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経済・企業 エコノミストリポート

製造業DXで世界へ挑む日本企業はBtoBの誇りを捨てよ=田中道昭

テスラのフリーモント工場。生産性で全米一に(2019年10月、カリフォルニア州) Bloomberg
テスラのフリーモント工場。生産性で全米一に(2019年10月、カリフォルニア州) Bloomberg

製造業DX

 米テック企業がリードする「DX」。日立など日本の大手電機も注力するが、巨大な先行者に対抗するのは容易ではない。

テスラの製造能力はトヨタの1.8倍

アマゾンも工場の仮想運用ツールを提供

 米国で最も生産性の高い自動車工場はテスラのフリーモント工場(カリフォルニア州)だ。米ブルームバーグ通信は今年1月、「2021年テスラのフリーモント工場は70の北米自動車工場のどこよりも生産性に優れていた」と報じた。その製造能力は週平均8550台。2番手につけたトヨタ自動車のジョージタウン工場(ケンタッキー州)は週平均8427台だった(図1)。単位面積当たりの製造能力で見れば差は歴然とする。トヨタの9台(週平均、1万平方フィート当たり)に対しテスラは16台(同)。テスラの製造能力はトヨタの約1.8倍という計算になる。トヨタを超える生産性と量産体制を備えたテスラ。その強さの源泉はどこにあるのか。

 テスラといえばEV(電気自動車)メーカーとして知られるが、その本質はテクノロジー企業だ。テスラ車は常時インターネットに接続されており、ハード(車体)を刷新しないまま、自動運転などのソフト面の性能を高め続けている。スマホなどテクノロジー産業ではおなじみの「ソフトウエアをアップデートする」発想だ。

テスラの「物理学」

テスラのマスクCEO。自動車の生産現場の革命をもたらした(2020年12月、ベルリン) Bloomberg
テスラのマスクCEO。自動車の生産現場の革命をもたらした(2020年12月、ベルリン) Bloomberg

 テスラの工場「ギガファクトリー」も革新的だ。大学で物理学を専攻したイーロン・マスクCEOは「現状や常識を疑う」という物理学的思考を工場に持ち込んだ。「工場もプロダクトであると考える」「工場を、マシンを作るマシンと考える」「マシンである自動車を進化させるより、マシンを作る工場を進化させたほうが10倍も効果が高い」。いずれも16年株主総会での発言である。

 従来、工場といえば労働投入量や稼働率、労働分配率、在庫回転日数などを指標に運営されていた。だがギガファクトリーが重視するのは「アウトプット(生産台数)=ボリューム(生産規模)×密度(サプライヤーを含めた生産拠点の稠密(ちゅうみつ)性)×速度」の公式だという。密度とは、太陽光発電や蓄電池などの生産拠点をギガファクトリーに隣接させていることを指す。独自の組み立てラインも速度に貢献している。

 自動車工場では、生産ラインで製造過程にある車両を搬送するコンベヤーで運ばれてくるのが一般的だ。これに対しテスラでは、車両が無人搬送車の上に載せられてラインを流れてくる。これなら車両に不具合をみつけてもコンベヤーを止める必要がなく、不具合のあった車両だけを除けばいい。工場の拡張性、柔軟性、機動性の向上にも優れた手法といえるだろう。この手法は、生産プロセスの徹底的なデジタル化があって初めてなし得ることでもある。ギガファクトリーとは、世界最先端の「製造業DX」実践の場なのである。

アマゾンの最新工場

 世界最強のテクノロジーカンパニーの一つであるアマゾンも製造業DXへと乗り出している。クラウドコンピューティングサービスのアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)を進化させることで、B2Bの領域でのビジネスをけん引する。

 20年12月開催の年次イベント「AWSリインベント2020」で「アマゾン・モニトロン」を発表。これは工場などにある産業機器にIoTセンサーを取り付け、AWSにデータを吸い上げることで機器を監視し、「予知保全プログラム」を実行するというもの。故障や異常が発生してから対応を行う「事後保全」とは異なり、障害発生前にメンテナンスを行うことで、予定外の稼働停止を削減できる。

 翌年の「AWSリインベント2021」では新たに、デジタルツインの構築と維持運用を簡単にする「AWS IoTツインメーカー」を発表した。従来、新しい製品をテストするには実際にモノを作る以外に方法はなかった。デジタルツインは、現実世界から収集したデータを「双子」のようにサイバー空間で再現する技術だが、データの収集など作業は煩雑である。しかしツインメーカーがあれば、工場や建物などのデジタルツインを簡単に作成できる。例えば工場のデジタルツインを作成し、工場の運営を常時監視する、生産性向上に向けてシミュレーションするなどの用途が期待される。

 AWSリインベントを貫くテーマは「AWSがどのように企業のDXを簡単にするか」である。その一方でアマゾンは、「B2BとB2Cの利害が対立したらB2Cを選ぶ」と明言するほど、徹底した顧客中心主義の企業であることを認識する必要がある。ツインメーカーの根源にも同様の発想がある。

