国際・政治エコノミストリポート

米中対立 中国半導体覇権 ソフトと装置の国産化を加速 逆効果だった米の対中制裁=豊崎禎久

ファーウェイCEOの任正非氏。米国の制裁措置に悔しさをにじませる (Bloomberg)
ファーウェイCEOの任正非氏。米国の制裁措置に悔しさをにじませる (Bloomberg)

「度重なる米国の厳しい制裁を受け、われわれはついに理解した。一部の米政治家はわれわれを正そうとしているのではなく、殺そうとしている」──。中国通信機器最大手、華為技術(ファーウェイ)創業者でCEOの任正非氏は2020年11月26日、社内の掲示板にメッセージを掲出した。この9日前、同社はスマートフォンの低価格ブランド「オナー」を、中国政府系の企業連合に売却すると決定。メッセージには任氏の無念がにじみ出ている。

 20年9月15日、米政府はファーウェイに対し、米国の技術を使った半導体の供給を事実上禁止する制裁措置を発動。オナーの売却は、主要な部品調達で困難に直面している同社による窮余の策だ。米国の半導体メーカーが米国で生産した半導体チップだけでなく、スマホカメラの基幹部品であるソニーのイメージセンサーや、データを保存するキオクシアのフラッシュメモリーも規制対象になる。なぜなら、ソニーや東芝など日本製半導体には、米国製の半導体製造装置や、半導体設計ツール(EDA)(Electronic Design Automation)が使われているからだ。

 ソニーやキオクシアは取引再開を米政府に申請したと報じられ、米政府は許可したと伝えられている。ただ、現状では米政府がファーウェイのスマホ事業に対する「生殺与奪権」を握っている。まもなく退陣するトランプ大統領が仕掛けた対中制裁は、中国による最先端技術の勢いをそぐことに一定の成果を上げたように見える。トランプ氏と同様に中国問題では強硬姿勢に見えるバイデン次期大統領は方針を継続できるだろうか。

 キッシンジャー元米国務長官は、著書の“On China”(邦題『中国』、岩波書店)で、西欧で生まれたチェスは短期戦で完璧な勝利を目指すゲームであるのに対し、中国で普及した囲碁は長期戦で相対的な優勢を追求すると指摘した。ニクソン政権で大統領補佐官を務め、1971年に密使として極秘に訪中し、米中国交正常化(79年)への扉を開いた国際政治学者の慧眼(けいがん)が今でも生きているはずだ。米中の技術覇権争いは、チェスと囲碁の対比が示す類推が現代でも適用できると筆者は考える。

 なぜなら、中国には世界最大の半導体市場があり、半導体チップを生産する製造装置も世界最大規模の需要を抱えている。半導体強国に躍り出るとの強い意志を捨て去ることは決してないだろうと考えるからだ。

次々に回路設計ベンチャー

 半導体の専門家の多くは、「中国製半導体の息の根を止めるには、EDAを中国企業に使わせなければよい」と指摘する。EDAは半導体の機能を決める回路設計や、LSI内部の回路ブロックを基板実装するための配置指定などに必要となるソフトウエアやハードウエアのシステムの総称のこと。米シノプシス、米ケイデンス・デザイン・システムズ、ドイツ電機大手シーメンス傘下のメンター・グラフィックスの米独3社が世界市場を寡占している。現状では、中国の半導体メーカーも米独3社にほぼ全面的に依存しているだろう。

 日本の半導体メーカーも1990年代半ばまでは各社が自前でEDAをそろえていた。ただ、コスト負担が重い部門であり、日本の半導体産業が自社で抱える資産を軽量化する「アセット・ライト」が時流となる中で、日本の各社は自前でのEDA開発を断念。米国のEDA企業は、従来は、図式的に書いていた半導体回路の設計図を、コンピューターのプログラミング言語で記述する「論理合成」など魅力的な機能を次々と盛り込んでいったことも、日本がEDAを手放す契機になった。

 そして、日本が30年近い過去に手放したEDAを中国が新たに開発に乗り出し、関連のスタートアップ企業が複数、出現している。

 そのうちの1社が「芯華章科技(エックスエピック)」社だ。20年12月9日付の香港紙『サウス・チャイナ・モーニング・ポスト』によると同社は20年3月に江蘇省南京市で設立、20年1年間で6000万米ドル(約63億円)を調達。創業者でCEOの王礼賓氏は、ケイデンス中国法人で15年間、エンジニアやセールス担当として勤務し、その後、競合のシノプシスで5年間勤務したと伝えている。英ハイテク専門サイトElectronic Weekly.comによると、同様のEDAスタートアップの全芯智造技術(アメダック、安徽省合肥市)は、シノプシス中国法人副社長の経験を持つCEOの倪捷氏が19年9月に創業した。シノプシスは同社に出資している。

