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「EV業界のインテル」を目指す中国のファーウェイ 湯進
ファーウェイは「インテル、入ってる」のEV版を目指すことで米国の制裁を回避し、生まれ変わろうとしている。
車載チップから販売網まで次世代自動車産業で生き残り図る
2022年9月6日、中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)は、重慶小康集団傘下の新興EVメーカー、セレス(賽力斯)が製造したスポーツタイプ多目的車(SUV)の電気自動車(EV)「AITO(問界)M5EV」を発表した。セレスがファーウェイに対して、OEM(相手先ブランド名製造)供給する。
このEVの最大の特徴は、ファーウェイが開発した最新版OS「鴻蒙(ハーモニー)3.0」が搭載され、ファーウェイ製スマートフォンやスマートウオッチなどを相互に接続できる点だ。
コックピットには画面サイズ15.6型、2K解像度のディスプレーを搭載、車内カメラとスマホを接続でき、ビデオ通話も可能だ。ファーウェイのスマートウオッチを自動車のキーとしても利用できる。さらにファーウェイが開発した動力を伝える駆動システムが採用された。価格は28.68万~31.68万元(約593万~655万円)、米テスラの「モデルY」より1~2割安く設定し、初日だけで予約台数3万台を超えたという。
米国の制裁によりファーウェイのスマホ事業は低迷し、21年のスマホ出荷台数は前年比81.6%減、世界シェアも20年の15%から3%へと大きく低下した。ファーウェイにとっては大きな試練だが、同社は車載端末から車載ネットワークのプラットフォーム、半導体チップ、デジタル地図、自動車販売に至るまで、次世代自動車産業のサプライチェーン(供給網)で独自の地位を築き、生き残ろうとしているようだ。
過度な「華為」依存に懸念の自動車メーカーも
ファーウェイは20年に車載カメラとスマホが連動する機能を備えるHiCarシステムや自動運転ソリューション「ADN」を発表し、コネクテッドカーのサプライヤーとして自動車メーカーを支援する方針を明らかにした。
自動運転時代の到来を見据え、モーターや電池制御ユニット、ギアボックスなどを一体化した基幹部品「DriveONE」、高性能センサーの「LiDAR」、独自OS「ハーモニー」など、各種技術を集約するEVプラットフォームの構築にも力を入れている。
提携先のEVモデルには「HI」(Huawei Insideの頭文字)の赤いロゴが貼られ、「EV業界のインテル」のような地位を築こうとしているわけだ。
さらに通信基地局やスマホなどで培ってきたマーケティングのノウハウや販売網を生かし、自動車販売にも乗り出している。21年4月、ファーウェイは上海市のスマホ販売店で、「ファーウェイ智選SF5」(製造はセレス)を販売し始め、通販サイト「華為商城」でも販売を始めた。
中国の自動車ディーラーの平均利益率(約8%)で試算すると、22年にセレスが投入したEV「問界M5」の販売価格(25.98万元=約538万円)に対するファーウェイの利益は1台当たり約2万元(約41万円)とスマホ約200台分に相当する。
ファーウェイはスマホの収益を補うため、複数のブランドを同時に販売している。提携先自動車メーカーは、ファーウェイ技術全般を採用する冒頭のセレス、「HI」システムを採用する北京汽車傘下の北汽藍谷新能源、重慶長安汽車のEV子会社「阿維塔(アバター・テクノロジー)」、広州汽車傘下の広汽埃安新能源の4社にのぼる。
重慶小康集団は16年に子会社のセレスを立ち上げ、22年にはファーウェイ製OSと駆動システムを搭載する「AITO」ブランドのEVを2モデル相次いで投入。7月に社名を「セレス集団」に変更し、ファーウェイ頼りの姿勢が鮮明だ。実際にセレスはファーウェイが提供するスマートコックピット技術、車載OSと駆動システムを採用することから「ファーウェイ・カー」の色が濃い車両づくりとなっている。
これに対し、大手国有自動車、重慶長安汽車傘下のアバターは、ファーウェイの基本アーキテクチャーと「HI」システムを採用するものの、ユーザーインタフェースなどは自社開発だ。
ファーウェイと提携する自動車メーカーの間には、主導権をめぐり、提携への踏み込み度合いで温度差があるようだ。
ファーウェイとは距離を保つ中国自動車最大手の上海汽車の陳虹会長は「サプライヤーのソリューションを丸ごと採用すると、コア技術が他社に握られ、我々は単純な車両製造業者になる」と懸念を示す。新興EVメーカー小鵬汽車(Xpeng)の何小鵬会長も「ファーウェイに全面依存すると、EVメーカーの生き残る道はない」と語る。提携に踏み切った広汽埃安新能源トップも「ファーウェイと協力しようとすれば、自社に価格交渉能力がないことを痛感させられる」と、ファーウェイの技術を採用する自動車メーカーにも悩みがうかがえる。
電子決済にも参入
自動車メーカー各社の揺れる心境は意にも介さずファーウェイは未来に向けた新しいチャレンジにも貪欲だ。
ファーウェイは22年に複数の配車サービス企業を利用できるスマホ向けアプリ「Petal出行」を広州市、深圳市、南京市に試験導入した。自社が展開している独自の電子決済サービス「ファーウェイペイ」のみが利用できるアプリだ。ファーウェイペイの月間アクティブユーザー数が1億人を超え、中国の電子決済サービスで寡占する「ウィーチャットペイ」や「アリペイ」と競争する勢いを見せている。傘下企業を通じ、車載向けシステムオンチップ(SoC)メーカーの蘇州旗芯微半導体に出資し、車載分野への投資も加速している。
ファーウェイの国際特許出願は21年に約7000件で、5年連続で世界トップ。スマホ、コネクテッドカー、ネットワーク技術、IoT(モノのインターネット)の各分野で他社と特許ライセンス契約を結んでいる。スマホ事業では大幅な後退を余儀なくされたが、車載事業では新たなシナリオ作りが期待されている。ただし外資系を含む大手自動車メーカーはファーウェイのコア技術を採用するハードルも高いと見られる。
一方で、ファーウェイ製OSと駆動システムを搭載するセレスのEV「AITO」シリーズの販売台数をみると、今年3月の3045台から10月の1万2018台へと着実に拡大。台数増にとどまらず、スマホを中心にスマートな生活への提供を目指すファーウェイは、自動車メーカーに先行してエコシステムの構築を急いでいる。
創業者の任正非氏は22年8月に公表した社内文書で「ファーウェイの生き残りが最重要の企業綱領だ」と述べ、非中核事業の縮小・停止、クラウドサービスやコネクテッドカー関連事業に注力する方針を示した。
これまで任氏は「23年まではクルマを作らない」方針を強調してきたが、足元の苦境を打開するために、中国テック企業の代表格としてハードウエアまで供給する強力な自動運転・コネクテッドカーメーカーに変身する可能性も否定できず、ファーウェイカーがいつ登場してもおかしくない。
(湯進・みずほ銀行ビジネスソリューション部主任研究員)
週刊エコノミスト2022年11月22日号掲載
「EV業界のインテル」を目指す中国のファーウェイ=湯進