米国で長寿医学本がベストセラーに ハウツーとは違う理論武装 冷泉彰彦
日本の後を追いかけるようにアメリカでも平均寿命は延びている。銃や麻薬による若年死という問題はあるが、これを除けば長寿社会に入りつつある中、長年長寿の問題を研究してきた医師のメッセージがベストセラーとなっている。
タイトルは『OUTLIVE(より長く生きる)』で、「The Science and Art of Longevity(長寿の科学技術)」という副題がテーマを念押ししている。著者は、カナダ人の医師で長寿学の権威、ピーター・アティア医師。カナダのクイーンズ大学で機械工学と応用数学を学んだ後、スタンフォードの医科大学院に学んだ俊英だ。アメリカの国立がん研究所(NCI)でメスを握った後に、マッキンゼーに入社して企業のリスク管理という観点から従業員の健康管理を提唱、実際に経営指導もしている。また、アルツハイマー病の因子となりうるAPOEたんぱくの研究でも評価が高い。数学や物理の観点、医学の研究と臨床、そしてビジネスの観点など多角的な視点から「長寿」を見つめ続けてきた研究者である。
その内容だが、アティア医師は厳格なまでに論理的である。まず、「本書の読み方」が述べられており、本書の全体像を頭に入れた上で内容の「ロードマップをイメージ」した上で読んでほしいとしている。その上で、長寿とは息の長い計画と実践であるとして、その「作戦」が綿密に述べられる。「まず一番の脅威である心臓疾患を予防せよ」「そしてガンという敵を回避」「認知障害を克服」と具体的な対策を説明。更に、慢性疾患との長い戦いには、どんな薬剤を使えばいいか、運動はどの程度重要かなど、実践的なアドバイスが続く。その上で、「100歳超えには十種競技に勝ち抜く必要がある」として、運動、食、ケガの予防、睡眠から感情の統制に至るまで事細かく「長寿を実現するゲームのルールと対策」が述べられている。
従来の健康本とは違うアプローチが受けて、現在アマゾンのノンフィクション部門で、「最も売れた本1位」をキープしている。特にビジネスやサイエンスに関心を抱く層に向けて、客観的かつ戦略的な語り口が話題になっている。長寿のための「理論武装」に最適というのだが、新鮮なアプローチであることは間違いない。
(冷泉彰彦・在米作家)
この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。
週刊エコノミスト2023年5月23・30日合併号掲載
海外出版事情 アメリカ 長寿医学本がベストセラーに=冷泉彰彦