第4回 真鯛釣りで1世紀近くもタイムスリップした件=釣人割烹
釣り人を魅了してやまない真鯛釣り。前回は千葉・内房の伝統釣法「竹岡式しゃくり真鯛」を紹介しました。
これ、たまたま会社の先輩に誘われ、やってみたら〝ドはまり〟したという……。釣具メーカーが苦心を重ねて開発し、市場へ投入する最先端の利器に目もくれず、棒切れのような手ばね竿を振るい、魚を掛けたらエッチラ、オッチラ道糸をたぐる。筆者にとって、長くこれが唯一の鯛の釣り方でした。
しかし、現代釣法に背を向け続けるのもどうなのか。というわけで、2年前の寒い2月、千葉外房へ車を飛ばしました。いわゆる「一つテンヤ真鯛」という釣り方に初めて挑みます。名前の通り、オモリと針が一体化した「テンヤ仕掛け」に活きエビをつけて食わせます。
このテンヤ仕掛けは伝統釣法でも使います。「手ばねの釣りと同じだろう」と、最初は考えていました。ところが、実際にやってみて驚いた。おなじ魚をおなじ仕掛けで釣るのに、針に掛ける感覚も、魚を手もとに寄せるスタイルもまったくちがう。「対極の釣り方」と言っていい。
どういうことか。今昔二つのスタイルを比べながら、釣りの摩訶不思議な魅力の核心に迫っていこうと思います。
「PE」がもたらした釣り革命
一つテンヤ真鯛で使う道糸は、PE(ピーイー)1号前後が標準です。わたしは0.8号を使いました。PEというのは「ポリエチレン(polyethylene)」の繊維で編んだ釣り糸の略です。
PE0.8号の太さは直径0.153㍉。伝統釣法で使うナイロン7号(0.44㍉)の3分の1しかありません。なんとも細い。最初は文字通り心細い気分でした。
ちなみに、筆者は漫画「釣りキチ三平」を愛読し、80年代始めの中学時代まで釣りにドップリはまっていました。当時、釣り糸といえばナイロンしか見たことがありません。
その後、高校に進んで釣りから足を洗います。そしてつい10年ほど前、会社の先輩に船釣りに誘われ情熱が再燃したわけですが、道具をそろえるために釣具店に行ったら、浦島太郎状態。最初に戸惑ったのが「PE」でした。
先輩に真顔で尋ねました。
「なんか『ぺ』という糸が売っていた。『ぺ』ってなんですか?」
PEは1990年代から普及し、釣りに革命的変化をもたらしました。同じ太さのナイロンに比べ、5倍前後の引っ張り強度があるとされます。
太いナイロン道糸の時代、対応するリールは大型でした。また、太い糸は潮の抵抗が大きく流される(潮受けする)ため重いオモリが必要で、それを背負う太くて強い竿が必要でした。
そこへPEラインが登場し、状況ががらりと変わりました。リールや竿の軽量化が進み、いわゆる「ライトタックル」(竿やリール、道糸、仕掛け一式を「タックル」と言う)が主流となります。
現代の一つテンヤ釣法は、PEによる「釣り革命」の最先端に位置しています。
一方、リールが初めて日本に輸入されたのは昭和初期と言われており、手ばね竿はそれ以前の時代。伝統釣法からいきなり1世紀近くもタイムスリップした感じです。
仕掛けが流されずに落ちていく
