第2回 マゴチ釣りが恋の駆け引きに似ている件=釣人割烹
今回は高級魚のマゴチを取り上げます。今の時期に釣れるものは「照りゴチ」と呼ばれ、刺身は「真夏のトラフグ」と言われるほどおいしい。体長50㌢前後がよく釣れ、大きなものは70㌢にもなる。これを生き餌で狙う沖釣りが、東京湾で盛んです。
釣り人と魚の緊迫した駆け引き
さて、突然ですが、釣りの魅力の核心は「アタリ」と「合わせ」にあります。
釣りでは、人間が悪巧みを凝らした仕掛けを水の中へ送り込む。当然ながら、仕掛けのエサ(疑似餌を含む)には針を忍ばせています。
「アタリ」とは、この餌を魚が口に入れたというサインであり、道糸を通して竿の曲がりや手もとの感触、水面の浮きの沈み込みとして釣り人に伝わります。
これを受けて人間が魚を針に掛けるアクションを起こす。大部分は竿をあおる動作で、これを「合わせ」と呼びます。もちろん合わせても掛かるとは限りません。
うまく魚を掛け、手もとへ引き寄せる「取り込み」もワクワクしますが、なんと言っても 「アタリがあって合わせる」ことこそ、魚との最も緊迫した駆け引きの場面であり、釣り人は言い知れぬ興奮にしびれます。
不思議なもので、その興奮の質は対象魚が田んぼ横の用水路にいる小さなフナだろうと、相模湾を悠々と泳ぐ人間より重いキハダマグロだろうと変わらない(と筆者は思っています)。
しかしながら、合わせのスタイルは魚によって千差万別。アタリが出て合わせるまでの「時間」もまちまちです。
日本独自のスポーツ・フィッシング
アタリが出た瞬間に竿を振り上げる「即合わせ」と言えば、ヘラブナを思い浮かべます。在来種の改良で生まれ、全国各地の河川湖沼に放流された大型のフナで、これを延べ竿、練り餌で釣る。長い年月で釣る技術や道具が独自の発達を遂げてきました。キャッチ&リリースを原則とする日本独自のスポーツ・フィッシングで、ビギナーにはなかなか近寄り難い世界です。
警戒心の強いヘラブナは、練り餌を口から吸ったり吐き出したりを繰り返し、細かいメモリを打つ細長い専用浮き(ヘラ浮き)が微妙に浮き沈みします。その動きからアタリを読み取ること自体が難しいのです。
アタリを読んで即合わせするわけですが、浮きの変化が視覚情報として脳に伝わり、脳の指示で腕を動かして竿を振り上げるまでに、どんなに早くても0.5秒前後はかかる。ところが、ヘラブナが練り餌を吸い込んで吐き出す時間は千分の1秒単位とも言われます。釣るのが難しいわけです。
鈍臭いアタックが生む異様な興奮
これに対し、アタリが出てから合わせを入れるまでにえらく時間をかける魚もいます。その代表格がマゴチです(やっと今回の主人公が登場しました)。
マゴチはその素晴らしい味わいとは対照的に、見てくれがまったく美しくない。全体的に茶褐色で腹はのっぺり白く、頭部が靴で踏み潰したように平べったい。ヒラメなどとともに英語で「flat fish(平たい魚)」と呼ばれ、海の底にベタッと張り付いて、餌となるエビや小魚を探しています。
東京湾のマゴチ沖釣りの一般的な仕掛けは単純で、道糸に中オモリをつけ、その先にハリス(釣り針を結んだフロロカーボンやナイロンの糸)をつけるだけ。針にはサイマキ(クルマエビの子)やハゼをつけ、生かしたまま海の底へ送り込みます。
およそ生物進化から取り残されたような魚で、餌をとるのが下手です。サイマキやハゼに横からアタックし、口にくわえ、しばらくガツガツとかむ。獲物がだいぶ弱ったあと、おもむろに飲み込む。何とも鈍臭いのですが、これがじつに奥深い駆け引きを生みます。
マゴチが餌にアタックすると、竿先をゴツゴツと叩くような前アタリが出ます。この段階では獲物にかみついているだけで、釣り人が驚いて強い合わせを入れると、すっぽ抜けてしまう。我慢のしどころ。餌を完全に飲み込む本アタリを待ちます。
