新規会員は2カ月無料!「年末とくとくキャンペーン」実施中です!

国際・政治 ウクライナ侵攻1年

インタビュー完全版「岸田政権は停戦仲介に動け、資源国と水素外交にシフトせよ」今井尚哉・元安倍内閣首相補佐官

 ウクライナ侵攻によって、日本の外交政策やエネルギー政策が岐路に立たされている。どうするべきか、主席秘書官、首相補佐官として安倍政権を支えた今井尚哉氏(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹)に聞いた。(聞き手=荒木涼子/白鳥達哉/稲留正英・編集部)

>>特集「ウクライナ侵攻1年」はこちら

―― ロシアのウクライナ侵攻から間もなく1年となる。日本は今後の外交をどうしていくべきか。

■まず、日本の今のポジションで今回のウクライナ・ロシアの問題について、自主的に世界をリードしたり制御したりすることはまず不可能だろうということを前提に申し上げたい。

 外交において最も大事なことは、国と国との信頼関係を作ることだ。「軍隊同士が暴走したらどういう形で俺たちは止めるのか」が政治家の役割だ。「お前がそう来るなら、こっちもこう行くぞ」というのは外交じゃない。もちろんどっちが悪い、というのはある。今回はどう考えてもプーチン露大統領が悪い。「領土を侵すものは許してはいけない」というウクライナのゼレンスキー大統領に理がある。

 だが、国連の常任理事国の一角が戦争を起こした時のマネジメントについては国際社会は解を持っていない。国際社会が永遠にロシアの侵攻を認めない中で、どういう風に落ち着かせていくのか、ということしかない。

 だから、まずは停戦だ。どうして岸田政権は停戦に向け仲介に動かないのか、僕は怒りすら感じている。これが一番だ。

 青い議論かもしれないが、太平洋戦争の教訓として、①絶対戦争はだめ、いかなる理由でも止めなければならない②経済はブロック化してはいけない――と学んだ。僕らは戦争の話を聞かされて育ち、戦艦大和が沈んでいくときの兵士の話を聞いてきた。そして、とにかく戦争しないと決めた。なのになぜ、停戦を考えないのか。

国内政治のポピュリズム

 2014年のロシアによるクリミア半島併合で、それまでの主要8カ国首脳会議(G8サミット)がロシアが外れて主要7カ国首脳会議(G7サミット)になるわけだが、前年のG8サミットでは、シリア内戦問題がテーマだった。

 シリアのアサド政権を倒すよう動くというのがG7のおおむね一致した見解だったが、ロシアのプーチン氏だけが「アサドを倒して、テロリストに政権を譲ってどうするんだ。現実的に考えよう」と呼びかけた。

 政権を倒したところでシリアは混乱するだけで解決にならない。それは世界の歴史が教えるところで、アサドに停戦を呼びかける方にシフトすべきだとが主張した。そして安倍氏はプーチン氏と同じ考えだった。そこから安倍氏とプーチン氏の関係は始まる。

 当時のオバマ米大統領は、「アサド政権は化学兵器を使った。日本が武力支援ができないのは分かるが、反政府軍へ、日本も何らかの支援を考えて欲しい」と迫る。だが、安倍氏は「じゃあ、アサドが化学兵器を使っている証拠を見せてくれ」とはっきり言い返した。米国は結局、見せられなかった。

 会合に出席していた私は、「サダム・フセインが大量破壊兵器を持っている」との偽情報をもとに、イラクと開戦したことを思い出した。歴史とはそういうものだ。その時の世界的な覇権争いの中で、どういう風に自分のポジションを決めるかというのは、優れて国内政治のポピュリズムだ。要するに、「弱腰」という言葉に政治家は弱い。国内向けに強気に見せることが後に戻れなくなる。今、起きていることはそれだ。この話はヨーロッパの連中とよくする。

外交は絶対に断ってはダメ

 今回、決定的にやってはいけないのが、外交を断つことだ。経済制裁はしょうがない。14年のクリミア併合時、日本も欧州もロシアの何人かを制裁対象としてビザ発給停止や資産凍結をしたものの、プーチン氏とその側近には発動しなかった。

 昨今、「クリミア侵攻を許した甘さが、プーチン氏を甘やかした」という批判があるが、私に言わせれば、「ではあのとき他にどんな手段があったんだ」と。武力なんて使ったら大変なことになる。大事なのは対話であり、停戦だ。

