経済・企業

「危機的状況の飲食店を応援したい」と語るサッポロビールの野瀬社長は入社してすぐ大激戦地の新宿で営業をはじめた

「量ではなく質を追求します」サッポロビールの野瀬裕之社長(撮影:武市公孝)
「量ではなく質を追求します」サッポロビールの野瀬裕之社長(撮影:武市公孝)

サッポロビール社長にマーケティング部出身の野瀬裕之氏が3月に就任した。コロナ後に向け、「量ではなく質を追求する」商品戦略をはじめ、抱負を語ってもらった。(聞き手・構成=永井隆)

--コロナ禍に直面する、難しい局面での登板になりました。いま、サッポロビールはどんな状況でしょうか。

野瀬 飲食店は、新型コロナウイルスの感染拡大により、いま大きなダメージを受けています。サッポロはもともと、飲食店向けである業務用の割合がコロナ前の2019年で3分の1と高かった(コロナ前で大手4社平均の業務用は約25%)。これが、直近では五分の一にまで減少してしまいました。

 ワクチン接種を国に急いでもらうことで、感染拡大の抑制をいまは願うしかありません。

 他の先進国並みに接種が進めば、11月か12月には飲食店に人は戻ってくる。むしろ、外食は”プチバブル”になるのではと、期待はしています。これまでサッポロは飲食店に支えられてきた。それだけに、危機的状況の飲食店を応援したいと、願ってやみません。

家飲みが増えてビールが「第三のビール」を逆転

--ビール類(ビール、発泡酒、第三のビール)市場は昨年まで、16年連続して縮小が続いてます。コロナ前の19年は、ビール類の販売量に占めるビールの構成比は47.6%。このうちの半数が業務用です。一方で大半が家庭で消費される「第三のビール(ビール、発泡酒とは別の原料、製法で作られた、ビール風味の発泡アルコール飲料)」は約4割の構成比でした。

野瀬 昨年のビール類市場はビールが約41%に対し、第三のビールが約46%の構成比となり、初めて販売数量が逆転しました。業務用が激減し、”家飲み”が増えたのが原因でした。

完全にコロナ前には戻らない

「危機的状況の飲食店を応援したい」サッポロビールの野瀬裕之社長(撮影:武市公孝)
「危機的状況の飲食店を応援したい」サッポロビールの野瀬裕之社長(撮影:武市公孝)

--コロナ後のビール類の構成は、コロナ前に戻るのでしょうか?

野瀬 いや、完全には元には戻らないでしょう。

 コロナ禍により、リモートワークが増え、サラリーマンをはじめ生活者の働き方は一変してしまいました。しかし、コロナが明けたら外食にみんな足を運ぶでしょう。旅行にも出かけるでしょう。

 一方で家飲みも定着していくと思います。コロナは人々のライフスタイルを変えてしまいました。

ビールの強化は一丁目一番地

--ビール類の酒税改正が昨年10月から始まり、23年10月に2回目があり、最終的には2026年10月に350㍉㍑当たり54円25銭で統一されていきます。ビールが減税されて、第三のビールが増税されていきます。

野瀬 ビールに強いサッポロにとっては追い風です。ビール強化は商品戦略の一丁目一番地です。

 サッポロビールの黒ラベルのなかでも家庭で飲まれる缶は、減税後の今年上半期(1月~6月)でも成長している。勢いがあるため、年末まで伸びれば7年連続して前年を上回ります。飲食店で生ビールを飲めなくなった分、減税された黒ラベルの缶を家庭で飲むケースが増えている。

エビスビールが昨年下げ止まり

 また、1890年に発売された麦芽100%の高級ビール「ヱビス」も缶が昨年ようやく下げ止まり、今年はプレミアムホワイトなどを含めたヱビスブランド全体で前年を5%ほど上回る741万箱(1箱は大瓶20本=12.66リットル)の着地を目指しています。

「今年はプレミアムホワイトなどを含めたヱビスブランド全体で前年を5%ほど上回る着地を目指しています」サッポロビールの野瀬裕之社長(撮影:武市公孝)
「今年はプレミアムホワイトなどを含めたヱビスブランド全体で前年を5%ほど上回る着地を目指しています」サッポロビールの野瀬裕之社長(撮影:武市公孝)

