米銀が陥ったインフレ+預金流出+信用収縮の“三重苦” 小野亮
預金が急減し破綻した米国の銀行危機の嵐は、まだ収まっていない。物価抑制とのジレンマに米連邦準備制度理事会は陥っている。
3月8日、米カリフォルニア州に拠点を持ち、暗号資産ビジネスに注力してきたシルバーゲート・キャピタルが、傘下の銀行シルバーゲートバンクを自己清算した。これをきっかけに、米銀総資産ランキング16位(2022年末)のシリコンバレーバンクと同29位のシグネチャーバンクの2行が、相次いで破綻した。
破綻と取り付けの悪循環
米金融当局は2行の破綻に際して、08年に起きたリーマン・ショックのように金融システム全体を揺るがす「システミック・リスク」への波及を警戒した。本来は保証上限が定められている預金を全額保護し、米銀に対する1年物の長期貸付制度の創設にも踏み切った。
米国の危機は欧州にも飛び火した。長年にわたる一連の不祥事などから経営不安が高まっていたクレディ・スイスを直撃し、同行はスイス政府当局の仲介によって、ライバルであるUBSに買収されることになった。
欧米当局が異例の行動に出た背景には、SNS(交流サイト)を通じて金融不安が人々の間にあっという間に広がり、急速かつ大規模な取り付け、「デジタル・バンクラン(取り付け騒動)」とでも呼ぶべき事態が起きたことがある。
米国では、預金として預けられていた資金が、相対的に経営体力の弱い中堅・中小銀行から大手行へ、さらに銀行セクターからノンバンク・セクターへと流出。クレディ・スイスも、3月末までの半年で預金の半分以上を失った。
どんなに資産が健全で、資本基盤が潤沢であっても、預金の大量流出に直面すれば、銀行はひとたまりもない。破綻と取り付けの悪循環を絶対に回避することが、当局の使命となったのである。
しかし、金融市場には依然として嵐の傷痕が残る。米銀の預金額は、4月12日時点で3月1日対比4850億ドル(約65兆円)減少、回復の動きは見えない(貯蓄銀行を除く)。結果として、預金引き出しに応じるため、米銀が借り入れた巨額資金も、バランスシート(貸借対照表)に残っている(図1)。その貸手は、米連邦準備制度理事会(FRB)と、政府系金融機関の一つである米連邦住宅貸付銀行(FHLB)である。
MMFに逃げるマネー
低インフレ・低金利環境であれば、預金減少とFRBなどからの借入金の増加が、米銀の経営にもたらす影響は軽微だっただろう。しかし、インフレ抑制のためにFRBが大幅な引き締めを行っている中では話は違ってくる。
預金の利子=米銀の主要な資金調達コストは、全米平均で0.5%に満たない。一方、政策金利や市場金利を反映するFRBなどからの借り入れコストは4~5%で、両者には10倍もの差がある。
米銀全体でみると、預金は短期借入金の7倍以上の残高があり、平均調達コストの悪化は限定的だろう。問題は、そのストレスが、特定の米銀に集中し、新たな火種となりかねない点だ。
例えば5月1日に経営破綻し、米大手銀JPモルガンが買収した米中堅銀行ファースト・リパブリックバンクでは、1〜3月期の利ざや(純金利マージン)が前期の2.45%から1.77%へと大幅に悪化した。
米銀から逃げた資金のほとんどは、短期金融商品であるガバメントMMF(マネーマーケット・ミューチュアル・ファンド)に流れ込んでいるとみられる(図2)。同MMFは、米国債、政府機関債、レポ(現金担保の債券貸借取引)で運用されており、安全性・流動性が高い。また、政策金利や市場金利を反映するため、利回りも3月時点で4%台半ばを超える。
注目されるのは、MMFの運用先にFRBが含まれる点だ。具体的には、FRBが行う「リバースレポ」にMMFが参加しているのである。
通常FRBは、リバースレポで民間部門から資金を吸収することで、政策金利であるフェデラルファンドレート(FF金利)がFOMC(米連邦公開市場委員会)の定めた誘導レンジを下回らないようにしている。
したがって、FOMCが引き締めをやめない限り、リバースレポの金利は高止まりし、預金に比べたMMFの優位が続く(図3)。また、MMFが運用する短期米国債の利回りも政策金利に左右されるため、同じことがいえる。
信用収縮と資本閉塞
今後、インフレが沈静化せずにFOMCが利上げを継続すれば、リバースレポへの参加を通じてMMFの運用利回りは一段と高まる。その結果、米銀からの預金流出とMMFの膨張を助長しかねない。
一方、米銀はFRBなどからの借り入れに一段と依存度を高めざるを得ず、利ざやが悪化、経営が不安視される事態に陥る。
高インフレが続く中、FRBがリバースレポの金利を引き下げることは当面ない。3月の嵐が再び世界経済・金融市場を襲うとの懸念は、決して杞憂(きゆう)ではない。
米銀破綻を受け、今後、監督・規制を厳格化する方向で議論や対応が進みそうだ。米金融安定監視評議会(FSOC)は、システミックリスクをもたらし得るノンバンクの指定を容易にする見直し案を公表した。またFRBは中堅銀行に対し、「保有有価証券の含み損を自己資本の算定に含めない」という現在の免除策を撤廃する方向で検討しているとされる。
米銀はこうした当局の動きを先取りし、貸し出し姿勢をさらに厳格化すると考えられる。クレジット・クランチ(信用収縮)の強まりである。
資本市場での資金調達も厳しさを増すだろう。20~21年の資金調達ブームの反動もあり、22年以降、資本市場の活動は極めて低調で「キャピタル・クランチ(資本閉塞)」とすらいえる。実際、大手商業用不動産ファンドの破綻や、銀行に代わる与信機能を持つダイレクト・レンディング・ファンドに対する投資家の相次ぐ償還請求など、不穏な動きが見られ始めている。
米銀だけではなく、プレゼンスを増したノンバンクへの警戒を強める必要も高まってきた。
(小野亮・みずほリサーチ&テクノロジーズ調査部プリンシパル)
週刊エコノミスト2023年5月23・30日合併号掲載
広島サミット 米銀危機 米国中央銀行の「三重苦」 インフレ、預金流出、信用収縮=小野亮