経済・企業

米中欧のEV覇権争いと戦略なき日本の危機 野辺継男

 世界のクルマの電動化は日本の想像をはるかに超えて進んでいる。「エネルギーインフラの再構築」の発想を持たないと日本のEVに未来はない。(EV&電池 世界戦 ≪特集はこちら)

EVは再エネ国家戦略

 米国は8月、電気自動車(EV)の域内生産を軸にした電池産業の育成や、上流資源の確保などを含む、大規模な「インフレ抑制法」を成立させた。バイデン政権のインフレ抑制法には、欧州と同様、エネルギー資源の域外依存低減が明確に表れている。

 世界では、再生可能エネルギーによる電力供給の拡大とともに、天候による変動を安定化させる蓄電システムの構築が重要な課題となっている。

 ここでEVは、カーボンニュートラル化の推進だけでなく、蓄電システムの構築としても重要な役割を果たす。

 図1はブルームバーグNEFの予測だが、2030年までに世界の蓄電池は年間約3500ギガワット時(GWh)まで生産されると予想している。その消費先は、自家用EVが約3分の2を占めるとされている。この大量の蓄電池が再エネの蓄電に再利用される循環社会の構築が必要になっており、欧米では、現在のような国外(域外)依存を低減し、どこで作り、どこで消費するのか、国家レベルの戦略が動いている。

 欧州では、現在4%程度に過ぎない電池の世界シェアを30年までに11%に上げることを目指している。19年には電池産業の育成のために民間企業17社に32億ユーロ(4500億円)、21年に外資を含む42企業に29億ユーロ(4100億円)の産業支援に向けた国家助成を決めた。ここに、テスラや中国や韓国企業の工場誘致が含まれていることは、注目される(図4)。

 数十年前より国家戦略としてEV化を推進してきた中国政府は、18年、内燃機関のクルマより先にEV製造に対する外資規制を外した。その後、19年初頭から米テスラが単独資本で上海ギガファクトリーの建設を始め、地元政府などの強力な支援もあり、1年で生産開始を実現した。テスラ進出と同時に、今や世界最大の電池メーカとなったCATLを筆頭に、中国のEV用リチウムイオン電池産業は著しく成長し、同時に中国国内EVメーカーも成長した。その背後には、再エネ化推進と連動する国家計画が存在する。

日本のEVは世界の1%!?

 米中欧と比べ、日本の状況は厳しい。トヨタ自動車が昨年350万台のEV生産を打ち出した。それに続き、日産自動車、ホンダもEV化推進の発表を行った。今年6月、毎年更新される「ブルームバーグEVアウトルック」では、30年で自動車販売に占めるEVの日本国内新車販売シェアは約24%と、昨年の数値よりも上がった。しかし、中国と欧州は約60%、米国は52%(インフレ抑制法後改定)、さらに世界平均も42%と上げており、日本は大きく劣っている(図2)。

 世界初の量産EVの日産リーフが10年12月に国内で発売されてから12年がたった。それ以降、日本は米中独韓などと異なる道を歩んだ。今年、世界ではEV(バッテリーEVとプラグインハイブリッド車〈PHV〉)が1000万台販売される規模に成長し、25年のEV2000万台市場に向け、現在、電池の生産競争と工場の整備、上流資源の獲得に向けた熾烈(しれつ)な競争が繰り広げられている。一方、日本のEVは、国内新車販売比率だけでなく、世界生産台数ともに21年時点で1%に満たない。

世界と日本の四つの違い

 こうなった背景には、世界がEVシフトに向かう流れを捉えられなかった四つの主な理由があると考えられる。

 日本でEVは①航続距離が短い、②充電に時間がかかる、③充電スポットがない、④ガソリン車に比べ高い──という認識が10年前から定着し、ここからあまり変化していない。

 しかし世界では、①~④はことごとく現実が覆している。16年にはテスラのモデルSが航続距離約300マイル(約480キロメートル)を超え、米国でも22年には300マイルを超えるEVが前年から3倍に増え14車種となった。急速充電インフラの整備でも米欧中でEVの拡大とともに大型公共投資がなされたが、日本では昨年充電器が減ったものの保有台数比では遜色ない。

「EVは高い」という消費者意識も変わりつつある。これまで、高級車から市場投入されたEVも今年後半から来年にかけて4万ドル(約580万円)を切る車種が大手自動車メーカー数社から発売され、平均価格差は狭まる。その上、ガソリン高騰への不安や、EVのメンテナンスコストの低さなどから、「生涯コストでEVとガソリン車は大差ない」という消費者認識が広がっている。

