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スクープ! トリチウム分離に新方法 コスト「数十分の1」 浜田健太郎・編集部

処理水からのトリチウム除去に朗報か(福島第1原子力発電所)
処理水からのトリチウム除去に朗報か(福島第1原子力発電所)

 マグネシウム電池の利用を提唱する矢部孝・東京工業大学名誉教授はこのほど、放射性物質のトリチウムを水から分離する新たな方法を考案し、日本原子力学会の欧文誌が論文(英文)の掲載決定を11月15日付で矢部氏に通知した。従来、トリチウムは、低コストで水から分離することは困難だと考えられていたが、矢部氏が独自の方法を考案。今年8月末に大阪大学で実験を行い、分離の有効性を確認して矢部氏らが論文を執筆した。

 米国スリーマイル島原発事故(1979年)では、事故現場から出るトリチウム水を沸騰、蒸発させて大気中に放出する方法が採用された。今回、矢部氏は、沸騰ではなく蒸気を起こすことに着目した。

 矢部氏は、海水中に大量に含まれるマグネシウムを電池や火力発電に使うエネルギー利用を提唱している。矢部氏はマグネシウムを海水から取り除く装置を発明。この装置を使いトリチウム分離の技術を考案した。

 その仕組みは次の通りだ。①トリチウム水を沸騰させるのではなく、装置を構成するヒーターで40度程度の温水にして、送風機から風を送り蒸気を発生させる、②蒸気を冷却することで水滴となる。冬に結露が生じるのと同じ現象、③水滴ができるときに、水とトリチウムが分離する。

 福島原発のタンク群に貯蔵されているALPS(多核種除去設備)処理水に含まれるトリチウムは水の量に比べて極めて希薄だ。これと同レベルの濃度で、矢部氏が考案した装置で分離実験を行うと、水は凝集して水滴となるが、トリチウムは希薄であるため凝集せず、結果的にトリチウムが水と分離するという。

実験で好結果

 8月末の実験では、安全基準が厳しいトリチウムの代わりに、重水素が水になった重水を使用。乗松孝好・大阪大学名誉教授が、処理後の水の測定を行い、重水素が半減したことを確認した。トリチウムの質量は水素の3倍に対して重水素は2倍と小さく、その分、水からの分離がより難しい。重水素の分離が可能だと確認し、矢部氏の考案した方法によって、トリチウムは分離可能であると原子力学会が認定した。論文の査読担当者は、「とても斬新で独創的」と評した。

 矢部氏は、自ら考案した方法であれば、「蒸発させて大気中に放出する方法に比べて、数十分の1程度の安価でトリチウム水の処理を進めることができる」と本誌の取材に述べている。矢部氏は今後、政府・東電に対して、今回考案したトリチウム分離に関する技術を、福島原発の事故処理現場で採用するよう、働きかける意向だ。

(浜田健太郎・編集部)


週刊エコノミスト2023年12月5・12日合併号掲載

放射性物質の処理 トリチウム分離新方法 費用数十分の1に低減=浜田健太郎

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