初釣行で選んだ船宿は、外房・飯岡の幸(さち)丸。冷え込みの厳しい午前4時半、まだ真っ暗な港を出て沖を目指します。
この釣り方では専用ロッドも売られていますが、筆者は愛用の汎用ロッド(いろんな魚種や釣り方に対応する竿)に安いスピニングリールで臨みました。
1時間ほどでポイントにつき、活きエビをテンヤにつけて投入します。水深は36㍍。
外海は東京湾と違ってうねりがあり、潮もけっこう速い。しかし、さすがは細いPEです。潮受けは小さく、一定の角度を保ってするすると波間に吸い込まれていきます。
仕掛けの一つテンヤも非常に軽いものでしたがスルスルと沈降。底に着く「トン」という感触が伝わり、張っていた糸がフワッとゆるみます。
「おおっ!」
まず、これに感動しました。
真鯛釣りでは仕掛けをしっかり着底させる「底取り」が基本です。PEではなく太いナイロン糸ならこうはいかない。潮受けして果てしなく流され、仕掛けが底にたどりつかないでしょう。このため「手ばねしゃくり真鯛」では、潮のゆるい東京湾でも道糸とハリスの間に中オモリをつけます。
仕掛けが底に着き、まずは基本通りの誘いでフワッと大きく竿をあおります。そのあと竿を水平に戻し、テンヤのエビ餌をユラユラ落としていく。上から落ちてくるものに興味を示す真鯛を誘います。10秒ほど待って、アタリがなければ、またフワッと……。
コツン。
アタリが竿先に伝わってきました。ひと呼吸置く。
ココン……
次のアタリで鋭く竿をあおると、竿に重みが乗って曲がります。リールを巻くと「グググン……グググン……」と断続的にのされる。針に掛かったあと底へ向かって突っ込みを見せる、いわゆる「真鯛の三段引き」です。
水面に浮いてきたのは小ぶりですが美しい本命でした。
アタリが鮮明に伝わってくる
ひどく興奮しました。真鯛が釣れたこともうれしいのですが、それよりも、アタリが鮮烈に手もとまで伝わってくることに驚き、感動したのです。
伝統釣法の場合、すでに述べたように、潮受けする道糸を沈めるために中オモリをかませる。そこから長さ5ヒロ(7.5㍍)のハリスの先に一つテンヤ仕掛けが結ばれ、ただよっているわけです。仕掛けへの魚の微妙なサワリやアタリは中オモリに邪魔され、手もとまでしっかり伝わってきません。真鯛が仕掛けをくわえ込んで走り、初めて強いアタリが出る。
そもそも、中オモリを底から5ヒロ(ハリスの長さ分)の水深に沈めていますが、その先の仕掛けが底に着いたかどうかも分からない。速い底潮でテンヤが底から離れ、吹き上がっているかもしれません。
これに対し、中オモリを排して仕掛けを直結したPEでは、着底はもちろん、底が砂地か岩場か、魚のサワリやアタリまでしっかり分かる。ことによると魚が近づいて仕掛けの周囲を泳ぐ気配すら伝わってきそうです(そりゃないか笑)。
かくしてコン、ココン、コココンというアタリに適切に合わせを入れ、食べごろサイズの真鯛を快調にどんどん釣っていきます。アタリを感じて合わせを入れ、針掛かりさせるという魚との駆け引きやゲーム性を楽しむには、手ばね竿の釣りより現代釣法の方が断然いいと思いました。
キロオーバーが掛かった!
