法務・税務

「再雇用後の基本給」巡り審理差し戻し 改めて「基本給の支給目的」問う最高裁 向井蘭

定年退職後の基本給大幅削減を巡る訴訟の最高裁判決後、記者会見する原告の名古屋自動車学校元職員の男性(左)
定年退職後の基本給大幅削減を巡る訴訟の最高裁判決後、記者会見する原告の名古屋自動車学校元職員の男性(左)

 定年退職後の再雇用における基本給の大幅削減を巡る訴訟で、最高裁第1小法廷は7月20日、定年前の基本給から6割を下回るのは不合理な労働条件であるとした2審判決を破棄し、審理を高裁に差し戻した。

 原告は名古屋自動車学校(名古屋市)の元職員。再雇用後も仕事内容などは定年前と変わらなかったが、月額約16万~18万円だった基本給が4~5割ほどに減額され、定年前との差額の支払いを求めていた。

 旧労働契約法20条は個々の賃金の「性質や支給する目的」を踏まえて、正社員と非正規社員の「不合理な待遇の相違」を禁じている。訴訟では旧労働契約法20条に照らし、主に正社員と再雇用者の基本給の差が不合理かどうかが争われた。

 1、2審判決は、①正社員の定年退職時と嘱託職員時でその職務内容や変更範囲には相違がなかったにもかかわらず、原告らの嘱託職員としての基本給は、正社員の定年退職時と比較して、50%以下に減額されたこと、②その結果、年功型賃金で低く賃金が抑えられている若手正社員の基本給よりも低くなったこと、③労働組合などを通じて労使協議の交渉結果によるものではなく、労使自治が反映された結果であるともいえないこと──を重視して、定年退職時の基本給から6割を下回る部分については不合理な労働条件であるとして違法と判断した。

 今回の最高裁判決は、基本給の相違が不合理かどうかの判断に当たって「性質や支給する目的を踏まえて検討すべきだ」と判断した。同社の正社員の基本給には勤続年数に応じて額が定められる勤続給としての性質のみを有するということはできず、職務の内容に応じた「職務給」もしくは職務遂行能力に応じた「職能給」の性質の余地があるが、高裁が認定した事実では支給目的が確定できないとした。

「審理を尽くさず」

 一方、嘱託職員は役職に就くことが想定されないなど、「正社員の基本給とは異なる性質や支給の目的を有するとみるべきだ」と指摘。それを検討していない高裁判断は審理を尽くしておらず、違法であるとした。また、会社と労働組合との交渉経緯などを踏まえて判断するべきであるが、その点についても判断をしていない点を違法であると指摘し、高裁に審理を差し戻した。

 日本ではこれまで、正社員が定年になると、同じような仕事をしていても基本給などの賃金が下がることが多かった。なぜ定年になると基本給が下がるかといえば、多くの会社では、正社員の賃金は年功的に支払われており、定年になることで一度その年功部分がリセットされ、改めて定年後の職務内容などを再評価して賃金が決まるからである。もっとも賃金体系は各社さまざまで、定年後も職務内容などが変わらないのに定年後賃金を何となく下げているケースも多い。

 今回の最高裁判決は、正社員の基本給は何に対して支払われているのかを会社側が説明することを事実上求めている。しかし、基本給の中身を「年功」「能力」などと分解して比較することが果たしてできるのかは疑問もある。差し戻し審の判断が注目される。

(向井蘭・杜若経営法律事務所弁護士)


週刊エコノミスト2023年8月8日号掲載

FOCUS 再雇用賃金減で審理差し戻し 最高裁「基本給の性質で検討を」 中身を分解できるのかは疑問=向井蘭

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