教養・歴史 書評

『新型コロナVS中国14億人』 評者・田代秀敏

著者 浦上早苗(経済ジャーナリスト) 小学館新書 820円

先端IT企業の機動力軸に超大国のダイナミズム描く

「ウイルスとの戦いによって、中国では経済や行動様式の変革が起きるのではないか。制圧したときには一層強大な国になっているかもしれない」という問題意識が貫かれている。

 COVID−19の1日の新規感染者が7万人を超える米国に対し中国は200人を下回る。死亡者が累計14万人を超える米国に対し中国は5000人を下回る(7月25日現在)。

 ウイルスとの戦いを中国はどのように繰り広げ、戦いを通じて中国はどのように変化しているのか。それを詳細かつ具体的に本書は描く。現地の100人近くをリモートでインタビューした内容に圧倒される。

 著者は新聞記者を経て、中国の大学院の博士課程に留学し、中国で大学講師を務めた経験がある。

 企業管理学を専攻しただけに、著者は焦点を中国の企業、とりわけ、「国の統治システムの不透明さや不平等さ、社会の非効率を解決するサービスを提供することで成長してきたIT企業」 に当てる。

 専用病院を10日で建設する様子がファーウェイ構築の5Gを通じ生中継されたように 、ウイルスとの戦いが5Gの整備を加速させている。

 感染リスクをスマートフォンに表示するアプリケーションなどのテクノロジーを、アリババやテンセントが瞬く間に開発し、たちまち社会へ実装されていくのは壮観である。

 ブロックチェーンを活用し「売掛金の存在をオンラインで確認できるようにし、中小企業がその証明に基づいて融資を申請することができる」システムは、羨望(せんぼう)に値する。

 自称専門家たちがテレビで根拠不明な予測や曖昧な目標を語り、国民を不安にさせ社会を混乱させた日本とは対照的に、中国では2003年のSARS対策で圧倒的な実績を持つ鍾南山(チョンナンシャン)医師が、「具体的な目標と期間を提示して、国民に希望を持たせながら我慢を受け入れさせ」、同時に政府を迅速に動かした。そのプロセスが鮮やかに示される。

 一方、アリババが拠点を置く浙江省杭州市の郊外にある農村集落の衛生管理担当職員が、優れた防疫対策フローチャートを作成すると、SNSで拡散され、受容されていったプロセスも詳細に書かれている。

 こうして、「憤りつつも、政府をあてにせず、自分たちで情報を探し、共有し、新しいスタンダードを自ら作り出そうと動き出す」中国社会のダイナミズムが随所に描かれる。

「中国の進化から、眼を背けるべきではない。日本が『コロナ後』の世界でどうポジションを築くかを考える上でも」 という指摘は重い。

(田代秀敏、シグマ・キャピタル チーフエコノミスト)


 うらがみ・さなえ 早稲田大学政治経済学部卒業後、西日本新聞社記者。2010年、中国・大連の東北財経大学に国費博士留学。大連民族大学で講師。帰国後、経済記事の編集・執筆等。コミュニケーション・マネジメント等が専門。

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