経済・企業注目の特集

まったく新しい半導体が生まれる NTTの技術「光電融合」の異次元の省エネ性

省エネ・微細化の限界突破 NTTの“光”半導体革命=浜田健太郎

 <これから来る! 脱炭素・DX 技術革命>

「政府は近く、DX(デジタルトランスフォーメーション)を推進するための新たな『列島改造論』を打ち出す。この分野で大きく遅れている日本を一気に変えようとの構想だ」──。(脱炭素・DX 技術革命 特集はこちら)

 英調査会社オムディアのシニアコンサルティングディレクターで、半導体アナリストの南川明氏はこう語る。

 列島改造論は、今から50年前、高度経済成長期末の1972(昭和47)年に当時の田中角栄首相が打ち出した政策綱領。その立案に当たったのが通商産業省(現経済産業省)出身の小長啓一首相秘書官だった。小長氏の後輩に当たる経産省の官僚たちが、改造論の「令和版」の策定を進めており、そこには日本における半導体の再強化策も含まれているという。南川氏は、「バックには米国がいる。中国とのハイテク冷戦は長期化が必至なので、日本にDXと半導体を強化してもらいたいとの米政府の意向がある」と指摘する。

 1990年代前半に世界で5割を超えた日本の半導体メーカーのシェアは、2020年には10%に落ち込んだ。「日の丸半導体」の凋落(ちょうらく)を憂える声も強い中、「まだチャンスはある」と唱える企業がある。通信国内最大手のNTTだ。

 半導体の主流であるCMOS(シーモス)(相補性金属酸化膜半導体)の性能向上に寄与してきた微細加工技術の限界が近年意識されるなか、NTTは、その壁を突破するための新たなブレークスルー(革新)を見いだしたのだ。

データ爆発と気候変動

 半導体チップに搭載するトランジスタの集積度が2年で倍増する「ムーアの法則」に従い、特にこの30年間はCPU(中央演算処理装置)やメモリーの性能が飛躍的に向上した。ICT(情報通信技術)産業が勃興し、米国の「GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)」に代表されるインターネットの覇者を生み出した。

 ところが、微細化が急速に進展した結果、最先端の半導体集積回路の線幅は、最小の微細な粒子である原子のレベルに近づいている。それよって、コンピューターの性能向上は頭打ちとなり、同時に計算量当たりの電力消費量は下げ止まっている。

 一方で、5G(第5世代移動通信システム)の商用サービス開始や、AI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)などの普及により、ICTネットワーク上に流通するデータ量は、爆発的に増大している。米調査会社IDCによると、18年に33ゼタバイト(ゼタは10の21乗)だった世界のデータ量は25年には175ゼタバイトと5・3倍に増えると見込まれている(図1)。

ロシアにある暗号資産(仮想通貨)のマイニング(採掘)施設。大量のコンピューターが必要となり膨大な電力を消費することが懸念されている(今年3月、ロシア北西部ナボドイツィーで) Bloomberg
ロシアにある暗号資産(仮想通貨)のマイニング(採掘)施設。大量のコンピューターが必要となり膨大な電力を消費することが懸念されている(今年3月、ロシア北西部ナボドイツィーで) Bloomberg

 そこで懸念されるのが気候変動問題への影響だ。英石油メジャーBPによると全世界の電力供給の約6割は天然ガスや石炭などの火力発電に依存している。ICT機器の消費電力を引き下げる技術革新がなければ、成長領域であるDXの推進は気候変動対策の阻害要因になってしまう。

 このジレンマを解消する技術の開発でNTTは世界の先頭を走る。同社は、電子によるデータの処理と「光」による通信伝送をそれぞれ担う機能を接合させることで、消費電力を従来に比べて桁違いに効率化させると同時に、データ処理の超高速化への道を開く「光電融合」と呼ばれる研究開発を続けてきた。

 いま、その実用化にめどを付けた。これを中核技術として、ネットワークから端末、半導体などのデバイス群のすべてに光ベースの技術を導入し、従来にないサービスを実現する「IOWN」(アイオン)という構想を提唱している。NTTの澤田純社長は、昨年11月末のIOWNの研究開発に関する発表会で、光電融合とIOWNについて、「社会に変革を促すゲームチェンジになるだろう」と強調した。