 これら中国版EDAが米国による寡占状態を突き崩すかどうか予断は許さないが、ここはソフトウエアが中心の分野だ。ファーウェイは19年、米グーグルのスマホ用OS(基本ソフト)「Android(アンドロイド)」が搭載できなくなる事態に備え、独自OS「HarmonyOS(中国名・鴻蒙)」の開発にこぎつけた。EDAでも同様のことが起こらないと断定できるのだろうか。

製造装置は47社も

(出所)ICインサイツから編集部作成
(出所)ICインサイツから編集部作成

 習近平指導部は、半導体強国を目指した「中国製造2025」(2015年発表)で25年に半導体自給率70%を目指していたが、米調査会社ICインサイツによると19年で15・6%の実績だった。24年段階でも20・6%(図1)にとどまるとの予想で、国家目標の3分の1で停滞と見られている。

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 たしかに、中国が米国や日欧の技術に頼らずに自給するのは現状では困難極まることだ。なぜなら、半導体製造装置は米国、欧州、日本の企業が高いシェアを持ち(表)、これらの機械の輸入に依存せずに半導体のサプライチェーンを構築するのは不可能である。

 しかしながら、中国がこの分野で長期にわたり西側の技術に依存し続けざるを得ないと考えるのは早計だろう。近年では、中国のファウンドリー企業(半導体製造受託企業)が、外国からの製造装置の技術移転を目的とした徹底的なベンチマーク(分解調査)を実施するほか、他国の製造装置メーカーの幹部となった後に中国に帰国して技術的な追い上げを図る事例も存在している。

 日本の調査会社、亜州リサーチ社が提供する「中国産業データ&リポート」によると、年間販売額が500万人民元(約8000万円)を超える一定規模以上の中国半導体製造装置メーカーは47社に上る(19年実績)。そのうち2社の「北方華創微電子装備(NAURA、北京市)」と「中微半導体設備(AMEC、上海市)」は、米欧日の外資トップメーカーと比較される中国地場の装置メーカーである。NAURAは中国政府の資金援助を受け、17年8月には洗浄装置企業の米アクリオンシステムズの1500万ドル(約16億円)での買収を発表し、18年1月に米政府が買収を承認。AMECはラムリサーチやアプライドマテリアルズなど米装置メーカー出身の中国人が創業。主力装置は中核工程を担うエッチング装置だ。筆者は、両社ともに近い将来において日本の製造装置メーカーにとって競合となる可能性は高いと考えている。

 トランプ政権は、20年12月に中国ファウンドリー最大手の中芯国際集成電路製造(SMIC)も制裁対象に加え、米国製製造装置の出荷を止めている。最先端の回路微細加工を可能にするEUV(極端紫外線)露光装置を世界で唯一供給しているオランダ企業のASMLもSMIC向けのEUVの出荷を停止と報じられている。現状は、米国に配慮せざるをえないだろう。半導体製造装置分野でも中国は20年において世界最大市場と見込まれているものの21年、22年と中国向けの出荷金額が落ち込む見通しであるのは(図2)、米国の制裁が影響するためと考えられる。

核心は「スマートシティー」

 とはいえ、中国は半導体チップでも世界一の市場規模を持つ。WSTS(世界半導体市場統計)によると19年における世界の半導体市場は4120億ドル(約44兆9000億円)で、そのうち中国は3分の1強を占める。約15兆円の巨大市場に制裁をかけ続けて、旺盛な需要が見込めるのに受注を逃す「機会ロス」を米国の半導体各社が放置するとは考えられない。米国では政権がまもなく交代するのを機に、いずれSIA(米国半導体工業会)は対中制裁を緩和し解除するよう政府に働きかけるだろう。製造装置業界も同様だ。

 今後の半導体市場の最も有望な分野は、ICT技術を駆使することで都市を高機能化する「スマートシティー」だ。5Gを実装し、クルマの自動運転や、高齢者向け交通手段の拡充、防犯や防災、二酸化炭素削減など社会課題の解決には都市のスマート化が必須だ。

 500万人以上の人口を持つ大都市を20以上抱え、18年時点で約500に上るスマートシティー計画を持つ中国は、「都市の頭脳」を核にこの分野で世界の先頭を走ろうとしている。中国が、新型コロナウイルスの感染拡大を世界でいち早く抑え込むことができたのは、同分野に注力していることの成果である。コロナ禍に手を焼く日本や米国が成長戦略を再起動するには、中国との協業が不可欠であると気付くだろう。

(豊崎禎久、アーキテクトグランドデザイン・チーフアーキテクト)

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