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看板学部・政経の入試で数学必須化の“大勝負”に出た早稲田が受験生3割減でも「成功」と断言する理由

田中愛治・早稲田大学総長 撮影=佐々木 龍
田中愛治・早稲田大学総長 撮影=佐々木 龍

INTERVIEW 私学の雄はどう動く? 田中愛治・早稲田大学総長

政経入試の数学必須化は「成功」 若者の地元国立大志向に危機感

 看板・政治経済学部の入試で数学を必須化した早稲田大学。優秀な若者の「地元国立大志向」に待ったをかける。

(聞き手=中根正義・毎日新聞記者/市川明代・編集部)

── 政治経済学部の2021年度一般選抜(21年4月入学者)で大学入学共通テストを利用し、必須科目として初めて数学(数学Ⅰ・数学A)を課した。結果的に受験者数は3割減。「数学が苦手な受験生が逃げた」といわれている。

田中 確かに受験生は減った。だが結果としては「成功」だった。今年7月発売のある経済誌の偏差値ランキングで、政治経済学部が長年後塵(こうじん)を拝してきた慶応義塾大学の法学部、経済学部を上回った。数学を避けたい受験生が政経学部から法学部、さらには商学部に流れた結果、両学部の偏差値もアップした。早稲田と慶応、両方に合格した場合にどちらを選んだか、という数字でも逆転している。入試科目の変更は、「こういう人材を世に送り出す」という意思表示でもある。大きなリスクを取ったが、結果的に優秀な学生が入ってきた、ということだ。

数学を諦めないでほしい

── 改めて、数学を必須科目とした狙いを教えてほしい。

田中 04年の国際政治経済学科設置がきっかけになった。政治や経済を体系的に教える方針を掲げ、「経済数学入門」「統計学」「ゲーム理論入門」の数学3科目を必修とした。遅れて、既設の経済学科、政治学科でも統計学を必修とした。経済学では言わずもがな、例えば政治学であっても、授業で統計を使う場面が増えている。数学やデータ科学は、世の中に出た後、必要不可欠になる学問だ。

田中愛治・早稲田大学総長 撮影=佐々木 龍
田中愛治・早稲田大学総長 撮影=佐々木 龍

 だが、入試で英語・国語・社会のみを課している私立大学文系学部の学生は、全教科必須の国立大学と比較すると、数学に苦手意識のあるケースが多い。高校1年を終えた段階で、受験を私大に絞り、「数学を捨てる」という選択をしているからだ。同様に、私立理系を第一志望とする学生は、国語や社会を捨ててきている。高校の早い段階で数学を捨てて私大の文系のみを目指す進学指導が高校教育をゆがめてきたが、その原因となったのが私大の入試のあり方だった、という問題意識がある。

 早稲田では、学部の枠を超えてグローバルに活躍できる人材を育てる「グローバルエデュケーションセンター」で、文系学生も数学を基礎から学べる。数学は得意でなくてもいい。大学に入ってからしっかり学べばいい。受験のための数学が、数学の食わず嫌いを生んでいる可能性もある。早い段階で数学を諦めないでほしい。

── 共通テストを利用したのはなぜか。

田中 「受験生に早稲田の政治経済学部は勧めない」と予備校の先生に言われたことがある。「『種子島に伝来した鉄砲は何丁だったか』って入試問題出しましたよね。その知識は大学に入ってからどう役に立つのですか」と。「奇問・珍問を出す政経」を象徴する例として、語り草になっている。答えは「2丁」で、1丁を残し、1丁を解体して仕組みを調べた。だから鉄砲を作れるようになったのだという。「2丁」と答えさせるのではなく、「なぜ」と問うような問題にすればよかったのだろう。

 私が政治経済学部の教務主任の時に、後に学部長になる須賀晃一・現副総長と一緒に、数学を活用する教育の導入を考えた。その延長上で、須賀学部長たちは基礎的な学力を問う問題は大学入学共通テスト(当時は大学入試センター試験)に任せ、2月の2次試験で、そこから先の思考力、判断力、創造性、論理性を問う問題を課せばいいという結論に達した。