日がだいぶ高くなり、小さめの鯛を何枚か釣ったあと、ふいに来ました。
無防備な「コン、コン……」というアタリに合わせると、異様な重みで竿がのされ、穂先が海へ刺さります。「ズドンッ」という感じの衝撃でした。
リールのスプールが「ジイイーッ」と音を立てて回転し、道糸が勢いよく出ていく。
細く強靱なPEですが、ナイロンと違って伸びがほとんどありません。大きな魚の強い引きに逆らって引っ張り続けると、衝撃で魚のバラシ(針が外れること)につながったり、道糸やハリスが切れたりしかねない。
これらを防ぐ役割を、竿とリールが担っています。
折れずによく曲がる優秀な工業竿は、引きのパワーを吸収し、魚をいなしてくれます。だが竿にも限界がある。
そこで力を発揮するのがリールのドラグ機能です。
ドラグには、糸を巻いたスプール自体の回転を押さえ込む役割があります。いっぱいまで締め込めばスプールは動かない。完全に緩めれば回転して糸がどんどん出ていく。真鯛釣りではドラグの締め具合を1㌔前後に調整します。これを超える力がかかるとスプールが回って糸が勝手に送り出される仕組みです。
魚がどこまで走るか……。抵抗はいつまでも続きません。逃げる魚はドラグの力で1㌔の負荷を背負っている。しばらく走ったあと息切れし、寄ってきます。
ゆらり。水面に浮いた本命はキロオーバーの良いサイズです。船長が玉網ですくってくれました。
寄せの面白さは伝統釣法に軍配
こうして快調に楽しく釣る一方で、別の感想もわいてきました。針に掛けたあと、巻き上げて取り込むまでの「寄せ」が、何となく物足りないのです。
真鯛を掛けたあと、引き込みを無視して竿をしっかりしならせつつリールのハンドルを巻けば、バラさずに寄せられます。
一方、伝統釣法では、合わせを入れ針掛かりさせたら竿の役割は終わり。その後の寄せは太いナイロン道糸と自分の両手が頼りです。
実際にやってみると分かりますが、掛けた大鯛と強引に引っ張りっこしても、ナイロン糸は「ビョーン」と言う感じでよく伸びます。
魚が釣り人に背を向け猛然と突っ走るときは握った手を緩め、道糸をスルスルと送り出します。魚が止まれば今度は釣り人の番。道糸をキュッと握ってたぐります。道糸が容赦なく手に食い込み、魚のパワーがじかに全身に伝わってくる。
針に掛けたあとの寄せのプロセスは、伝統釣法が圧倒的に面白いと思います。工業製のリールと竿は便利ですが、極端に言えば機械的で退屈な作業です。
今昔の釣りは一長一短
人間の手こそ、魚のパワーに応じて瞬時に無段階に変化するドラグ機能つきのリールなのだった――。初めての一つテンヤでリールを巻きながら、そんな感想を抱きました。
いや、逆です。人が直接わが手で道糸をあやつる魚とのやり取りを、「ハンドル(糸の巻き上げ)」と「ドラグ(送り出し)」という二つの機能に分解し、一個の機械にまとめたものがリールなのでした。
ちなみに、魚のパワーを吸収する道糸の伸びはナイロンからPEに変わって失われ、工業竿の粘りやしなりに置き換えられた、と考えられます。
整理すれば、こういうことになるでしょう。
【伝統釣法=アタリは取りにくいが、寄せはスリリング】
・手ばね竿のしゃくり(誘い)&合わせ
・道糸の「伸び」
・手のひらで道糸をあやつる力加減
【現代釣法=アタリ明確でゲーム性高いが、寄せは単調】
・工業竿のしゃくり&合わせ&しなり
・リールのドラグ機能
二つの釣り方、なんとも対照的です。
初めての一つテンヤ釣行で外房・飯岡沖は朝から活性が高く、順調に釣れ続けました。途中、潮止まりでアタリが途絶える時間がありましたが、終盤、魚と手が合い、周囲にアタリが出ないなか、立て続けに5回連続で本命をとりました。
「それでは港に戻りますね~。お疲れさまでした~」
午前11時ちょうどに船長の終了アナウンス。
伝統釣法では釣れても3~4枚で、ボウズも珍しくない。現代釣法に挑んだこの日も「最低1枚は釣りたい」という控えめな目標で臨みましたが、ふたを開ければ驚きの10枚超え。いわゆる「ビギナーズラック」というやつですが、アタリの取りにくい手ばねの釣りで、知らず感覚が鍛えられていたのかもしれません。
技術革新で釣りはどんどん便利になり、釣れる魚種も場所も拡大していきます。本命をたくさん釣る威力も、明らかに現代釣法が手ばねの釣りを上回っています。が、それで失った魚とのやり取りの味わいもないわけじゃない。そんな複雑な感想を抱きながら、船を下りました。