 アジのタナ(群れが泳ぐ水深)は底近く。ピンと張っていた糸がフワッとふけたらアンドンビシが着底した合図。ふけをしっかり取って糸を張ったあと少し巻き上げ、竿を2度、3度と軽くしゃくる。これでコマセが振り出されます。

 最初は釣り人たちの共同作業です。アタリがなくとも早めに回収して、コマセをどんどん撒く。しばらくすると魚が集まってきます。針にかかると、グングンと竿先を控えめに押さえ込む特有のアタリが出ます。アジは口が弱いので、竿先をあおる合わせはNG。リールをゆっくり巻き上げます。

 投入され続けるコマセでアジの群れが膨らみます。食いが活発な時は次々針にかかり、2本針で2匹、3本針で3匹と上がってきます。船下で狂ったように泳ぎ回るアジの群れの熱気が船の上に伝わり、釣り人のテンションも上がります。

アジのたたき。酒の肴に最高だ
アジのたたき。酒の肴に最高だ

アジ釣りは本当に簡単か

 コマセを使ったアジ釣りは比較的簡単と書きましたが、たくさん釣るにはそれなりの技術が要ります。100匹超を釣る達人レベルに至るにはかなりの修行が必要です。

 達人の域にほど遠い筆者ですが、少ない経験から導き出したコツは二つだけ。

① アジのいるタナを探し当ててコマセを撒く

② 仕掛けの餌がコマセの煙幕に同調している

 アジの泳層でコマセを撒き、その煙幕のなかを仕掛けの餌がフワフワと漂う。これで基本的には釣れます。

 したがって、釣れないとすれば……

(A) アジのいるタナにコマセをまいているが、仕掛けが同調していない(① は満たすが②は満たさず)

(B) 仕掛けの餌がコマセに同調しているが、アジのタナからずれている(②は満たすが①は満たさず)

(C)コマセがアジのタナからずれ、仕掛けも同調していない(①も②も満たさず)

……というA~C三つのうちのどれか、ということになります。

 やってみると分かりますが、なかなか奥深い。周囲がどんどん釣るのに、自分だけアタリがさっぱりないということも珍しくない。こんな時は疑心暗鬼になり、はてしない自問自答で悶絶します。もちろん、逆に自分だけ釣れるケースもまれにありますが。

紀伊水道では「胴突き仕掛け」で狙う

 ちなみに、ところ変われば釣り方も変わります。

 遊漁船でアジを狙うスタイルも、関西では東京湾とまるっきり異なります。4月に和歌山県の加太(かだ)から船に乗って紀伊水道でアジを釣りました。コマセは使いません。そもそも使用が禁止されているのです。東京湾では「天秤仕掛け」でしたが、こちらではアンドンビシはなし。糸の途中で2本から3本の枝針を出し、いちばん下にオモリをつける「胴突き仕掛け」で狙います。

 船が魚群探知機でアジの群れを探し当てると、釣り人はいっせいに仕掛けを投入。バタバタッと釣れますが、すぐにアタリは遠のく。「上げてくださ~い」という船長のアナウンスで仕掛けを上げて、群れを追いかける。コマセを撒かないので、アジの群れが船の下につかない。だから船の方が群れにくっついて、頻繁に移動する。筆者は東京湾の釣り方に慣れ親しんでおり、大いに戸惑いました。

「冷解凍」という流通の宿命

 「釣った魚がなぜうまいのか」という本稿冒頭の問いが残っています。

アジの刺身(左)とホウボウの炙り。アジは冷蔵庫で数日寝かせると旨みが増す
アジの刺身(左)とホウボウの炙り。アジは冷蔵庫で数日寝かせると旨みが増す

 筆者が考えるに、最大の理由は「釣った魚を凍らせずに持ち帰る」ことにあると思います。漁どりの魚は、流通の宿命である「冷凍→解凍」のプロセスを経て、私たちの口に入ります。残念ながら冷解凍によって身の劣化は避けられません。

 スーパーで買った切り身のパックからは、よくドリップ(液体)が出ています。これは冷解凍で細胞が壊れ、身から旨み成分が流れ出したものです。

 にもかかわらず、私たちは全国各地で獲れ、流通する魚をおいしくいただいている。なぜか。怒られるのを承知であえて言えば、

「大半の人は冷凍していない魚を食べたことがなく、そのうまさを知らない」

のだと思います。スーパーの鮮魚コーナー、回転寿司、旅館、居酒屋……どこへ行こうと冷解凍した魚ばかりで、それが魚の本来の味だと思っているわけです。

 もちろん、最新の設備や技術で冷解凍の劣化は最小限に抑えられ、流通する魚だって十分においしい。釣った魚でも味に個体差があり、すべてがすごくおいしいわけでは必ずしもありません。とはいえ、総じて冷凍していない釣魚と流通する冷解凍魚との差は歴然としています。

アジのカルパッチョ。オリーブ油とポン酢を1:1で混ぜてかけるだけ。黒胡椒をしっかり振るのがポイント
アジのカルパッチョ。オリーブ油とポン酢を1:1で混ぜてかけるだけ。黒胡椒をしっかり振るのがポイント

 もうかなり昔ですが、相模湾に面する神奈川・平塚の庄三郎丸にアマダイ狙いで乗り、帰りに船宿で釣りたてのキハダマグロのブロックを土産にもらいました。相模湾ではマグロ釣りが盛んです。筆者は残念ながらいまだに釣ったことがありません。

 ブロックは20㌢四方のサイコロ状。家に帰って刺身にし、ひと口食べて驚きました。

 「えっ? なにこれ?」

 「高級」とされる鮨店に行ったこともありましたが、まるで比較にならない。圧倒的なうまさに打ち震えました。その味は今も舌にしっかり残っています。

 つまり、筆者もその時まで「生のマグロ」を食べたことがなく、冷解凍ものを本来の味だと思い込んでいたのです。

 冷凍していない魚を食べたい。それを出す鮮魚店や料理店もあるが、数は少ないし、たいてい値が張る。では、どうするか。

 答えは簡単。自分で釣ってくればよいのです。広くて深い釣りの世界を、これから半可通なりに紹介していきます。

(つづく)

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