人類減少に向け世界的議論の土台を提示 評者・服部茂幸
『サピエンス減少 縮減する未来の課題を探る』
著者 原俊彦(人口学者)
岩波新書 968円
現在、日本では人口減少と少子高齢化が大きな問題となっている。岸田文雄首相も異次元の少子化対策を訴える。しかし、安倍晋三元首相も2015年に(合計特殊)出生率を1.8まで引き上げると言っていたが、逆に低下に転じた。
人口減少も少子高齢化も日本だけの問題ではない。ほとんどの先進国では、今では人口が減っている。国連の新推計UNWPP22によれば、世界人口は2086年に104億人でピークとなった後は、減少していくことになっている。しかも、86年までの増加のほとんど全てがサハラ以南のアフリカである。
世界は人口増加の時代が終わりポスト人口転換の時代を迎えているのである。日本と世界が経験しつつある人口減少にいかに対応していくのかが、本書の最終的な課題である。
ただし、2100年ごろには日本の人口バランスは安定化すると本書。この時、全体の約半分の現役世代が4割の高齢者と1割の子供を養うという計算になる。そのためには、生産性を高める必要があるという(これは誰もが考えることだが、実現するのは難しいだろう)。また人口が増加するアフリカから移民を呼ぶことは、相互の利益になるという。
現在の賃金体系を前提とすれば、対人関係を通じて相手に影響を与えるインターパーソナルな労働は低賃金で、グレーバーの言う「ブルシット・ジョブ」(無意味・不必要で有害ですらある有償の雇用形態)は高賃金であり、それがますます二極化する。これに人口減少が加わると有効需要が縮減していく。それに対しては就業と所得を切り離し、再分配を強化する必要があるという。
人口が減少すれば、環境の負荷が減り、地球環境問題も幾分かは改善するというのが普通の考えだろう。しかし、先進国の「自然」は人の手が作り出した「自然」だから、人口が減少すると、自然の均衡も崩れると指摘する。
食料問題もむしろ悪化する。これまで人口爆発が可能となったのは、大規模化によって食料を効率的に生産したからであり、規模が縮小すると効率が低下するからである。だから、食料問題を解決するためには、シンセティック・フード(合成食品)などの技術が必要だと著者は言う。
今後数十年、(大量の移民が来ない限り)日本の人口が減少することは確実だが、そのための議論は不十分である。評者もこの件では具体案があるわけではないが、本書がきっかけとなり、議論が始まることを期待したい。
(服部茂幸・同志社大学教授)
はら・としひこ 1953年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、エネルギー総合工学研究所などを経て日本人口学会理事、国立社会保障・人口問題研究所研究評価委員などを歴任。著書に『狩猟採集から農耕社会へ』など。
週刊エコノミスト2023年5月23・30日合併号掲載
書評 『サピエンス減少 縮減する未来の課題を探る』 評者・服部茂幸