 AWSの自社ブログでは、アマゾン・ジャパンのエンジニアがツインメーカーを活用して、自分の部屋の「双子」をネット上に登場させて、リアルタイムで作業を行うよう試みていた。 開発者レベルのスキルが要求されるとはいえ、ユーザー自らデジタルツインを作成できる環境がツインメーカーによって実現しているのだ。アマゾンの顧客中心主義は創業以来のビジョンであり、アマゾンを世界最強のテクノロジー企業へと押し上げた原動力だ。それが製造業DXのサービスにも受け継がれている。製造業DXにおける覇権をもアマゾンが握りかねない。

日立・東芝・パナが追随

 日本の製造業もDXの動きを加速させており、特に大手電機メーカーが熱心だ。自社の改革にとどまらず、顧客企業にDX導入のソリューションを提供して収益化を狙うという発想がそこにある。

 国内で先頭を走るのが日立製作所だ。昨年7月に、米国デジタルエンジニアリングサービス大手のグローバルロジックの買収を完了した。約1兆円に上る同買収によってDXを加速し、IoTサービス「ルマーダ」関連事業をグローバルに拡大させる計画だ。16年に開始したルマーダは、21年度には売り上げ収益が1兆6090億円にまで成長し、22年度には1兆9200億円と約2割の増収を狙う(図2)。

 ルマーダは、「顧客が持つデータから知見や価値を引き出し、経営課題の解決や事業の成長に貢献する」というコンセプトのサービスである。IT、OT(オペレーション・テクノロジー=現場技術)、製品を掛け合わせた相乗効果により新しい価値を生み出すプラットフォームという触れ込みだ。今後、ルマーダを基軸に顧客との共創を進め、日立が従来、事業領域とするIT、エネルギー、インダストリー(産業機器など)、モビリティー(鉄道など)、ライフ(ヘルスケアなど)の5分野で価値創出を図るのが同社の基本戦略だ。

 パナソニックホールディングス(HD)も大型買収に動いた。米国サプライチェーン・ソフトウエア大手のブルーヨンダーを約8600億円で買収(21年9月)。今年5月にはブルーヨンダーを中心とする事業について新会社を設立し、上場を目指す方針を明らかにした。ブルーヨンダーは、サプライチェーン分野でAIを活用して、製品の需要や納期を予測するソフトウエア開発を手掛ける。小売り、消費財、自動車、製造などの業界で約3300社の顧客を持つ。パナソニックHDはブルーヨンダーを傘下に置くことで、パナソニックHDが持つセンシングやロボティクスのハードウエアに関する知見や経験と、ブルーヨンダーのソフトウエア、AIやコンピューティングに関する強みを融合させ、サプライチェーン関連事業を強化・加速させる狙いだ。

 東芝の島田太郎社長兼CEOは今年3月1日の就任会見で、「私はデジタルが分かる最初の社長だ」と強調した。就任直後に開催されたオンラインイベントで、今後のDX化への基本戦略を示した。従来のハードウエアが主導する物作りからソフトウエアが製造の中核となる「ソフトウエア・デファインド」を変革の軸にすること、既存のビジネスのバリューチェーン(価値の連鎖)をデジタル化することで生まれるデータを活用し、新たなプラットフォーム(事業基盤)を提供することを挙げた。同社が従来、研究開発を継続してきた量子技術の実用化をにらんだ「量子トランスフォーメーション」にも言及した。

日本を捨てられるか

 筆者は、ある講演で島田社長と同席した経験から、島田氏がDXに深い造詣を持つと理解している。ただ、いまだ経営体制をめぐって先行き不透明な東芝において、どこまで島田氏が描いている構想が実現に進むかは未知数な点も多いだろう。

 日本の製造業がDXを強化する方向性自体は妥当なものだ。だが製造業DXをめぐる戦いにあたり、日本企業の武器が従来どおりの「すり合わせ」「現場力」「暗黙知」などに限定されるようでは勝ち目がないだろう。

 筆者が日本企業に期待するのは、誤解を恐れずにいうならば「B2B事業者としての誇りを捨てる」ことだ。デジタル化にはあらゆるものをつなげる側面があるが、B2B企業でも顧客とスマホなどを介して直接つながり始めた。そして覇権を握るのは、その顧客とのつながりのなかで優れた顧客体験を提供した企業である。GAFAなど米巨大テック企業の今日の姿は、顧客と親密な関係性を築くことで勝ち取った成果に他ならない。

 ひるがえって日本の製造業はどうだろう。日立やパナソニックなど日本の製造業もB2Cに足場を築いているが、消費者と真正面に向き合うことに及び腰に見える。とりわけ、アマゾンの徹底した顧客中心主義は、従来の「日本の製造業」から脱皮できない企業にとって、きわめて重要な示唆を提示しているといえるだろう。

(田中道昭・立教大学ビジネススクール教授)

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