個性的なビールが人気の時代

--野瀬さんは新商品を開発したり、既存ブランドを育成するマーケッターが長かった。ビール類市場は16年連続で縮小してますが、どこまで小さくなると予想しますか。

野瀬 わかりません。ただし、人口が少なくなっていくだけに、かつてのようなメガヒットは生まれにくいと考えます。

 SNS(ソーシャルネットワーキングサービス=交流サイト)が広がっていて、みんなで同じものを飲もうとする人は少数派になりつつある。

 現に、日本でもアメリカでも、メガブランドは販売量を落としていて、個性的なクラフトビールの人気は高まっています。

サッポロは質を追求していきます

--ビール産業は代表的な装置産業なので、単品を大量生産して工場の稼働率を上げることが、重要でした。

野瀬 生産でも販売でも、その方が楽でした。利益も得やすかった。しかし、時代は変わってしまい、さらに、コロナ禍から個でお酒を楽しむケースは増えている。

 サッポロは量を追うのではなく、質を追求していきます。広く浅くではなく、それぞれのお客様に深く刺さる商品として展開していく。高い価値を提供してブランドをつくり、適正な価格で売っていきます。待ってでもお客様が欲しいと思う商品としていくのです。

第3のビール増税は「ビールに強いサッポロにとって追い風」サッポロビールの野瀬裕之社長(撮影:武市公孝)
第3のビール増税は「ビールに強いサッポロにとって追い風」サッポロビールの野瀬裕之社長(撮影:武市公孝)

--お話を伺っていて、同じ着想をしたマーケッターがいました。連載「キリンを作った男」の主人公の前田仁さん(1950年~2020年)が、1986年に商品化したビール「ハートランド」。特定の消費者に深く刺さることを狙い、東京でだけ売る計画だったのに、営業部により全国発売させられてしまう。

野瀬 30年以上前の話ですが、むしろいまの時代に通じます。

 サッポロビールはビール類のビールだけでも、「黒ラベル」、麦芽100%の高級ビール「ヱビス」、1877年に誕生した熱処理ビールを受け継ぐ「サッポロラガー(通称は赤星)」、北海道限定販売の「クラシック」、17年に買収したサンフランシスコのクラフトビール「アンカー」など、商品ポートフォリオは厚い。社員みんなで知恵を出し合い、お客様の心に深く突き刺ささるよう工夫しています。

 前田さんとは何度かお会いしましたが、私は一回り以上若く、あいさつ程度の関わりでした。あの前田さんが、いまのサッポロをどう評価されるのか、聞いてみたかったです。

--サッポロは大麦やホップなど原材料から開発する、世界でも珍しいビール会社です。

野瀬 例えば、サッポロが1984年に開発したホップのソラチエースは、ずっと忘れられていたものの、2007年頃にアメリカのクラフトビールで採用され、ソラチエースを使った様々なクラフトビールが世界中のビール関係者の知る存在となりました。

 むしろ、サッポロの社員が一番知らなかった、という笑い話があるほどです。

 付加価値の高いビール類をつくることのできる潜在力を、サッポロはもっているのです。

--増税されていく第三のビールについては、どう戦うのでしょうか。もともと、サッポロは開発メーカーですが、昨年10月に増税され、今年上半期に市場は前年同期で約11%縮小しました。

野瀬 26年に税額が統一され売価が縮んでも、価格差は残ると予想します。低価格商品は求められる。現在の「麦とホップ」と「ゴールドスター」の2ブランドを、このまま育成していく考えです。

 第三のビールは2003年に北部九州で発売し、翌年全国発売した「ドラフトワン」が業界初。2004年を最後に、ビール類は2005年から16年連続で前年割れしています。

全方位ではない戦い方

--第三のビール以降、ビール業界でイノベーションがないのも市場が縮小し続けている原因ではないでしょうか。キリンやアサヒと比べてサッポロは企業規模が小さく、経営資源は限られます。

野瀬 全方位で戦うのは難しい。ガチンコの力勝負をしたら負けてしまう。営業の強い地域に、経営資源を集中させるなど、工夫は求められます。商品ならば、誰に飲んでもらうのか、というターゲティングの精度は重要です。

 いま、社員に対して私は「いちばん星マーケティング」を訴えてます。相手に対し、「あなたが一番星になる」という意味です。時間がかかっても、自分の仕事を丁寧にしていく、すると最終的にはお客様から感動をいただけると、私は考えています。

「家飲みでビールの消費が増えた」サッポロビールの野瀬裕之社長(撮影:武市公孝)
「家飲みでビールの消費が増えた」サッポロビールの野瀬裕之社長(撮影:武市公孝)

野瀬裕之(のせ・ひろゆき)氏。1963年生まれ。福岡県出身。県立城南高校から九州大学経済学部経営学科へ。1986年に卒業し入社。営業を経験し2000年に商品開発部へ。ブランド戦略部長、サッポロホールディングス戦略企画部長、サッポロビール営業本部長などを経て今年3月からマーケティング本部長兼務で現職。入社してすぐ大激戦地の新宿で営業を経験。「当時池袋を担当していた尾賀さん(尾賀真城(おが・まさき)現サッポロホールディングス社長)には、よくスナックへ連れていってもらいました」。

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