蓄電池は21世紀の石油 ニーズこそ進化を促す

 技術革新は、常にニーズの高い所で進む。現在車載電池の世界シェアは、8割が中国と韓国に握られているものの(図3)、米欧でもEVの拡大とともに、車載電池の素材や構造の技術革新や、製造技術の高度化、リサイクル技術の進化が急速に進んでいる。

 ブルームバーグによると昨年の世界のEV用電池の需要は488GWhで、EVの世界出荷が2000万台を超えると予測される25年には1000GWhを超える見込みで、現在莫大(ばくだい)な投資が世界主要各国で行われている。並行して30年ごろには、市場に投入された大量のEVの一部を、再エネによる発電の安定供給に組み込む計画が、中国のみならず、米欧などで進んでいる。

 石油が20世紀経済の生命線であったように、再エネ時代の主要な生命線はエネルギーをためる蓄電池だ。電池の域内生産の比率を高めなければ、今後、原油や天然ガスの輸入を削減しても、蓄電池の国外依存が増え、経済やエネルギー安全保障上の観点からも問題になる。

産業クラスターなき日本

 もう一つ、米欧中にあって日本にないものは「EVの産業クラスター」だ。米欧中のEV化する自動車産業では、電池の素材精製から正極・負極の開発、セルの製造、EVへのバッテリーシステムの組み込み、それら製造の自動化、さらにはリサイクルといった観点で、国の支援も得て、地域ごとに産業クラスターを形成しつある。

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 特に欧州では、20年5月テスラのベルリン工場の建設開始以降、欧州域内に電池関連企業も集まり、EVクラスター形成が勢いづいた。

 政府のEVと蓄電池に関する政策推進は以前から議論されてきたが、その具体化は、欧州と中国では18年ごろから、米国で今年から明確に表れた。

 日本は今年8月31日の蓄電池産業戦略検討官民協議会で、30年までに蓄電池の製造能力向上を図り、世界市場で2割のシェアの獲得、上流資源の確保強化など、バッテリー産業の国際競争力向上を図る戦略が取りまとめられた。トヨタやパナソニック、電池素材、製造装置、商社など関連企業101社が集まる電池サプライチェーン協議会は、官民目標で「30年に自国生産150GWh、グローバルに600GWh、そのために2.3兆円の政府投資が必要」とまで踏み込んだ。

 元来、日本では戦後の「傾斜生産方式(鉄鋼・石炭の生産集中)」から始まり、1970年代中盤までの高度経済成長期を経て、76年に発足し日本の半導体の世界的成功の基盤となった「超LSI技術研究組合」の組織化まで、政府が産業政策で重要な役割を果たしてきた。しかしその後、海外からの批判もあり、政府の関与は控えられるようになった。

 逆に米欧中では経済の新たな地政学的意味合いや、地域に偏在する化石燃料からの脱却などの課題から、政府の産業に対する働きかけが拡大してきたように思われる。日本でも以前のように、政策や税制・規制などを通して、いかに日本の産業競争力を高め得るのか、政府の役割が重要になっている。

 EVの電池は、満充電の容量が80%を切ると車載用には使えなくなるが、再エネ電源をためる定置用蓄電池に再利用することができる。そこがポイントだ。

電池立国を目指す覚悟

 この蓄電池産業を国内で事業面、技術面で発展,育成させるために十分な規模の内需が必要だ。その需要家はEVの生産者だ。代表的な自動車立国である中国とドイツがテスラを迎え入れ、EVとバッテリーの産業クラスターが成長した。それが、エネルギー安全保障にもつながる。

 太陽光や風力といった再エネは太陽エネルギー由来で人類の生存期間中は無尽蔵といえる。この電力をためて自由に取り出す蓄電システムができれば、二酸化炭素(CO₂)を排出する石油や石炭に頼ることのない世界が実現され、安全保障に寄与する。外交政策を駆使してでも、EVと電池の市場拡大と域内産業の育成とともに、国際競争力のある外資の導入は、国内産業クラスターの拡大に貢献する。需要家を育てるか、呼びこむのも政府の役割ではないだろうか。競争のあり方が変わったのだ。

(野辺継男・名古屋大学客員准教授)

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