国際・政治 エコノミストリポート

したたかな小国セルビア 中国からの投資拡大でEUに揺さぶり 土田陽介

中露と接近することで、EU加盟を渋る欧州に揺さぶり(2022年6月、首都ベオグラードの大統領府でドイツのショルツ首相と握手するセルビアのブチッチ大統領(右)(Bloomberg)
中露と接近することで、EU加盟を渋る欧州に揺さぶり(2022年6月、首都ベオグラードの大統領府でドイツのショルツ首相と握手するセルビアのブチッチ大統領(右)(Bloomberg)

 西バルカンの小国セルビアだが、中露と欧州連合(EU)をてんびんにかけ、自国の利益を最大化するしたたかな戦略を打ち出している。

EUと中露の“結節点”としての立場を生かす戦略

 欧州南東部、西バルカンにある人口約700万人の小国、セルビア。かつて存在した旧ユーゴスラビア社会主義連邦共和国(1943~92年)の中心国家だった一方で、周辺諸国とさまざまな不和を抱えていることでも知られる。他の西バルカン諸国と同様に欧州連合(EU)への加盟を国是としており、2014年に加盟交渉を開始したが、進捗(しんちょく)は思わしくない。そのセルビアが今、中国企業の進出を続々と受け入れている。

 いくつか事例を挙げると、2023年5月、中国の産機メーカー・海天塑機集団傘下の海天機械が、セルビア北部ボイボディナ自治州の小都市ルーマで新工場の建設に着手した。同年9月には、家電大手の海信集団(ハイセンス)の欧州統括会社ハイセンス・ヨーロッパが、西部の都市バリエボに工場を新設した。翌24年3月、自動車向け電気モーターの部品製造を手掛ける江蘇聯博精密科技が、北部ボイボディナ自治州の州都ノビサドに新工場を設立すると発表した。ドイツのタイヤ・自動車部品大手コンチネンタルなど、中国企業との関係が深いEU系企業の進出も相次いでいる。

 統計的にも、セルビアの直接投資流入額に占める中国からの投資流入額の増加が確認できる。20年に中国からの投資流入額は5.3億ユーロ(約870億円)だったが、21年には6.3億ユーロに増加し、さらに22年には13.8億ユーロへと急増した(図1)。23年には10.9億ユーロに減少するが、企業の進出動向を踏まえると、24年の中国からの投資流入額は増加すると考えられる。またセルビアは、23年10月に中国と自由貿易協定(FTA)を締結し、24年4月か5月の発効を目指している。このことにより、セルビアと中国の貿易取引が大きく増えることにもなる。このFTAは、中国がEU未加盟の西バルカン諸国と締結する初めてのFTAとなる。

 ではなぜ、中国はセルビアと関係を深めているのか。セルビアの23年の1人当たり名目GDP(国内総生産)はおおよそ1万500ユーロと、欧州連合(EU)の平均水準(23年時点で3万7610ユーロ)の3分の1にも満たない。一方で、同年の実質GDPは前年比2.5%増と、EUの同横ばいよりも堅調ではあったが、セルビアは決して高成長ではない。人件費は安いかもしれないが、かといって人口も少なく、市場としての魅力には乏しい経済である。つまり中国は、セルビアを有力な市場としてとらえてはいない。

EU市場開拓の「足場」

 中国の狙いは、あくまでEUの市場開拓にある。中国はEU市場の開拓に努めているが、逆にEUは中国に対する警戒感を強めており、EUと中国の包括的投資協定(CAI)についても、EUの立法府である欧州議会が批准を拒否しているため、発効に向けた展望が描けない。一方でセルビアは、18年にEUとの間で安定化・連合プロセス(EU加盟の前段階となるプロセス)が発効しており、非関税貿易に向けた環境の整備が進んでいるところだ。つまり中国は、そうしたセルビアを「足場」に、EUの市場開拓を図ろうとしているのである。

 セルビアの隣国が中国との友好関係を重視するハンガリーであることも重要である。ハンガリーには、世界最大の電気自動車(EV)の完成車メーカーに躍進した比亜迪(BYD)など、中国のEV関連企業が続々と参入している。そのハンガリーには、いわゆる「中欧班列(中国と欧州や中央アジアなどの「一帯一路」沿線国を結ぶ国際貨物列車)」による安定した物流の実現も見込まれる。そこに、セルビアという「足場」を加えることで、中国はEU市場の開拓をさらに進めることができると判断したようだ。

 中国は、セルビアとハンガリーの間の流通網の改善にも注力しており、両国間の高速鉄道の建設も支援している。言い換えれば、中国にとってセルビアは、EUへのアクセスの要衝であり、セルビアもまたそれを知っている。そうした中国の思惑に応えることで、セルビアは経済発展を図ろうとしている。セルビアの戦略はしたたかといえるが、裏を返せば、セルビアがEUに対して根深い不信感を抱えていることの表れでもある。

 EUは表向き、セルビアなど西バルカン諸国のEU加盟を重視する。18年には、EUのユンケル欧州委員長(当時)が、順調に行けばセルビアが25年にもEUに加盟する可能性があると発言したが、後述のとおり、08年にセルビアから一方的に…

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週刊エコノミスト

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