地方へのUターンを促進

── 18歳人口が減る中で、優秀な学生の奪い合いが始まっている。だが地元志向が進み、優秀な学生が地方の国立大学に取られてしまっているという現状がある。

田中 早稲田大学にはかつて、全国から学生が集まった。大学創設初期に実務を担った高田早苗や坪内逍遙(しょうよう)らが、講義録を作成して校外に配布した。それを読んだ地方の優秀な若者たちが、東京まではるばるやってきた。今は確かに、私の学生時代と比較しても、首都圏出身者が増えている。

 大都市への集中が進む中、地方の公立高校の先生たちは、とにかく地元の国立大学を受験させたいと考えている。国や教育委員会からも、そのようなプレッシャーがあるらしい。地方創生を理由に首都圏の私学の定員を抑え込もうとしているが、地元の高校を出て地元の大学を出るより、東京の大学に進んで留学したり、海外の学生と交流したりする方が、地域のためになる人材に育つのではないか。人材を抱え込むことが、本当にその地域のためになるのか。

田中愛治・早稲田大学総長 撮影=佐々木 龍
田中愛治・早稲田大学総長 撮影=佐々木 龍

 早稲田大学では、地方にUターンを促すための取り組みも始めている。18年に作った「新思考入試(地域連携型)」は、地域活性化に貢献しようという若者に、地域活性化のためにこれまで何をしてきたか、大学で何を学びたいかを記したリポートを提出してもらい、共通テストと総合問題で選抜している。また、「めざせ!都の西北奨学金」は、首都圏以外の高校出身者を対象にした奨学金で、収入・所得制限を設けて年額45万~70万円を4年間支給している。

── 創設者・大隈重信の出身地・佐賀県の早稲田佐賀中学・高校(10年設立)や、大阪府の早稲田摂陵中学・高校(09年に系属校化)も、そうした取り組みの一環か。

田中 早稲田佐賀中・高には九州全域から優秀な学生が集まっている。保護者は、我が子に九州から離れてほしくない、特に女子には地元に戻ってきてほしい、という思いがある。進学先は早稲田をはじめ、一流国立・私立大学や医学部だが、大学卒業後は地元に戻って就職する、という傾向があるようだ。早稲田摂陵はまだこれからだが、寮を持っているので、四国・中国地方などの地域から優秀な学生を集めたいと考えている。

 早稲田は北九州市に大学院情報生産システム研究科があり、18年から新思考入試の「北九州地域連携型」として北九州地域の高校を対象とした基幹理工学部の指定校推薦入試を始めた。東京にある基幹理工学部で3年まで学び、4年の卒論研究を大学院への進学を前提に北九州で実施する、という仕組みだ。多くは地元のIT企業などに就職している。

「答えのない問題」を解く

── 6月に日本私立大学連盟の会長に就任した。日本の私立大学は、今後どうあるべきか。

田中 日本の教育機関は長らく「答えのない問題」を考えることを教えてこなかった。経済力も産業力も技術力も科学力も、「米国に追い付く」という答えがあり、どうすれば一番早く米国に追い付くか、つまり、答えのある問題をどうすれば早く解けるかを考えられるのが優秀な人材だった。それが、受験戦争につながった。新型コロナウイルスのような未知なるものを前にして、答えのない問題を解く力が身についていないことを思い知らされた。

 このままでは、日本はアジアの近隣諸国にも大きく後れを取ることになるのではないか。それを防ぐには、大学教育を変えるとともに、受験のあり方も変えなくてはならない。高校教育から変える必要がある。日本全体で考えなければならない問題だ。


 ■人物略歴

たなか・あいじ

 1951年東京都生まれ。75年早稲田大学政治経済学部卒業。米オハイオ州立大学大学院政治学研究科博士課程修了、Ph.D.(政治学)取得。東洋英和女学院大学助教授、青山学院大学教授、早稲田大学政治経済学術院教授などを経て現職。

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