 やはり停戦が最優先だ。(武力による領土拡大を)国際社会が永遠に認めない中で、今をどのように落ち着かせるかを考えるしかない。例としては悪いが、北朝鮮と韓国はいまだに終戦していない。北緯38度線で休戦状態のまま今日に至っているのが現実だ。

 ロシアが一方的に併合を宣言したウクライナ東部4州を力で押し戻すのは極めて厳しい。しかし、国際社会は絶対にロシア領とは認めない。だから、いつか、どのようにしてか、再びウクライナが実効支配できるよう、何年かけて戻すか、という話だ。武力では無理だ。レオパルド2など最新の戦車を300台供与しようと、ロシア軍を分断は出来ても、押し戻せない。今度は、空中戦になる。大切な命がもっと失われる。

 日本は今年、広島でサミットを開く。表向きG7の共通メッセージでいくらプーチンの批判をしてかまわない。「西側の価値を守りましょう」と制裁を一段と強化するのも否定しない。だけれども、その裏で、これからとにかく、どう停戦に持っていくか、G7は非公式会合を持とうなどと、日本としてリードし、働きかけるべきだと思う。トルコもイスラエルもエジプトもみんな心配している。

―― とにかく武力行使を止めて、話し合いにシフトせよ、と。

■そう。ここまできてしまったら、四半世紀かかる話だ。国際社会は領土の一体性を脅かすことを絶対に許さない。許してはいけない。でも、現実問題、どんどん人が死んでいる。だからまずはどう停戦に持っていくかだ。

 昨年3月29日のトルコのエルドアン大統領による調停は、いいところまでいっていた。本当に。プーチン氏は(調停案を)飲んでいた。あそこで止めておけば、ここまでなっていなかった。

 日本はまだ働きかけができうる。米国も欧州も、国内ポピュリズムでできなくなっている。そしてもし、G7でうまくいかなければ、インドや中国、トルコ、イスラエルやエジプトなどプーチン氏により近い人が説得するしかない。

「オレだって平和が好き」

―― 一方で、振り返って、日本国内の状況をどう見るか。

■日本は、僕ら自身があの大戦の記憶をどんどん失っている。非常に怖いことだ。私も戦争については父親から聞いているだけだが、世の中が好戦的になっている気がする。でも、意外に思うかもしれないが。安倍氏も「抑止力を上げるが、それを使わせないのが俺たちの仕事だ」というのが口癖だった。「オレだって、本当は平和が好きなんだよ」って。平和外交論者だった。

 マスコミだってこのところ、軍事的、戦術的な解説ばかりだ。なぜ「停戦への道」を議論しないのか。「どうやって戦争を停戦にもっていくか、政権は考えろ」などといった声がなぜ出ないのか。

 安倍氏はトランプ前米大統領との貿易交渉も、かなり周到に計算していた。例えばトランプ氏とのゴルフ。安倍氏は「ゴルフでは、これを言うんだ」などと決めていた。「いきなり言うと、ドナルドが怒るからさ、バーディー取った時に言うんだよ」と。「ん?どういうことだ、シンゾー?」って返されたら「いやいや、まあまたちょっと後で」と返していた。

―― 「でも、今、オレ、言ったからな」という感じで。

■そう。そんなやり方から入っていた。トランプ氏からの防衛費増額の要求を毎回拒否していた。彼…

残り5732文字(全文8732文字)

週刊エコノミスト

週刊エコノミストオンラインは、月額制の有料会員向けサービスです。
有料会員になると、続きをお読みいただけます。

・会員限定の有料記事が読み放題
・1989年からの誌面掲載記事検索
・デジタル紙面で直近2カ月分のバックナンバーが読める

通常価格 月額2,040円(税込)が、今なら2ヶ月0円

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

12月3日号

経済学の現在地16 米国分断解消のカギとなる共感 主流派経済学の課題に重なる■安藤大介18 インタビュー 野中 郁次郎 一橋大学名誉教授 「全身全霊で相手に共感し可能となる暗黙知の共有」20 共同体メカニズム 危機の時代にこそ増す必要性 信頼・利他・互恵・徳で活性化 ■大垣 昌夫23 Q&A [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事