実態無視の「議論」がトランスジェンダー当事者への偏見を増長させている 荻上チキ
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「トランスジェンダー問題(身体的特徴と性自認の不一致)」と聞いた時、あなたはどのような出来事を想像するだろうか。自分自身の問題? 身近な隣人の問題? それとも、この社会や組織に厄介ごとをもたらす存在や、社会的な線引きを考えるための練習問題?
この世界には、多くのトランス当事者がいる。彼ら/彼女らは、多くのリスクを抱えている。身近な人間関係における葛藤。医療負担。就職差別をはじめとしたさまざまな場面での緊張や排除。暴言や暴力。
権利が制限され、差別されている人々がいるにもかかわらず、当人たちの生活実態や支援ニーズなどを無視し、頭ごなしに「議論」が飛び交う。自然に人々が怖がるべき逸脱予備軍として。自己決定権を与えるべきではない「若気の至り」として。ジェンダーという概念をかく乱しようとする挑戦者として。すでにあるジェンダー・ステレオタイプを強化する過剰適応者として。
こうした「議論」の数々は、何度もくり返されてきた。そのたびにトランス当事者への偏見を強化させてきた。ショーン・フェイ『トランスジェンダー問題』(高井ゆと里訳、明石書店、2200円)は、トランス当事者が味わってきた被害や、トランスを取り巻く言説などを紹介しながら、当事者を前に「そのような議論」ばかりを続けがちな社会に、いかなる抑圧があるのかを読み解く。
本書は多くの事件の分析により、トランス当事者が直面する困難をこれでもかと突きつける。さらには、資本主義の枠内で性規範が強化されてきたこと、性の線引きを国家が管理してきたこと、「LGBT」などの性的マイノリティーの運動においてもトランスが不可視化されがちであること、セックスワークとともに周縁化されがちであることなどを明快に整理していく。
本書は、非当事者にさえトランス差別を追体験させるメディアになっていると同時に、「トランスに関わるどのような言説が不足しているのか…
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週刊エコノミスト
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