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外食、賃金、学費 安売り大国を覆う不安

10月5日号表紙
10月5日号表紙

新型コロナウイルス感染拡大による逆風が続く外食産業で、回転ずしチェーン大手のくら寿司が健闘している。2021年10月期の連結業績予想は、売上高が前年度比8・3%の増収となり、純利益が14億6900万円の黒字(前年度は2億6200万円の赤字)に転じる見通しだ。ワクチン接種の進展に加え、セルフレジ導入などの効果が出て業績改善を見込むという。

◇安すぎる

 同社の岡本浩之取締役は、海外店舗(台湾39店舗、米国32店舗)が好調なことも業績改善に寄与していると説明する。岡本氏は、「米国ではカリフォルニア州など出店地域で店内飲食の制限が解除されたことで今年7月以降は、コロナ禍以前に比べ売り上げの伸び率は2桁だ。おいしいすしが食べたいという欲求が高まっていたのではないか」と語る。

 日本では1皿100円(消費税抜き)の商品が主体だが、米国では1皿2・6~3・0㌦と300円前後に設定。岡本氏は、日本価格の3倍になる主因は人件費の高さだと説明した上で、「来店客からは『この値段はおかしい。安すぎるのではないか』という反応がある」と強調する。

 うどんも国内と海外の価格差が大きい。業界最大手の丸亀製麺は8月末時点で海外に227店舗を出店し、米国に8店舗を構える。日米の価格を比較すると、「釜揚げうどん並」(290円)が、米国では5・5㌦(605円)と日本の約2倍以上。運営会社の広報担当者は、「現地のファストフード業態の価格設定、現地の消費者で受け入れられる価格帯を調査して価格を決めている」と説明する。日本の価格が安いことで知られるのがディズニーランドだ。東京ディズニーランド(千葉県浦安市)の「1デーパスポート」だと8200~8700円だが、米ロサンゼルス近郊の“本家”では1日114㌦(1万2540円)~154㌦(1万6940円)と曜日によっては2倍近い設定だ。

 同一の商品・サービス価格が地域によって違うことを経済学で「価格差別」と呼ぶ。物価に詳しい東京大学大学院の渡辺努教授は、この現象について「米国人は値段にそれほど神経質でないので高い値段になるが、日本では少しでも値段が高いと消費者が逃げてしま

うので、値段は控えめにしなければいけない」と説明する。

◇韓国に抜かれた平均賃金

 

回転ずしやうどんなどの庶民的な食事や、非日常体験を楽しめるテーマパークの国内価格が安いこと自体は消費者に悪いことではない。しかし、物価と同様に賃金が先進国で下位に位置し、韓国にも抜かれていると聞けば、受け止め方は変わってくるだろう。

 経済協力開発機構(OECD)によると、20年に日本の平均賃金は3万8514㌦で、OECD加盟35カ国中22位と、同4万1960㌦で19位だった韓国を下回った。各国の現地通貨建て賃金のドル換算は購買力平価(20年は1㌦=102・83円)を用いており、より生活実感に近い結果を導くとされる。1990年(当時は22カ国加盟)には日本の平均賃金は3万6878㌦で12位だったのに対し、韓国は2万1829㌦、21位だった。30年間における日本の停滞と韓国の成長を象徴している。

「安い日本」を痛感するのが高等教育の授業料だ。私学の法科大学院トップ校で比較すると、米ハーバード大学法科大学院(外国人向けコース)の授業料6万7720㌦(約745万円)に対して、早稲田大学法大学院は116万円と約6倍の開きがある。

 ドル・円の為替レートが1㌦=360円の時代に米国の留学を経験した一橋大学の野口悠紀雄名誉教授は、「いま深刻な問題は、日本人が米国で研究することが経済的に難しくなっていることだ」と強調する。

「価格差別」の効果により、為替が物価水準の決定的な要因にはならないとしても、円安が進めば日本人の購買力は低下するのは明らかだ。にもかかわらず、アベノミクスを打ち上げた安倍晋三前首相とその政策を引き継ぐとして1年前に就任した菅義偉首相が円安を

志向したことは間違いない。

 アベノミクスは、「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」の三つの戦略で構成されており、公式には為替政策を挙げてはいない。とはいえ、第2次安倍政権発足(12年12月)前に、1㌦=75円台の超円高が進行したことに対し、当時の旧民主党政権が有効な手を打てなかったことを反面教師にしたはず。

 アベノミクスの期間に顕著だったのが、訪日外国人客(インバウンド)の急増だ。13年の1036万人から19年には3188万人と3倍に膨らんだ。訪日客による消費は「インバウンド需要」と呼ばれ、GDP(国内総生産)の集計では輸出に計上される。自動車などと同様に、インバンド産業を新たな輸出産業として政府は期待し、20年には訪日客4000万人を目標に掲げていたが、昨年2月に始まったコロナ禍の直撃によって目標は頓挫した。

 元来、インバウンド関連の宿泊・飲食業は産業界でも著しく低賃金な業種だ。厚生労働省の毎月勤労統計調査によると、宿泊業を含む飲食サービス等業種の現金給与総額は19年度実績で月間12万4793円(事業所規模5人以上) と、2番目に低い生活関連サービス(21万309円)に比べて、約8万5000円の格差がある。インバウンド需要が追い風となり、飲食サービス等の就業者数は13 年度から19年度までに15・9%増えて、雇用の受け皿になった。だが、コロナ禍によりその回復も見込めない。

 円安は購買力低下に直結する。食料や資源を輸入に頼る日本は輸入物価が上昇して生活を直撃。そこに賃金が上がらない状況が重なれば、暮らしは厳しくなる一方だ。さらに値上げに伴う顧客離れを極端に恐れる企業は、輸入品価格の上昇を製品価格に転嫁できず、収益を圧迫。賃金を上げられない悪循環に陥っている。「安い日本」から抜け出す道は見えない。

(浜田健太郎・編集部)(加藤結花・編集部)

 10月5日号特集は、「安い日本 超円安時代」です。円は実質ベースで1970年代前半の安値になぜ、放置されているのか。物価が欧米よりも低い日本円は本来、高くなるはずが、そのメカニズムが機能していないのはなぜか。安売り日本との関係に注目しました。

 また、経団連の十倉雅和会長インタビューがお薦めです。世界的な数理経済学者の宇沢弘文元東大教授に注目した十倉会長に、宇沢氏の評伝を執筆したフリージャーナリストの佐々木実氏が、その真意に迫ります。

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