第3回 大鯛とじかに引っ張りっこする伝統釣法が面白すぎる件=釣人割烹
高級魚の真鯛、どう釣るか?
真鯛には、何とも言えぬ華があります。タイと「めでたい」の語呂合わせといい、縁起のよい赤と白の魚体といい、祝い事など特別な日にふさわしいハレの魚です。
子供が「将来も食うに困らないように」と生後百日前後でやる「お食い初め」にも真鯛の尾頭付きの塩焼きが欠かせません。釣り人なら自分の釣った真鯛でお食い初めをやってあげたいと思うでしょう。筆者には子供が2人いますが、それができなかった。今も悔やんでいます。かみさんがスーパーで買ってきた真鯛でやった。なぜか。下の娘が生まれたときにはまだ釣りをしていませんでした。これは、いかんともしがたい。
なにしろ釣った直後の真鯛は美しい。店先に並ぶ水揚げから時間が経過した個体とはまったく異なります。初めて釣った人は、真っ先に目の上の鮮やかなコバルトブルーのアイシャドウに驚くでしょう。鮮紅の体表面にも側線に沿って青い斑点が散らばっています。雄の大きな個体は全体に赤黒く、迫力があります。
実際に包丁でさばくたびに感じますが、無駄のない紡錘形の美しいフォルム、太くて頑丈な骨、白く引き締まった身質、犬歯を備え硬いものでも噛み砕く口……とにかく身の造りが立派です。当然ながら刺身、握り、煮付け、塩焼き、炊き込み飯……と、どう料理してもおいしい。
さて、真鯛は岸から狙う釣りもありますが、船に乗って沖へ出るのがふつうです。釣り方はさまざまで、特定の地域で発達を遂げた釣り方もたくさんありますが、大きく見れば以下の3種類が主流です。
・コマセ真鯛……天秤につけたカゴから撒き餌のオキアミをこぼし、これに長いハリスの先につけたオキアミを同調させて食わせる。東京湾で盛んだ。
・一つテンヤ真鯛……「テンヤ」という針とオモリが一体化した仕掛けに活きエビや冷凍エビをつけて狙う。撒き餌を使わない。
・タイラバ……鉛やタングステンの「鯛玉(ヘッド)」に「ネクタイ」や「スカート」と呼ばれるカラフルな飾りをつけ、そこへ針を忍ばせ、水中を泳がせるように引く。
もちろん3種類とも、釣具メーカーが技術を競うリールやロッド、PEライン(ポリエチレン製の強い極細の糸)を使います。
しかし、筆者が生まれて初めて真鯛と対面した釣り方は、そのどれでもありません。千葉県の内房地域(富津市竹岡周辺)に残る伝統釣法でした。地名を冠して「竹岡式手ばねしゃくり真鯛」などと呼ばれています。
ごく短い手ばね竿、深さはヒロで計算
伝統釣法だけあって、工業竿もリールもPEも使いません。竹にグラスファイバーの穂先を継いだ1㍍ほどの「手ばね竿」を使います。
多くは地元の漁師たちの手作り。最初に手にしたとき、工業竿を見慣れた目には「なにこれ? 棒切れか?」という印象でした。
竿の手もとには杭が打たれて糸巻きとなっており、7号(直径0.44㍉)という太いナイロン道糸が60㍍ほど巻かれています。糸の長さはヒロ(尋)でカウントします(1ヒロ=1.5㍍)。
ヒロ計算は、面倒くさいと思われるかもしれません。
「タナは23ヒロでお願いします」
とアナウンスされ、
「え~っと、23だから1.5倍して……34.5㍍?」
とか、そんな暗算はまったくやる必要がありません。
筆者が利用する船宿の手ばね竿は、糸巻きの幅が約19㌢で、4巻き分の長さが
(19㌢×2)×4=152㌢
で約1ヒロとなっています。すなわち、4回巻き取れば1ヒロ縮み、逆に4回ほどいて送り出せば1ヒロ伸びる仕組みです。
道糸には目印として5ヒロごとに異なる色の異なるリリアン糸が結んであり、船長が深さ(ヒロ)とともに「青から8回伸ばしてください」「黄色から4回巻いてください」と指示してくれる。これに合わせて道糸を手で出し入れすればよいのです。
道糸の先には中オモリを介して5ヒロ(7.5㍍)あまりのハリスをつなげ、その先に、現代釣法「一つテンヤ真鯛」でも使われるテンヤ針を接続。活きエビや冷凍エビをつけて沈めます。最初に重たい中オモリが沈み、あとからエビをつけたテンヤ針が魚のタナへふわふわと落ちていきます。
このあと10秒前後の間隔で竿をゆっくりと大きくしゃくり上げ、エビ餌を動かして誘います。真鯛が食うと「ガツン」と強いアタリが出る。この時に手ばね竿を力いっぱいあおり、合わせを入れます。竿の役割はここまで。針に掛けたあとは竿を横へ置き、ナイロン道糸を直接たぐって魚を釣り上げます。
腕から体全体に伝わる衝撃
釣りとは、とどのつまり「人と魚の引っ張りっこ」です。この伝統釣法の醍醐味は、なんと言っても竿を介さず道糸を通して魚のパワーがじかに体に伝わってくること。
じっさいどんな釣りなのか。筆者が2018年8月、この釣りでロクマル(60㌢を超す鯛)をとったときの状況を再現してみます。
手ばねで真鯛を釣らせる船宿は内房に何軒かあります。その一つ、富津市上総湊の角ヶ谷丸で、知り合いと2人で東京湾へ出ました。