 NTTは日本全体の電力需要の約1%を消費する大口需要家という事情もある。同社は温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を40年に達成するよう目指しており、IOWNによる電力消費低減効果で削減の45%を、残り45%を再生可能エネルギーの調達などで賄う考えだ(図2)。

“超”強力デバイス

 だが、光電融合の目的は消費電力の低減だけではない。

「“超”強力なデバイスを作るためだ」。NTTの技術部門トップ、川添雄彦常務執行役員は強調する。現実の世界から収集したさまざまなデータを活用して今後次々と生み出される新たなアプリケーション(用途)を実現するためには、現在の“電子”技術の限界を突破しなければならない。それには、「“光”の処理が可能で、従来の性能をはるかに上回る強力でかつ汎用(はんよう)的なハードウエアが必要だ」(川添氏)。

 NTTは19年から20年にかけて、光電融合を実用化するための「光トランジスタ」「全光スイッチ」「光論理ゲート」などの技術開発に成功したと発表した。

 光トランジスタは、電気信号を光信号に、光信号を電気信号に変換し、入力した光信号を別の光に変換・増幅する素子。「昔は大きな装置が必要だったが、いまではコインサイズのチップで可能になった」(川添氏)という。全光スイッチとは、光信号のオン/オフや光の行き先を切り替える。光論理ゲートは超高速の演算処理を担う。NTTは、これらの光電融合のデバイスを搭載した機器を配置した「オールフォトニクス・ネットワーク」を構築し、ICTインフラの性能を格段に向上させることを狙っている(図3)。

 NTTは20年1月、「IOWNグローバル・フォーラム」をソニー、米インテルと共同で設立。本部を米マサチューセッツ州に置いた。インテルの創業者の一人は「ムーアの法則」を提唱したゴードン・ムーア氏。川添氏によれば「半導体を熟知している」というインテルが当初からIOWN構想に加わった意味は大きい。今年9月時点で、同フォーラムにはアジアや米欧など75の企業や団体、研究機関などが参加する。NTTは26年をめどにIOWNの導入を開始する意向だ。

 南川氏は、NTTによる光電融合の開発状況について、「世界を大きくリードしている。基礎研究を長年続けてきた成果だ」と指摘する一方で、「(半導体の製造)コストをどの程度低減できるか分からない」と課題も挙げる。

 また、光電融合デバイスの主な機能が、CPUのような頭脳ではなく、通信ネットワークとの内部のデバイス群とのインターフェース(接点)にあるとすれば、市場規模も限定的なものになる可能性がある。WSTS(世界半導体市場統計)によると、世界の半導体市場の規模は約48兆円(20年)。うちメモリーは約13兆円、パソコンなどに搭載するマイクロプロセッサーは7・6兆円だ。これに対して「光電融合関連は大きくて1兆円程度ではないか」(南川氏)。

日本半導体、最後の好機

 しかし、光電融合は大きな潜在力を秘めていることも確かだ。

 光電融合の名の通り、IOWNが実用化に入っても、しばらくは光とともに電気・電子によるデータ処理が続く。川添氏は、「電子データを集積して処理するための(CPUなどの)デバイスは、TSMC(台湾積体電路製造)の半導体工場などが担い、それらの部品を載せてネットワークに設置する機器のインターフェースは光の処理に置き換わっていく。ここを担う新しい生産体制は、ぜひ、日本で取りたい。ファウンドリー(半導体受託製造会社)など生産拠点の一部を日本が担うことが必要だ」と力を込めた。

 そうした生産体制構築も視野に入れて、NTTは今年4月、富士通の半導体設計子会社を買収すると発表している。

 NTTは前身の電信電話公社時代から電話交換機(コンピューターの一種)用の需要が、NEC、富士通、日立製作所などの「ファミリー企業」の半導体事業を支えた。ただ、当時の存在感は需要家の域を超えていた。77年に旧電電公社は世界に先駆けて64キロビットの超LSIメモリーの試作に成功するなど、「家長」として半導体の研究開発で主導的な役割を果たした。「NTTこそが日本の半導体開発の元締めだ」との指摘もある。

 政府が打ち出しているグリーン成長戦略では、30年に約140兆円、50年に約290兆円の経済効果および約1800万人の雇用効果を見込む。その実現には光電融合などの新しいデバイス群の推進が必須だ。それは同時に、「日本の半導体復権」の最後のチャンスになるかもしれない。

(浜田健太郎・編集部)

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