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「やりすぎ」注意! 死亡直前の相続税対策に国税当局が相次ぎ「待った」=遠藤純一

不動産を活用すれば、相続財産の評価額は下がられるが……(Bloomberg)
不動産を活用すれば、相続財産の評価額は下がられるが……(Bloomberg)

基礎控除の4割引き下げによる相続増税が実施されたのは2015年。

前後して不動産などを活用した相続税の節税ブームが押し寄せた。

しかし、「行き過ぎた節税」に対して国税当局が目を光らせていることが、最近の判決や国税不服審判所の裁決事例から浮かび上がっている。

国税当局が特に問題視しているのが、不動産など相続財産の評価額が実勢価格に比べて低すぎるケースだ。

相続税の財産評価は相続時の時価とされるが(相続税法第22条)、実務上は原則として、国税庁の定めた「財産評価基本通達」に基づいて評価する。

土地の相続税評価額を算定する際に用いる「路線価」方式がよく知られているが、これも基本通達に定められた評価方法だ。

この評価方法に従えば、不動産は実勢価格に比べて評価額が低くなりやすいため、主に不動産を活用したさまざまな相続税対策が取られてきた。

ところが、この基本通達に基づく評価方法には、例外が設けられている。

それが、「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する」とした基本通達「6項」だ。

もともとは、基本通達に従わない特殊ケースの評価方法をあらかじめ用意した規定にすぎないが、国税当局は近年、この規定を駆使する形で「行き過ぎた節税」に待ったをかけている。

「否認」の3ケース

 ◆ケース1

12年6月に死去した被相続人(亡くなった人)が、亡くなる3年半前に金融機関から6億3000万円を借り入れ、都内の賃貸マンションを約8億3700万円で購入。

また、亡くなる2年半前には金融機関から3億7800万円、親族から4700万円を借り入れたうえで、神奈川県の賃貸マンションを約5億5000万円で購入した。

相続発生から7カ月後の13年3月、男性の相続人は基本通達の評価方法に従って、都内のマンションを約2億円、神奈川県のマンションを約1億4000万円と評価して相続税を申告したが、札幌南税務署(北海道)は16年4月、基本通達によって評価することが著しく不適当として6項を適用し、国税庁長官の指示によってマンション2棟を再評価した。

収益還元法(不動産が将来生み出すと予測される収益から不動産の現在価値を算定する評価方法)などの鑑定評価を基に再評価した結果、都内のマンションは7億5400万円、神奈川県のマンションは5億1900万円と評価し、相続税を更正処分(納税者が納付すべき税額を税務署長が修正すること)した。

相続人が更正処分の取り消しを求めて東京地裁に提訴したが、東京地裁判決(19年8月)、東京高裁判決(20年6月)とも敗訴している。

 ◆ケース2

13年9月に89歳で死去した被相続人は、死去直前の6月ごろに肺がんであることが判明。

銀行から15億円を借り入れ、7月に賃貸マンションを15億円で購入する契約を締結し、8月に物件の引き渡しを受けた。

相続人らは14年7月、賃貸マンションの相続税評価額を基本通達に基づいて約4億7000万円と評価し、相続税を申告した。

これに対し、足立税務署(東京都)は18年5月、基本通達によって評価することが著しく不適当であるとして6項を適用。

収益還元法などの鑑定評価を基に再評価した結果、賃貸マンションの評価額を10億4000万円として、これを基に更正処分をした。

相続人らは更正処分の取り消しを求めて東京地裁に提訴したが、今年11月の東京地裁判決では敗訴した。

 ◆ケース3

被相続人は14年5月、自身が経営する非上場会社の全株式6万株を1株約10万円で売却することで他社と基本合意した。

被相続人は2万1400株を保有し、残る株式をすべて買い集めることが条件だったが、譲渡前に死去した。

株式を相続した相続人は、他社による買収交渉を継続。相続人の一人に株式を集めるため、他の相続人は同年7月、1株10万円で相続人の一人に株式を譲渡した。

全株式を他社に売却後、相続人は相続税を申告。

基本通達に定められた非上場株式の評価方法である「類似業種比準価額」方式(同業種の上場会社の株価や経営指標を基に算定する方法)で1株約8000円と評価したが、仙台国税局管内の税務署は基本通達6項を適用し、DCF法(ディスカウント・キャッシュ・フロー法=その会社が将来生み出す現金収支の割引現在価値から評価する方法)により1株約8万円と評価した。

この評価に基づき、仙台国税局管内の税務署は18年8月、相続税を更正処分。

相続人は更正処分を不服として国税不服審判所に審査請求したが、今年7月に請求は棄却された。

「著しい乖離」問題視

判決や裁決はいずれも国税当局側の主張を追認する形で、納税者側の訴えを退けている。

それでは、どのような場合に国税当局は基本通達6項を適用しようとしているのか。

筆者は東京国税局が16年7月に作成した資産税担当者向けの研修資料を情報公開請求によって入手した。

そこには基本通達6項を適用するための四つの条件が示されていた。

すなわち、

(1)基本通達の評価方法を形式的に適用する合理性が欠如していること、

(2)基本通達に定めた評価方法のほかに、他の合理的な評価方法が存在すること、

(3)基本通達に定めた評価方法による評価額と、他の合理的な評価方法による評価額との間に著しい乖離(かいり)が存在すること、

(4)著しい乖離が生じたことについて、納税者側の行為が介在していること

──だ。

つまり、基本通達にのっとって相続財産を評価したとしても、一般的な取引の結果として決まる価格との間に大幅な乖離がある場合、6項が積極的に適用される可能性がある。

特に、相続発生間際の大規模な相続税対策の結果として大幅な価格の乖離が生じた場合、国税当局に厳しく見られる傾向にある。

(遠藤純一・税理士法人タクトコンサルティング情報企画室課長)

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