前アタリが出たら、竿をゆっくりと聞き上げます。そこでガツガツと引き込んだら、それに合わせて竿を下げる。そのあとまたゆっくり聞き上げる。このやり取りを繰り返すうちにグーンと強い引き込みがくる。これが餌を飲み込んだ本アタリです。力いっぱい合わせて針掛かりさせると、竿が満月のように引き絞られます。
俗に「ヒラメ40コチ20」と言われています(ヒラメもマゴチと同様、餌を飲み込むまで時間がかかる)。「アタリがあってからヒラメは40秒、マゴチは20秒待って合わせを入れなさい、即合わせはダメよ」という格言です。
実際には、マゴチはいきなり本アタリを出すこともあれば、延々と1分以上も飲み込まないこともあり、いろんなパターンがあります。
告白せずに泣くか、告白して砕けるか
最初にも書いたように、釣りではアタリから合わせを入れるまでが興奮の極です。
「即合わせ」の釣りもスリリングで脳内に興奮物質が大量に分泌されます。これがマゴチのように合わせまでの時間が長いと、その分泌量もハンパではありません。いつ合わせるか、今か、まだか、もう少し待つべきか、と胸が激しく高鳴ります。
マゴチは食いが渋いとき、かみついた獲物を途中で放してしまうことがあります。前アタリが出て、わくわくしながら本アタリを待っているうちに、竿先がふっと軽くなる。その時の落胆たるや……。こういうときは「前アタリで勝負に出て、合わせるべきだった」と激しく後悔します。逆に合わせが早すぎてすっぽ抜ければ「もっと待つべきだった」と打ちのめされる。
これ、異性との恋の駆け引きに似てますな。親しくなっていくプロセスを楽しみ、いつ告白しようかと考えているうちに、相手が突然、別の人間と恋に落ちてしまう。「こんなことなら早く告白しておくべきだった」と後悔する。かといって、告白のタイミングが早すぎれば相手が引いてしまう。「もっと時間をかけて親しくなるべきだった」と悔やむ……。
今年の初め、筆者は友人とマゴチの沖釣りにトライし、前アタリを出しながら2回連続で合わせを入れないまま餌を放される失態を犯しました。
友人から、キツいひと言が飛び出しました。
「情けないなあ。合わせを入れる人間になれ!」
ことほどさように、人生には失敗を恐れず勝負すべきときがあるのです。
本アタリがあっても、のるか、そるか
ちなみに、前アタリがあったら7秒数え機械的に合わせを入れよ、とビギナーにアドバイスする船宿もあります。その程度待てばマゴチは餌を飲み込むはずで、すっぽ抜けるリスクもあるが、待ったあげく餌を放してしまうリスクは減る、という経験則に基づいています。筆者は本アタリに持ち込むまでの駆け引きを楽しむのでこういう釣り方はしませんが、ある意味で理にかなっていると言えます。
さらに付け加えると、本アタリで合わせてもバラす(取り逃がす)ことがあります。
マゴチの口の中はけっこう硬く、針がツルツルすべって掛かりにくい。マゴチは餌を飲み込んだあと、糸で引っ張る方向に逆らって逃げようとします。このとき、竿が大きく引き絞られる本アタリが出ます。そこで合わせるとマゴチの口から針を引きずり出す格好となる。途中で針がどこかに引っかかればよいのですが、掛からなければ抜けてしまいます。
掛かればすごいパワーで竿が満月のようにしなり、釣り応えは満点。水面まで上げれば船長や中乗りさん(スタッフ)が大きな玉網ですくってくれます。
海底に三角定規を立ててみよう
しかしながら、マゴチ釣りで本当にテクニックが必要なのは、合わせることではなく、アタリを出すことです。
マゴチのタナ(遊泳層)はもちろん海の底。生き餌のサイマキやハゼを海底からギリギリ浮かせ、ふわふわと漂わせます。高いところにいる餌はなかなか食わないし、底にベタッとはりついたエサもアピールしません。
