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コロナ禍が追い打ち「物価も賃金も安い」日本の悪循環<経済プレミア>

    日本の賃金は安い…(緊急事態宣言が解除され通勤する人たち)=東京都港区で2020年5月26日、宮武祐希撮影
    日本の賃金は安い…(緊急事態宣言が解除され通勤する人たち)=東京都港区で2020年5月26日、宮武祐希撮影

     日本の物価は、海外に比べて驚くほど安くなっている。コロナ禍で海外旅行が事実上ストップしているため気付きにくいが、この状況は一段と進んでいる。いずれ再開されると、訪日外国人旅行者は「ニッポンの物価がさらに安くなった」と喜ぶだろう。反対に、海外に出かけた日本人は「何もかも値段が高くなった」と悲鳴を上げるに違いない。

     日米の物価指数を見るとこの差は鮮明だ。日本の7月の消費者物価は、総務省が基準改定をしたことも影響したが、前年比マイナス0.3%。一方の米国の7月は、前年比5.4%の急上昇である。昨年の米国の物価はプラスだったため、5.4%はマイナスの反動ではない。日米の消費者物価は、この1年間で5.7%ポイントも格差が広がったかたちだ。

    日本のハンバーガーは安い

     物価を国際比較するときは、各国のハンバーガーの値段がよく使われる。英誌「エコノミスト」の調査によると、日本が390円なのに対し、米国は621円、ユーロ圏552円、韓国440円、中国380円となっている(2021年のデータ、1ドル=109.94円で換算)。順位は日本は世界57カ国・地域中31位と低い。また米調査会社によると、コーヒーチェーンのトール・ラテも東京は409円で、世界76都市中36位だ(2019年)。

     いずれにしても、日本の物価は欧米より安い。この差は一体何によるものかを考えると、店員の時給の差が大きく反映していると思われる。ハンバーガーの原材料費や製造コストは世界でほとんど変わらない。つまり、人件費が安いところは物価も安いのだ。もし、自分の給料が十分に高ければ、ニューヨークで買い物をしても高いとは思わないはずだ。

    かつては外国人観光客らであふれていた京都の花見小路も人通りは少なく=京都市東山区で2020年4月4日、川平愛撮影
    かつては外国人観光客らであふれていた京都の花見小路も人通りは少なく=京都市東山区で2020年4月4日、川平愛撮影

     国際労働機関(ILO)の調査によると、各国の平均賃金(フルタイム労働者)の水準は、ハンバーガーやラテの価格と同様に、日本の賃金は欧米よりも低かった。購買力平価による為替レートで比較すると、平均賃金(月収)は米国が4088ドルなのに対し、日本は2686ドルだった(18年)。米国民の賃金は日本国民の1.5倍であり、日本の物価は自国の3分の2になったくらいに安く感じるのだ。

    訪日客が減ってさらに賃金下落

     最近の経済環境は、日米の格差を改善させるには、逆風ばかりだと考えられる。ワクチン接種の遅れもあり、コロナ禍からの脱却は日本は欧米先進国に比べて周回遅れになっている。特にサービス業がコロナ禍で大打撃を受けているため、非正規労働者の賃金は当然上がりにくい。政府は最低賃金を引き上げる方針だが、肝心の平均時給の伸びはそれと連動しにくい。

     平均賃金を上げるには、春闘でベースアップを積極化する方が効果的だ。しかし、春闘の時期になると、コロナ禍が追い風に働いて増益になった企業でも、先行きの不透明を理由に賃上げを渋る。どんどん安くなっていく日本の賃金・物価に対して、誰も何の責任も取ろうとはしない。

     経済の原理で考えると、日本の物価が安くなれば訪日外国人が喜んで日本に来て買い物をしてくれることで、宿泊、飲食、小売りなどの収益を増やし、賃金を上げることができる。本来は、コロナ禍のダメージは訪日外国人の再開によって回復させることが効果的である。

    輸入の食料品価格は上昇(横浜港)=2017年1月30日、本社ヘリから宮間俊樹撮影
    輸入の食料品価格は上昇(横浜港)=2017年1月30日、本社ヘリから宮間俊樹撮影

     しかし、感染収束に手間取って、海外からの観光客受け入れを考える余裕は日本政府にはない。日本が“鎖国”をしている間に、全国の観光地はさらに疲弊が進んで、賃金下落の圧力は強まるだろう。

    輸入食料品の価格は上昇

     国内で暮らしている限りは、日本の物価が安いことは何の支障もないと思うかもしれない。しかし、日本は輸入大国でもあり、生活にかかわる必需品の輸入は多い。物価が安いということは円の購買力が下がるということであり、それは輸入物価に跳ね返る。

     例えば、輸入物価のうち、飲食料品・食料用農水産物はコロナ前に比べて大きく価格上昇している。21年7月は、コロナ前の半年間(19年9月~20年2月)に比べて18.5%も上昇している。これは、輸入する企業段階の円価格である。食料品価格は、川上から川下まで、じわじわと値上がりが進んでいき、生活コスト高に私たちの暮らしは脅かされることになる。

     企業が積極的に賃上げをするには、輸入コストの増加分を製品価格に転嫁して収益を確保しなければならない。これは、国内価格(含む消費者物価)を押し上げて生活苦を生じさせる。

     それでも、企業が同時に賃上げをするなら、何とか生活は回っていく。物価と賃金は追い駆けっこをしながら、経済も回っていく。正常な経済とは、値上げの痛みを受け入れて、同時に、賃上げで企業から十分な配当をもらうようなメカニズムになる。

     ところが、過去20年以上にわたって、企業は国内価格の値上げを恐れ、結果として賃上げも積極的に行わなかった。これは、経済の循環メカニズムにブレーキをかけるようなものだ。長い期間の宿題に、私たちはもう一度向き合うことが必要になっている。コロナで私たちがもう一段のじり貧に追い込まれてよいのかを改めて考えたい。

    (熊野英生・第一生命経済研究所 首席エコノミスト)

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