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星野リゾートがコロナ禍で明示した「戦略コンセプト」から得られる三つの教訓 藤原雅俊

観光業はコロナ禍で大きな打撃を受けたが、徐々に活気が戻りつつある(京都・二年坂)Bloomberg
観光業はコロナ禍で大きな打撃を受けたが、徐々に活気が戻りつつある(京都・二年坂)Bloomberg

 経営者が自社の強みの本質を深くつかんでいれば、多様な環境に適用可能な柔軟性が生まれる。それは、コロナ禍のような危機対応でこそ発揮される。

星野リゾートが対コロナ戦略を公表したのは緊急事態宣言の2週間後

 日常が戻りつつある。海外観光客の受け入れが進み、行動制限のない夏を経て、観光業にも徐々に活気が感じられるようになってきた。

 今回の新型コロナウイルス禍において、観光業は最も深刻な打撃を受けた代表的産業だ。右肩上がりだったインバウンド需要は突如消滅し、国内でもさまざまな制約によって旅行しづらい状況が続いた。

 この危機を突破すべく、観光事業者はそれぞれ独自の工夫を凝らしてきた。中でも星野リゾートが展開した諸策については学ぶところが多い。同社を率いる星野佳路氏への取材記事については『一橋ビジネスレビュー』秋号(東洋経済新報社)に譲るとして、ここでは筆者が学んだ教訓を紹介したい。

 星野氏は、2020年に到来したコロナ禍が経営者人生最大の危機だったと振り返る。この危機に直面した星野氏がまず行ったのは、優先順位の組み替えだった。それまで最重要視していたブランド投資の優先度を一時的に引き下げ、なんとしても倒産を防ぐべく「現金をつかんで離さない」ことを最優先事項とした。

 この点だけでもかなり引き込まれる。だが、さらに興味深いのは、もう一つの点だ。それが戦略コンセプトの設定である。ここからは少なくとも三つの教訓が得られる。

明示、速度、自社の強み

 第一に、そもそもの話だが、危機を乗り切る戦略コンセプトを明示することの大切さだ。コロナ禍が始まり激変した環境の中で、現場レベルの対応策を模索した企業はたしかに多かったものの、全社としてどこに進むかを端的に示した経営者は少なかったと感じる。だが、星野氏はコロナ禍を乗り切る道を明確なコンセプトで示した。それも、使い古された言葉ではなく、新鮮な響きを持つ言葉にこだわって。

 それが「マイクロツーリズム」だ。海外のみならず、国内でも長距離移動を伴う観光需要が消えた中、星野氏はマイクロツーリズムというコンセプトを掲げ、1〜2時間の移動で済む近距離観光者をターゲットとして定めた。会社としての新たな方向性を示すことは、リーダーにしかできないことである。

 第二に、そのコンセプトを素早く提示することだ。国内で緊急事態宣言が発出されたのが20年4月7日。これに対し、星野氏がマイクロツーリズムを提案したいと対外的に発言し始めたのは、4月21日に放映されたテレビ番組でのことであった。宣言発出後2週間という早さだ。

 現場レベルでの対応の早さについては他の企業でも話を聞くことがあるものの、より高次の戦略レベルでここまで早く対応した企業はごく一握りだろう。危機に直面して不安が広がる状況では、トップによる方針決定が遅れれば遅れるほど社員は迷い、組織は停滞する。それを未然に防ぐには、やはり早さが鍵となる。迅速はときに拙速に転ぶが、星野氏が提示した戦略コンセプトはそうならなかった。その理由が次の教訓である。

 第三に、危機突破の戦略コンセプトに自社の強みを込めることだ。数…

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