インタビュー「物価の本質を捉えようとした悪戦苦闘ぶりを書いてもらった」青山遊・講談社第一事業局学芸部学術図書副部長
『物価とは何か』(講談社選書メチエ)が異例の売れ行きを見せている。物価理論の第一人者をどう口説き、どんな狙いで書いてもらったのか。担当編集者を直撃した。(聞き手=浜條元保・編集部)
── 著者の渡辺努東京大学教授は、経済学の世界では物価理論の第一人者として知られています。なぜ一般書で物価をテーマに本を書いてもらおうと思ったのですか。
■『日本経済新聞』の「経済教室」で、渡辺先生の寄稿を読んだのがきっかけです。物価をテーマにした内容で、文章から受ける印象や記事を書く姿勢が、ほかの経済学者とは違うなと感じました。この人なら一般向けに面白いものを書いてもらえるのではないかと思い、すぐに手紙を送ったところ、会いましょうと。
── 即、執筆快諾ですか。
■いえ、当時、研究科長の要職にあり、「もし書けるようになったら連絡します」と、その場は終わりました。ただ、その時に執筆をお願いしたい「講談社選書メチエ」について、一種のエンタメですと説明しました。つまり、経済学に限らず学問の面白さを伝えることを目的にしていること。専門家が大上段に構えて、上から解説するのではなく、渡辺先生の場合なら、ご自身が物価の研究にこれまでどう取り組んできたか、その様を見せてほしいと。物価という不思議なものの本質を捉えようと、さまざまな仮説を立てては、実証研究を繰り返し、それがうまくいったり、いかなかったりした悪戦苦闘ぶりを書いてほしいと編集者としての思いだけは伝えました。
── 渡辺先生とはその後、どうなったのですか。
■2年ほどたったころでしょうか。渡辺先生が「サバティカルリーブ(研究のための休暇制度)に入った時期に書きます」と、連絡をいただきました。コンセプトはしっかりくみ取ってくださっていたので、具体的な構成の相談から執筆までスムーズに進み、2022年1月の刊行となりました。
物価が動かない弊害
── 読者の反応は。
■こうしてメディアの方からの取材をたくさんいただき、ネット上の書き込みでは「わかりやすい」と大きな反響をもらいました。先生から原稿を各章ごとにいただく段階で、これはいけるという手応えはありましたね。実際、今年4月時点で、13刷、累計3万7000部と、選書メチエ歴代3位の売れ行きです。
── 身の回りの食品やサービス価格が上昇し、物価に対する人々の関心が高まる絶妙のタイミングでした。
■本当にたまたまです。難しい理論の話かと身構えるようなテーマなのに意外に読みやすいので、自然とマニアックな物価オタクの「渡辺ワールド」に引き込まれたのではないでしょうか。それで、読後の評価が高まっているのかもしれません。
── 容量を少なくして値段を据え置く「ステルス値上げ」やそのために企業が血のにじむ努力をしている状況を解説する部分は、ほかの箇所と違って、先生の感情が籠もっているように感じました。
■渡辺先生の筆致は至ってクールで、社会を変えなければならぬというような押しつけがましさはまったくありません。ですが、ご指摘の部分は先生の義憤のようなものが確かに感じられますね。長期間、物価が動かないことの弊害、市場経済のダイナミズムを失わせてしまう怖さを伝えたかったのでしょう。「日本は長いデフレで何か困ったことは起こっていない」と、ややもすると思いがちな人々にこれだけは、なんとしても伝えたかったのではないでしょうか。
(青山遊・講談社第一事業局学芸部学術図書副部長)
■人物略歴
あおやま・ゆう
1977年2月生まれ、東京都出身。99年東京都立大学人文学部卒業、同年講談社入社。『with』、講談社現代新書、『モーニング』各編集部などを経て、2017年から現職
週刊エコノミスト2023年5月23・30日合併号掲載
リベンジ読書 旬な編集者 青山遊 「物価の本質を捉えようとした悪戦苦闘ぶりを書いてもらった」