その日は干満差が小さく、魚の活性が低いとされる「若潮」。真鯛を釣るには、干満差が大きい大潮がよいとされます。明け方に港を出て、手ばね竿を果てしなくしゃくり続けましたが、なかなか釣れません。
昼前にやっと1㌔の真鯛を上げ、本命を拝めてひと安心。同市金谷の沖合。大きくしゃくり、静かに落ちていくテンヤをイメージしていると……
モゾッ
竿の穂先に微妙な違和感が出ました。何だろう、また餌取りか? 一帯はサバフグが多く、餌が頻繁にかじられる。フグと戦いながら真鯛のアタリを待つ、という状況でした。
微妙な違和感があって、ごくゆっくりと竿を持ち上げていきます。針に魚がついているかどうかを確かめるのが狙いで、アタリで鋭くあおって魚を針にかける「合わせ」と対比されて「聞き上げ」と呼ばれます。釣り必須のアクションです。
この聞き上げの最中に突然、ガツンと竿が下向きに弾かれました。猛烈なパワーで竿先が水面へ突っ込んでいく。「うわっ!」と叫んだかもしれません。
この伝統釣法では、真鯛を掛けたときの鉄則があります。手ばね竿で合わせたあと、有無を言わさず道糸を2度、3度と強くたぐり上げなければなりません。
詳しく言うと、右手で竿を高く振り上げつつ船べりから身を乗り出し、左手で水面近くの道糸をつかんで左斜め上に引っ張り上げる。これと同時に右手の竿を横へ投げ、空いた右手で水面近くの道糸をつかみ、今度は右斜め上に引く。さらに左手でつかみ、左斜め上へ。
この最初のたぐり上げには理由があります。大物が掛かった場合、引っ張る力に合わせて道糸を送り出さないとハリスが切れてしまいます。リールには一定のテンションを超えると道糸を送り出す機能があり、魚のパワーに応じて糸が出ます。だが、手ばね竿にはこれがない。あらかじめたぐっておかないと、糸の送り出しができないのです。
このときは大物が掛かることへの心構えができておらず、中途半端に1度たぐるのが精いっぱい。強烈に引っ張られる道糸を握りしめ、ワナワナしている状態でした。
糸をたぐっては送る緊迫したやり取り
「ハリス切れるぞっ!」
同船する知人が叫び、駆け寄りました。
強い引きに応じて送り出せる道糸の余裕はない。しかも竿尻にロープをつけていません。ロープをつけていれば、魚の引き込みに合わせて手ばね竿を海へ投げ、ロープでやり取りできる。道糸を握りしめて糸を出さないように耐えていると、知人が竿にロープをつけてくれました。
幸いにもその直後に魚が方向を変え、道糸を少し手繰ることができ、竿を海へ入れる「未体験ゾーン」突入は避けられました。
それにしても容易に上がってこない。「引きが強ければ、どんどん糸を出しましょう」。船長が助言をくれます。
ゆっくりと少しばかりたぐったあと、それ以上の糸が出ていく。相手が弱ると再びたぐり直します。ググーッと強烈な引きがじかに体に伝わり、道糸が素手に食い込みます。もう無我夢中。
一進一退の攻防……糸の出し入れは10分ほど続いたでしょうか。深場から上がってくる真鯛は減圧でお腹の浮き袋が膨らむため、上がってくる途中で急速に弱ります。
いよいよ取り込み。船長がやってきて、横で大きなタモ(玉網)を構えます。中オモリが現れました。残りはハリス分の5ヒロ(7.5m)。中オモリを口にくわえ、ハリスをさらにたぐります。ちなみに、たぐり上げた道糸は絡まないよう足もとの大きなタライに入れていきます。そこへ中オモリを投げ込むと絡むので、口にくわえるわけです。
おおっ!
ゆらりと水面に浮いてきた赤い魚体はまぎれもなく本命。でかい。船長が瞬速でタモに収めてくれました。
「おめでとうございます!」
タモごとドサッと筆者のそばに置かれた真鯛は赤、というよりはやや黒ずんだ魚体。生まれて初めて手ばね竿で釣ったロクマル(63㌢、3.1㌔)の鯛。喜びがこみ上げ、胸がいっぱいになります。孫針が口の中に浅くひっかかる一方、テンヤの太い親針が下あごの外側に深々と刺さっていました。これなら決してバレません。
伝統釣法を通じて「釣り」の核心に触れる
筆者は知り合いに誘われてこの伝統釣法を始めました。物好きの懐古趣味と思われるかもしれませんが、そうではありません。じつにスリリングで、一度でも鯛を釣れば、確実に病みつきになります。夢にも出てきます。とりつかれたように内房でこの釣りをやり続ける人がいるのもうなずけます。
筆者はその後、一般的な工業竿とリールを使った一つテンヤ真鯛をやるようになり、今年に入ってからはタイラバ修行を始めました。コマセ真鯛は未経験です。
さて、内房の伝統釣法、一つテンヤ真鯛、タイラバという真鯛釣りの中でのどれがいちばん面白いか、と聞かれたら……迷います。どれも、それぞれに面白さがある。
しかし、短く軽いがゆえに腕と一体化した手ばね竿で仕掛けをあやつり、針に掛けたあとは道糸を握って魚と直接向き合う伝統釣法には、面白さだけではない「何か」がある、と感じています。真鯛釣りを超えて、そもそも釣りとは何かを深く思索するきっかけを筆者に与えてくれました。
どういうことか?
それは次の回で、じっくり腰を据えて書いてみたいと思います。