経済・企業

中国が外資に課す“合弁の壁”を最初に乗り越えた米テスラ=松田精一郎

テスラの上海工場「ギガ・シャンハイ」設置の背景には市政府とのディールがあった Bloomberg
テスラの上海工場「ギガ・シャンハイ」設置の背景には市政府とのディールがあった Bloomberg

クルマの勝負所

 米テスラの躍進は成長市場の政府とウィンウィンの関係を築いたことが大きい。出遅れたトヨタも急ピッチで巻き返す。>>>特集「ここで勝つ!半導体・EV・エネルギー」はこちら

最大市場で優位を築いたテスラ 貿易戦争でも“中国と利害一致”=松田精一郎

 中国は販売台数で世界最大の自動車市場であり、2位の米国を抜き去って久しい。国際自動車工業連合会(OICA)によると、2021年の新車販売台数は、世界全体で8268万台。日本445万台、米国1541万台に対し、中国は2627万台と米国の1.7倍、そして世界販売の3割は中国という計算だ。自動車メーカーの生存戦略上、中国市場がいかに重要かを端的に示す事実だ。

 2018年5月10日、米テスラは同社の香港法人を株主とする「テスラ(上海)有限公司」の営業許可証を獲得した。設立時の資本金は1億元(当時で約17.3億円)。外資の自動車産業として初めて、中国の現地企業との合弁会社ではない「独資の外資系自動車メーカー」として進出した。背景には米トランプ政権下で始まった米中対立があった。

 テスラは、14年に中国で販売開始、17年には全体の売り上げの2割近くを中国が占めた。当時、テスラのEVには25%の関税が課され、中国民族系メーカーとの価格差は機会損失となる大きな足かせだった。17年当時、トランプ大統領は中国で生産される安価な粗鋼などをやり玉に挙げ、中国の貿易不均衡を批判していた。

 一方、テスラのイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)は中国を「急拡大する非常に有望な市場」と捉えていた。トランプ氏が中国を「不公平なルールで米国の労働者を脅かす国」と捉えたのに対し、マスク氏は全く別の認識を持っていたともいえる。当初トランプ政権の経済諮問会議に招集されたマスク氏は、会議メンバー辞任後も米中対立下でのトランプ氏の「ディール」を横目にうまく立ち回り、独資での中国進出に向けた大きな契機を得た。その後、上海の製造子会社の設立に関する中国当局との交渉で当局側が「合弁会社(中国企業51%、外資企業49%)での設立、技術移転」を求めて交渉は難航したが、最終的に独資での進出を勝ち取った。

 中国政府は18年4月、「年内に新エネルギー車(NEV)専業であれば外資の出資制限(合弁の強制)を撤廃する」と発表した。NEVに関して独資を認める決定をした背景には、既存のガソリンエンジンなど内燃機関やハイブリッドを動力源とする自動車産業では、合弁規制があっても民族系自動車メーカーが一大勢力を築くには至らなかったことから、NEVのカテゴリーからハイブリッドを外して優遇策から除外するとともに、EVに注力することで、巨大な市場規模をテコに自動車産業のパラダイムチェンジを狙っていることがあるのだろう。一方で、テスラの中国進出は、NIO(ニオ)(上海蔚来汽車)など中国国内のEVベンチャーに強い危機感を促した。

マスク氏の深謀遠慮

 テスラも中国の要求に応えた。自社工場「ギガ・シャンハイ」が置かれた上海市の政府は、用地確保を含め破格の優遇を提供したが、それは、テスラ側が見返りとして、既存の自動車企業では絶対にのめないほどの、(1)短期間での工場稼働と、(2)大量の車両輸出──を約束するのが条件だった。

 マスク氏にとって中国は、生産地としてだけでなく、潤沢な購入補助金など政策的インセンティブと、スピード感のない競合他社に対する優位性を確保できる格好の市場であった。中国もまたEVのエコシステムを構築し、世界的な自動車企業を作るという自国の政策実現のために独資での進出を認めたのではないだろうか。その後、中国政府が合弁会社での外資系自動車メーカー進出を、「NEV専業」に限り3社目も認める決定を下すと、独フォルクスワーゲン(VW)や米フォード・モーター、仏ルノー・日産自動車連合が即座に呼応した。その一方で、EV投入に慎重だったトヨタ自動車、ホンダ、三菱自動車の日系や、商品として電動車のラインアップに欠ける米伊フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)は完全に出遅れた。

 出遅れ組の中で中国ビジネスに積極的にコミットして巻き返しを図っているのがトヨタだ。その背景にはハイブリッド車(HV)中心の世界戦略に狂いが生じた苦い経験があるとの見方がある。

 HV開発では大半の特許をトヨタが押さえており、残りもホンダが取得したといわれる。その結果、欧米メーカーはすぐにHV路線を取れなかった。特にVWなど欧州勢はHVへの対抗軸として「クリーンディーゼル」を掲げたが、排ガス不正に手を染めて失速。起死回生の策として欧州勢がEVへひた走ったのも、ある意味では日本勢が欧州勢を「仲間」として取り込めなかったためという側面もあるのではないか。

トヨタは“仲間づくり”へ

 トヨタは15年1月に水素燃料電池に関する特許を無償提供すると発表、中国でも水素燃料電池技術を中国との協力関係を象徴するものの一つとし、昨年には清華大学系の北京億華通科技との折半出資で、燃料電池車(FCV)の基幹システムを現地生産すると発表した。中国政府はFCVをNEVの一種として重視する。トヨタは同分野で積極的に貢献することで、中国の市場規模と政府支援をテコに、水素燃料電池の「仲間づくり」「エコシステムづくり」を狙っているように映る。

 トヨタの積極姿勢は、独自技術で戦うベンチャーにとってもビジネス拡大の好機だ。自動車にも使われるLEDで、青色や赤色のライトを作る塗布技術で高いシェアを持つエムテックスマート(横浜市)がある。同社が開発したLEDチップ上に蛍光体を塗布する「薄膜積層コーティング装置」は、世界の大手LEDメーカー各社が採用する。エムテックスマートの創業者は、かつて接着コーティング機器分野の世界的大手、米ノードソンの日本法人で開発担当役員を務めていた松永正文氏だ。現在は、薄膜積層技術を燃料電池や次世代型2次電池の電極形成に広げることで事業分野を拡大した。

 その背景にあるのが、中国企業が大挙してLED生産に参入した結果、価格低下が起きたことで製造装置を開発する同社にとってもうからなくなったことと、中国における2次電池と燃料電池のプラグインハイブリッド車(PHV)の生産拡大だった。事業としての危機と機会が、どちらも中国からもたらされ、その機会拡大にトヨタの活動が影響しているように見えるのは象徴的だ。

(松田精一郎・産業ジャーナリスト)

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