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“日の丸”半導体の復活目指しラピダス始動 行く手さえぎる難題群 吉川明日論
トヨタ自動車など国内企業8社の出資を受けて発足した半導体生産の新会社「ラピダス」は2月末、北海道千歳市での新工場建設を発表した。ラテン語の“速さ”を社名に掲げた同社は、1980~90年代にかけて世界を席巻しながら、意思決定の遅さから投資のタイミングを逃して敗れた「日の丸半導体」の復活を狙う。ただ、2010年代に日本で半導体事業の撤退が相次いだ「失われた10年」の空白は大きく、課題は山積している。
計画によれば、27年までに2ナノメートル(ナノは10億分の1)の微細加工技術で生産開始を目指す。2ナノとは生産技術で世界トップの台湾積体電路製造(TSMC)が今年になってやっと生産体制が整った技術である。ラピダスは米IBMとの協業を技術開発の中心に据える。ただ、IBMは研究開発は最先端技術を保有するものの、量産では確固たる実績がない。
さらに厳しいのは、1ケタナノ台の量産の経験がある技術者は日本にはほとんどいないという現実だ。日本ではかつて半導体産業の屋台骨を大手電機各社が担った。旧三洋電機を含め大手9社を母体とするロジック系半導体事業で現在単独で存続しているのは、日立製作所、三菱電機、NECのシステムLSI部門を母体とするルネサスエレクトロニクスだけ。それ以外はパナソニックや富士通などが10年代にほぼ撤退したことで、技術者の「水脈」が途絶えているのだ。
技術の確立とともに大きな難問となるのが資金調達だ。政府による700億円の補助金に加え、出資会社としてトヨタ、ソニーグループ、NTTといった日本を代表する企業が並ぶが、1社当たりの出資額は10億円程度と「お付き合い」のレベル。ラピダスは研究開発と量産で5兆円規模の投資を見込んでいるが、必要資金を適切なタイミングで調達できるかは不透明といえる。
ラピダスが目指すファウンドリー(半導体受託生産)のビジネスでは、良質な顧客の確保も重要だ。TSMCが持つアップル、エヌビディア、アドバンスト・マイクロ・デバイシズ(AMD)といった米国を中心とした先端半導体設計企業を取り込まなくてはならない。こうしたグローバル企業の顧客を取り込むための販路の確立や人材確保も難題となる。
米国も国内拠点強化
国策会社ラピダスの将来を左右しそうなのが、米中技術覇権争いの行方だ。米国では、半導体の国内生産を促進する狙いで、7兆円に上る巨額の政府補助金提供を可能とする「CHIPS法」が昨年成立。米インテル、TSMC、韓国サムスン電子といった有力メーカーがこぞって米国内での生産拠点の強化を積極化している。
背景には、世界の先端半導体の生産がTSMCを筆頭に台湾企業に大きく依存する現状に対する米政界の懸念がある。3期目に入った中国の習近平国家主席は台湾統一の野心を隠さない。半導体はパソコンや携帯電話、データセンター、医療機器、自動車から高度兵器にいたる広範囲の社会インフラを支える部品であり、経済安全保障の生命線を握る。
しかし、日本の半導体産業の足元はあまりに脆弱(ぜいじゃく)で、一層激化する国際競争の中、「失われた10年」を取り戻すのは容易ではない。
(吉川明日論・ライター)
週刊エコノミスト2023年3月28日号掲載
FOCUS 北海道に半導体新工場 国内技術者不在、資金調達…… 難題ばかりのラピダス始動=吉川明日論