エサをマゴチの目と鼻の先で漂わせるわけですが、これがなかなか難しい。東京湾では中オモリ15号(約56㌘)、ハリス1.5㍍の仕掛けが標準とされ、着底したあと中オモリを海底から1㍍上げるのが基本です。
ここらへん初心者にはわかりにくいかも知れません。そもそも中オモリから針までの長さが1.5㍍なのに、中オモリを底上1㍍に上げて餌がなぜ漂うのか。
プールのように水の動きがゼロの場合には、中オモリを底からちょうどハリス分の長さ(1.5㍍)だけ上げれば、エサが浮き上がります。
しかし、海の中では常に潮が流れています。海底に三角定規を立ててみましょう。直角三角形の底辺は潮の流れ、高さ(垂直の辺)はオモリの底からの距離、斜辺がハリスの長さになります。
斜辺は常に1.5㍍で一定ですが、オモリの高さは潮の流れが速い、遅いに合わせて微妙に変えます。速ければ中オモリを0.8㍍くらいに下げます。
逆に潮の流れが遅ければ、1.2㍍くらいに上げます。
このように、潮の流れとオモリ、餌の位置関係を三角定規で考えるのは、マゴチに限らずいろいろな釣りで役に立つはずです。
マゴチ釣りの船に乗ってみよう
筆者がマゴチ釣りでよく利用する船宿は、横浜・新子安恵比寿橋の「だてまき丸」さん。船長が餌の付け方やタナの取り方について懇切丁寧に教えてくれます。ビギナーの客がいると竿を持たせ、自分は穂先をつかんでマゴチのアタリを再現。「まだまだ……もう少し待つ……ここで合わせる!」と指導してくれます。いつも客に釣らせる気満々で、釣りが下手な筆者もスパルタ指導を受け、コツをつかみました。
恵比須橋から船に乗り、15分ほど走ってポイントへ。狙う深さは10㍍前後です。
船長が教えるタナの取り方は、以下の通り。仕掛けを落とし、中オモリを着底させて糸をピンと張ります。次に、竿を下へ傾け、リールを巻いて糸が張った状態で竿先を水面につける。そして、竿先を水平の高さまで「ひょい」と上げる。これで中オモリが海底から1㍍浮き上がります。その状態でじっとアタリを待ちます。しばらくアタリがなければ、リールをフリーにして中オモリを落とし、同じ動作を繰り返します。
このタナ取り動作は、仕掛けをタナに合わせると同時に、竿先を水平に上げたとき餌が「ちょろっ」と動いて誘いにもなります。筆者の場合は長くても1分間に1度、かけ上がりやかけ下がりで深さが変わるときには10~20秒に1度の頻度。きちんと底を取り直さずぼんやりしていると、仕掛けがタナからずれ、まったくアタリが出ないことも。
前アタリは手にはっきり伝わってくることもあれば、竿先がごくわずかにもたれる感じのときも。繊細なあたりほど大きなマゴチである可能性が高いので、見逃さないよう穂先に視線を集中します。
じっさい船に一日乗っても、アタリの数は限られています。筆者の技術では、魚の活性が高いときに多くても10回ほど、少なければ2、3回。それをいかに本アタリから針掛かりに持ち込めるか。ボウズもありうる釣りです。
釣り人がアクションしない「合わせ」もある
以上見てきたように、アタリから合わせまでの時間は魚によってさまざまですが、短くても、長くても、それぞれに面白さがあります。
付け加えれば、アタリがあっても釣り人が合わせのアクションをしない場合もあります。前回紹介した沖釣りのアジ。この魚は口が弱いため、強く合わせると針の掛かった部分がちぎれてしまう。このため、アタリがあったらそのまま慎重にリールを巻いて、取り込みのプロセスに入ります。釣り人のアクションなしに魚が針に掛かかるのを「向こう合わせ」と言います。
釣りとは、「合わせ」一つとってもなんと多様であることか。アタリをとって合わせを入れる興奮を、一度味わってみませんか?