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トヨタの自動運転車「eパレット」の事故が突きつけた重い課題=中尾真二

eパレット(トヨタ自動車)
eパレット(トヨタ自動車)

東京パラリンピックの選手村で8月26日、自動運転サービスを担っていたトヨタ自動車の「eパレット(e-Palette)」が、視覚障害のある選手と接触する事故があった。詳細については警察を交えた捜査・調査の結果を待つ必要があるが、今回の事故を受けて私たちは今後、自動運転とどう向き合っていく必要があるか、改めて考えたい。

eパレットはトヨタの社長が自ら発表した自信作

 eパレットは、2018年に開催された世界最大のテクノロジー見本市(CES)で、トヨタの豊田章男社長自ら発表した次世代コミューターのコンセプトモデルだ。自動運転機能を備え、ボディ部分のアレンジによってバスにもトラックにも乗用車にもなるという。

 トヨタが静岡県裾野市で行っている実験都市「ウーブン・シティ」プロジェクトでは、エリア内の移動・輸送インフラのひとつになる予定だが、最初の実装車両は、もともと2020年東京オリンピック・パラリンピックに投入されることが決まっていた。結果的に、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会が運営する選手村構内のシャトルバスとして運行サービスが始まった。今回の事故は、その中で発生した。

 トヨタは、選手村内において送迎サービスを担う自動運転車両(eパレット)とそのサポートを提供している。関係者などによると、選手村内の道路は公道ではないが、仮に訴訟や刑事罰に発展するようなら、一義的な責任は選手村の運営を管理する組織委にある。だが、特殊な車両を、オペレーションを含めて提供しているトヨタの責任も、問われることになるだろう。

事故原因はヒューマンエラーかシステムエラーか

 今回の事故の自動運転レベルは、解釈が難しい。被害者と接触した当時、そもそも自動運転であったのかもはっきりしない。トヨタのリリースなどによれば、交差点で右折する際、自動運転車両が歩行者を検知して一旦停止、オペレーターが再度発進して交差点内の状況を確認して手動で減速を始めたところ、道路を横断してきた歩行者を車両センサーが検知して自動ブレーキが作動、オペレーターも緊急ブレーキを作動させたが、接触事故が発生した――とされる。

 eパレットはレベル4の自動運転が可能な機能を持っている。レベル4は限定領域内での無人走行(システムが運転責任を負う状態)ができる。つまり、たとえ緊急時であってもオペレーターは対応せず、システム側が運転主体として責任を持つ、ということだ。

 ただ、一般的な公道での自動運転実験では、非常時操作オペレーターの乗車が必須とされている。現在、各地で実施されている無人バスの公道実証実験などでは、緊急時対応のオペレーターが乗車することとし、実験ルート内であっても交差点手前で一旦停止して自動運転をオフにし、オペレーターの指示を仰ぐ、という運用が珍しくない。

 今回の事故では、システムが車両を一旦停止させたあと、自動運転走行の再開がオペレーターの指示によって行われたものと考えられる。これをもって、オペレーターの操作ミス、周辺確認ミス、とする意見がある。つまり、システムに自動運転を開始してよいという「人の指示」が間違っていたということだ。問題となるのは、オペレーターが右折続行を指示したあと、自動運転のモードやレベルがどういう状態だったかだが、ここはまさに警察の捜査にかかわる部分で、トヨタ広報は「回答不可」としている。

レベル2または3の運用であったとしたら…

 確実なことは言えないが、車両はレベル4の自動運転機能を持っていたが、現場での運用はレベル2もしくはレベル3の自動運転としての運行管理だったのではないか。

eパレット(トヨタ自動車)
eパレット(トヨタ自動車)

 実は、自動運転については「レベル3をスキップしてレベル4、5を目指す」とする自動車メーカーが少なくない。レベル3は人による運転介入や補助を前提とするため、その制御切り替えが難しく、想定されるシナリオも無数に存在する。レベル4なら、システムが制御できない状況に入ったら、自動運転による安全停止措置にほぼ無条件で移ることができるからだ。

 今回の場合、車両としてはレベル4相当の機能を持っていながら、レベル2または3の運用をしたために引き起こされた可能性もある。だとすると、制御切り替えの難しさや、オペレーターを含む運行管理側の慢心(運用上はレベル2または3であっても実際にはレベル4の機能を持つ車を運転していることによって生じる慢心)など、さまざまな要因が考えられる。

 正しい分析には、事故時の運転モード、オペレーターの操作、路上誘導員の指示の問題を切り分ける必要がある。この点は、トヨタおよび組織委、できれば第三者による検証と今後の詳細事故報告に期待したいところだ。

 ちなみに、eパレットは組織委の判断により8月31日から運転が再開されたと発表されている。再発防止策として「走行警告音を大きくする」「乗員や誘導員を大幅に増員する」「自動運転ではなく、手動運転での加速・減速・停止とする」といったことが挙げられている(8月30日付トヨタリリースより)。

問題は技術そのものではなく技術をどう使うか

 私たちは、今回の事故をどう解釈すればよいのだろう。ちまたでは、「自動運転の限界が見えた」「いやオペレーターのミスなのだから自動運転とは関係ない」など、さまざまな声が聞こえる。

 重要なのは、事故の責任と自動運転技術を分けて考える、ということだ。

 今回の事故で、組織委やトヨタの責任は当然なんらかの形で検証・追及されるべきだが、技術開発への処罰や規制、誤った評価によって、技術開発そのものがストップすることになっては元も子もない。自動運転技術が今後の社会(とくに日本のように少子高齢化・労働人口の減少に悩む国)にとって有用なものであることは、論をまたない。

 車両の走行ログの解析により、事故状況の詳細は分析・評価できるだろう。事故の運行管理責任の追及はしっかり行いつつも、技術的な原因究明と改善を続けることが、社会的な利益につながるはずだ。

 業界には「命を預かる自動車に万が一のミスはあってはならない」という矜持がある。消費者側には「不備はいっさい許さない」という期待がある。どちらも間違ってはいない。ただ、今回の事故の教訓は、「あらゆる状況を想定して100%の安全を保証する技術の必要性」ではなく、eパレットだろうがテスラの自動運転機能FSD(フル・セルフ・ドライビング)だろうが、「現時点で何ができて何ができないのかを正しく判断したうえで、その技術をどう使えばいいのかを考えること」ではないだろうか。社会全体で、検証していく必要がある。

(中尾真二・ITライター)

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