国際・政治

ルールメーキングで野心的なEUが法制化目指す「デジタル製品パス」とは? 橋本択摩

フォンデアライエン欧州委員長 Bloomberg
フォンデアライエン欧州委員長 Bloomberg

 自社製品に「デジタル製品パスポート」を導入しない企業は、EU市場から締め出しを余儀なくされるおそれがある。

欧州グリーンディール政策の一環

 欧州連合(EU)の欧州議会は10月4日、EU域内で販売されるスマートフォンなど電子機器の充電ケーブル端子の規格を統一する法案を採択した。

 今後、EU理事会での採択を経て法案通りに成立すれば、2024年末までに「USB タイプC」の規格のみが使用されることになる。その場合、「iPhone」などで独自のライトニングを採用する米アップルは対応に迫られる。ITの巨人であるアップル相手にもEU基準に従わせようとするEUの強気の姿勢が見て取れる。

「ブリュッセル効果」という見解がある。提唱者である米コロンビア大学のブラッドフォード教授によると、EUは大きく豊かな消費市場と広範な制度的構造の構築、及びその規制を実施するための政治的意思を有しており、EUはその基準を強制的に押し付ける必要はなく、企業が自発的にEUのルールを全世界の事業に適用する傾向にあるという見方だ。

4.5億人の先進国市場

 EU基準がグローバル基準になるケースも多く、ルールメーキングで影響力を発揮してきたEUは、ウクライナ戦争などで高まる地政学的緊張を背景に、「戦略的自律」を追求している。フォンデアライエン欧州委員長体制は、EUが抱える4.5億人の先進国市場を武器化する傾向を強めている。充電器の規格統一の事例も、消費者の利便性向上だけでなく、電子機器廃棄物の削減など環境に優しい循環型経済の実現に向けたEUの狙いがあってのことだ。

 野心的なEUが、ここ最近、新たに法制化に取り組んでいるのが「デジタル製品パスポート(DPP)」である。DPPとはデジタル技術の活用により、製品の原材料データ、生産データ、製造元のほか、消費者による使用データ、リサイクル業者による解体方法などの情報を盛り込んだ「モノのパスポート」のことをいう(図1)。EUが目指す循環型経済の実現に向けた新たな法的枠組みという中で進められ、「欧州グリーンディール」政策の一環として構想されている。

 野心的なDPPの提案だが、幅広い産業分野で中長期的に大きな影響を及ぼしかねない点については慎重に見ていく必要がある。

 22年3月、欧州委員会は持続可能な製品のための政策パッケージを発表。そのうちの一つ、「持続可能な製品のためのエコデザイン規則(以下、ESPR)案」では、企業へのDPP導入義務付けを新たに盛り込んだ。ESPR案は、現行のEU「エコデザイン指令」を強化し、拡張するものだが、適用範囲が大幅に拡大している。

 現行の指令では、家電などエネルギー関連製品のみが規制対象となっているのに対し、ESPR案は、EU市場で上市されるあらゆる物理的な商品に適用する(食品、飼料、医薬品など一部のみ例外)。

 また、現状、エコデザイン指令が、主に製品のエネルギー消費効率など、環境性能を要件としているのに対し、ESPR案では、耐久性、信頼性、修理可能性、資源効率性、環境影響(カーボンおよび環境フットプリント)など、循環型の性能要件を幅広く導入する方針である。

 ESPR案によると、エコデザイン要件として性能要件と情報要件の二つを求めている。それぞれの要件を満たさない製品はEU域内市場に上市できなくなる。

 このうち情報要件については本規則案の新たな特徴となっており、製品の環境持続可能性に関する情報を企業が提供することを定めている。この情報要件の確保のため、重要なツールとなるのがデジタル製品パスポートなのだ。

 欧州委員会は、循環型経済の実現に向けてデジタル・ソリューションに着目し、DPPの活用により、製品の透明性を高めてライフサイクルを追跡することで、修理可能性、再製造、再利用、再販売などの関連サービスの拡大を促進する方針だ。

 大きな影響が予想されるESPR案はいつ成立するのか。同案は現在、立法機関である欧州議会とEU理事会がそれぞれ審議中である。9月29日に行われたEU競争力理事会(域内市場・産業)では、DPPが単一市場内で循環型経済に適合した持続可能な製品の自由な移動を確保するのに役立つとして大筋で合意した一方、複数の加盟国は中小企業のコスト負担を回避する必要性を表明した模様だ。

日本企業締め出しも?

 EUの通常の立法手続きの流れを整理しておくと、欧州委員会が策定、提出した新規法案を、欧州議会とEU理事会が協議、採択し、立法業務を推進する(図2)。次に、それぞれの修正案を基に、欧州議会、EU理事会、欧州委員会を交えた「三者協議」のフェーズに移る。そして、「三者協議」により同法案の修正案が一本化され、欧州議会およびEU理事会が最終案をそれぞれ再び採択し、成立に至る。欧州委員会が法案を提出してから成立するまで、通常2年程度を要する。ESPR案は現在の欧州議会の会期である24年春までの成立が目指されている。

 ただし、本規則案の採択後も、企業が順守すべき義務の多くは、産業分野別、製品ごとに定められる委任細則が発効されるまで発生しない。欧州委員会は企業の競争力やコスト負担への影響などを考慮・分析した上で、利害関係者との協議を進める必要があり、相当の時間を要すると想定される。欧州委員会は27年のDPP導入をもくろんでいる。

 強制的なDPP導入が中期的に実現した場合、持続可能性の低い製品にビジネスモデルを依存している企業は、EU市場での売り上げ減少を受け入れる必要に迫られる可能性が高い。そもそもデジタル製品パスポートを導入しなければEU市場への参入ができなくなり、既に販売などでEU市場に展開している日本企業も締め出しを余儀なくされるおそれがある。

 また、DPPの導入・運用は、企業にとって人的・経済的な負担がかかることにつながり、経済効率や競争力の低下を招くことが懸念される。欧州の専門家からも、EUはデータの開示と報告に関して企業に不必要な管理負担を強いるべきではないとの意見もある。

 日本企業は議論の礎となる欧州委員会による本規則案の提案内容をまずはしっかりと理解した上で、EUでの立法プロセスの進展を見守ることが肝要である。

(橋本択摩・国際経済研究所上席研究員)


週刊エコノミスト2022年11月1日号掲載

ルールメーキングで勝つEU 野心的な「デジタル製品パス」=橋本択摩

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